青学大の元エース・近藤幸太郎が実業団を退社し、HOKAと契約して渡米へ――その決断の舞台裏
青山学院大学のエースとして箱根駅伝ファンにもおなじみの近藤幸太郎(こんどう・こうたろう)選手が、社会人として所属していた実業団チームを退社し、アメリカを拠点に活動するプロランナーとして再出発することになりました。
実業団を離れて海外へ――日本の長距離界ではまだ少数派の選択ですが、この決断の背景にはどのような思いがあったのでしょうか。
ここでは、これまでの歩みやHOKAとの契約、渡米を決めた理由などを、できるだけわかりやすく、やさしい言葉でまとめていきます。
青学大のエースとしての活躍
まずは、近藤幸太郎選手がどんな選手なのか、簡単に振り返ってみましょう。
近藤選手は2001年1月30日生まれで、愛知県豊川市の出身です。
地元の豊川市立代田中学校、愛知県立豊川工業高等学校を経て、青山学院大学経営学部に進学しました。
青学大といえば、原晋監督のもと箱根駅伝で数々の優勝を重ねてきた名門です。そのなかで近藤選手は「エース格」の一人として活躍し、駅伝ファンからの注目を集めました。
箱根駅伝では、持ち味の安定したペースメイクと後半の粘りで、青学大の上位争いを支える走りを見せ、「青学の元エース」という呼び方がすっかり定着しています。
卒業後はSGホールディングスへ――実業団ランナーとしてのスタート
大学卒業後、近藤選手はSGホールディングスに所属し、実業団ランナーとして競技を続けてきました。
日本では、大学卒業後に実業団チームへ進むのが長距離選手の「王道」ルートです。企業に所属しながら給与を得て、競技に集中できる環境が整っているため、多くのトップ選手がこの道を選びます。
近藤選手もその枠組みの中で、社会人ランナーとしての一歩を踏み出しました。
しかし、その一方で、実業団での競技生活は大学時代とはまた違う難しさもありました。
インタビューでは、実業団時代を振り返る言葉として、「モチベーションが上がらなかった」という表現も出ています。これは決してチームや環境への不満というより、「自分が何を目指し、どこで走りたいのか」という根本的な問いに向き合うきっかけになったようです。
2026年3月末で実業団を退社
大きな転機となったのが、2026年3月末の実業団退社です。
SGホールディングスでの競技生活に区切りをつけ、新たな道を模索する決断をしました。
実業団を辞めるというのは、経済面・環境面の安定を手放すことでもあります。
特に長距離選手にとっては、給与やサポートがある実業団は大きな支えであり、「辞める」という選択は簡単なものではありません。
実際に近藤選手は、「収入は実業団の方がいいです(笑)」という率直なコメントも残しています。
それでもあえて実業団を退社したのは、お金や安定よりも、「自分の納得できる環境で、もう一度本気で世界を目指したい」という思いが強くなったからだと言えるでしょう。
HOKAとアスリート契約、そして渡米へ
実業団退社からほどなくして、2026年5月18日、スポーツブランドHOKA(ホカ)が近藤幸太郎選手とアスリート契約を結んだことを発表しました。
HOKAは、クッション性の高いシューズで知られるランニングブランドで、世界各国のトップランナーと契約し、プロチームも運営しています。
今回の契約発表にあわせて、近藤選手はアメリカ・アリゾナ州を拠点とするプロランニングチーム「HOKA Northern Arizona Elite」に加入することも明らかにしました。
このチームに日本人選手が加入するのは初めてとされています。
さらに、同時にTWOLAPSという日本のクラブチームにも加入することが発表されています。
国内外をまたぐ形で、新たな挑戦の土台を整えた形です。
なぜアメリカ・アリゾナ州なのか? 高地トレーニングとプロチームの環境
近藤選手は、今後の活動について「アメリカのアリゾナ州で活動し、強度の高い高地トレーニングを行っていく」とコメントしています。
アリゾナ州は標高が高い地域も多く、酸素の薄い環境でトレーニングすることで心肺機能を鍛えられる「高地トレーニング」の拠点として知られています。
また、HOKA Northern Arizona Eliteには、世界のトップレベルで戦う選手が多数所属しています。
同じ志を持つ選手たちと日々切磋琢磨できる環境は、近藤選手にとって大きな魅力だったはずです。
日本の実業団チームもハイレベルですが、どうしても「駅伝」シーズンを意識したスケジュールになりがちです。
一方でアメリカのプロチームは、世界のマラソンやトラックレースを想定し、年間を通して個々の選手がベストを出せるレースに合わせた計画を立てます。
近藤選手が「世界で戦う」ことを明確な目標にしていることを考えると、この違いは大きいといえるでしょう。
「モチベーションが上がらなかった」から「世界で戦いたい」へ
ニュースの中で印象的だったのが、「モチベーションが上がらなかった」という言葉です。
実業団時代、日々の練習やレースに全力で取り組みながらも、心のどこかで「本当に自分が進みたい道はここなのか?」という迷いがあったことがうかがえます。
しかし、そのモヤモヤと向き合ったからこそ、「自分はどうなりたいのか」を真剣に考える時間が生まれました。
HOKAとのアスリート契約の発表では、「世界で戦えるマラソンランナーになる」という目標が伝えられています。
かつての「モチベーションが上がらなかった」状態から、「世界と戦う」という明確な目標へと、心のベクトルがはっきりと定まったように感じられます。
「収入は実業団の方がいいです(笑)」――それでも選んだプロの道
ニュース内容の一つとして、「収入は実業団の方がいいです(笑)」という、どこかユーモアも含んだコメントが紹介されています。
これは、実業団を辞めて海外のプロチームで走ることが、経済的には決して楽な選択ではない、という本音をあらわした言葉です。
実業団ランナーは企業からの給与を得られるうえ、寮や練習環境、医療サポートなども整っています。
一方で、プロランナーとしてブランドと契約し、海外チームに所属する形は、成果や実績によって待遇が変わる面もあり、安定性では実業団よりも不確実な部分があります。
それでも近藤選手がこの道を選んだのは、「安定」よりも「挑戦」を大切にしたい、という強い気持ちがあったからでしょう。
収入の多さよりも、自分が納得できる環境、自分の可能性を最大限に引き出せる場所を優先した、と考えられます。
HOKA・TWOLAPSとのタッグで目指す「世界」と「マラソン」
HOKAとのアスリート契約発表では、今後はマラソンで世界を目指す方針が明確に打ち出されています。
これまで駅伝やトラックでも存在感を示してきた近藤選手ですが、次のステージとしてマラソンを本格的な主戦場に据えることになります。
マラソンは、単に走力だけでなく、トレーニングの組み立て方、レース戦略、メンタル、コンディショニングなど、あらゆる面が問われる種目です。
アリゾナでの高地トレーニング、HOKAの機能性シューズ、TWOLAPSでのサポートといった要素が組み合わさることで、近藤選手にとって新たな成長曲線が期待されます。
また、「世界で戦う」とは、単に海外のレースに出るだけではありません。
世界のトップと互角に渡り合えるタイム、レース展開、そして継続的な結果を求められます。
決して簡単な道ではありませんが、それだけにチャレンジの価値が大きい目標でもあります。
日本長距離界にとっての意味――「新しいキャリアモデル」の一つに
今回の近藤選手の決断は、一人のランナーの挑戦であると同時に、日本の長距離界にとっても大きな意味を持つ動きです。
- 実業団を離れて海外のプロチームへ
- スポンサーと直接契約を結び、個人として勝負する
- 高地トレーニングを軸に、マラソンで世界を狙う
こうしたキャリアの選び方は、まだ日本では「少数派」ですが、世界的には決して珍しいものではありません。
海外では、ブランドとアスリート契約を結び、プロチームでトレーニングする形がごく一般的です。
青学大という有名校のエースだった選手が、実業団という安定した枠組みから一歩踏み出し、海外拠点でのプロ生活を選んだことは、若いランナーたちにとっても大きな刺激になるでしょう。
「こういう道もあるんだ」と感じる選手が増えれば、日本の長距離界全体がより多様で柔軟な方向に広がっていく可能性があります。
ファンとしてどう応援していけばいい?
近藤選手が拠点をアメリカに移すことで、日本国内のレースで姿を見る機会は、これまでより減るかもしれません。
それでも、現代ではレース結果やインタビュー、チームの情報がインターネットを通じてすぐに届きます。
HOKAやチーム、陸上メディアなどを通じて、海外レースでの走りや近況が伝えられていくはずです。
箱根駅伝時代から応援してきたファンにとっては、今度は世界の舞台で戦う「元青学エース」を追いかける新しい楽しみが増える、とも言えます。
また、マラソンは選手寿命も比較的長く、20代後半から30代にかけてピークを迎える選手も多い種目です。
25歳という年齢で世界挑戦の環境に飛び込んだことは、まだまだこれから大きな伸びしろを秘めている証でもあります。
これからの近藤幸太郎に期待したいこと
最後に、これからの近藤選手に期待したいポイントを、いくつか挙げてみます。
- 海外マラソンでの経験値アップ
世界各地のマラソンに挑戦し、コースや気候、レース展開の違いに慣れていくこと。 - 高地トレーニングを生かした持久力の強化
アリゾナでのトレーニングを通じて、終盤まで粘れるマラソン向きの走力を高めていくこと。 - 日本勢としての存在感
海外拠点ながら、日本代表として世界大会に出場し、日の丸を背負って走る姿にも期待が集まります。
もちろん、挑戦には波もありますし、すぐに結果が出るとは限りません。
それでも、「モチベーションが上がらなかった」時期を経て、自ら選んだ環境で再スタートを切る近藤選手の姿は、多くの人の心を動かすはずです。
今後、HOKAの一員として、そしてHOKA Northern Arizona Eliteの一員として、どのようなレースを見せてくれるのか。
青学時代からのファンも、最近名前を知った方も、一緒にその歩みを見守っていきたいですね。



