「デジタル遺言」と成年後見制度見直し――一人暮らしが増える時代の“老い支度”が大きく変わる
相続やお金の管理をめぐるルールが、大きく変わろうとしています。
国会で、パソコンやスマートフォンなどを使って作成する「デジタル遺言」を新たに認める改正民法が成立しました。あわせて、本人が亡くなるまで続くのが原則だった成年後見制度についても、「死ぬまで継続」を前提としない見直しが進められています。
背景には、単身世帯の増加や高齢化の進展によって、「自分のことは自分で決めたい」「家族以外に頼らざるを得ない」という人が増えている現状があります。
デジタル時代に合わせた「遺言」の新しいカタチ
まず注目されるのが、改正民法で創設される「デジタル遺言」制度です。
従来、遺言書にはいくつかの方式がありましたが、代表的な自筆証書遺言では、全文を自筆で書き、日付と署名、押印が必要でした。パソコンで作成してプリントアウトしたものや、スマートフォンの画面を保存しただけのものは、原則として法的な「遺言」とは認められていませんでした。
今回の改正は、こうした従来の前提を見直し、一定の条件を満たせば電子的な方法で作った遺言も有効とする仕組みを整えるものです。
具体的な技術的要件や運用方法は今後の政令・省令や制度設計に委ねられますが、例えば次のようなポイントが議論されています。
- パソコンやタブレットで作成した遺言データを、公的なシステムや公証役場等で管理する仕組み
- 本人確認のためのマイナンバーカードや電子署名の活用
- 改ざん防止のためのタイムスタンプやブロックチェーン等の技術の検討
こうしたデジタル遺言の導入によって期待されているのは、相続をめぐる手続きの簡素化・迅速化です。
紙の遺言書は、保管場所が分からなかったり、複数のバージョンが見つかって争いの火種になったりすることが少なくありませんでした。公正証書遺言のように公証役場を通す方式は安全性が高い一方、費用や手間がかかり、利用率は十分とはいえません。
その点、デジタル遺言であれば、作成・保存・検索がしやすくなり、相続人が必要な情報に素早くアクセスできる可能性があります。
また、体力や視力の低下で長文を手書きすることが難しい高齢者にとっても、キーボード入力や音声入力で遺言の意思を残せるなら、心理的なハードルは下がるでしょう。
「死ぬまで続く」成年後見制度が見直される理由
もう一つの大きな動きが、成年後見制度の見直しです。
成年後見制度は、認知症や知的障害、精神障害などにより判断能力が十分でない人を、法律面や財産管理の面でサポートする仕組みとして、2000年にスタートしました。家庭裁判所が後見人を選任し、本人の代わりに契約や財産の管理、福祉サービス利用の手続きなどを行います。
しかし、制度開始から四半世紀近くが経過するなかで、「使いづらさ」「硬直性」が問題視されるようになりました。
とくに批判が強いのは、いいん一度後見が開始されると、原則として本人が亡くなるまで続くという運用です。たとえば、次のようなケースが指摘されています。
- 認知症の症状が改善したり、本人が支援を受けながら自力で日常生活を送れるようになっても、後見をやめにくい
- 後見制度を利用すると、本人が自分の財産を自由に使えなくなることが多く、「権利を守るための制度」が結果として本人の自己決定を狭めてしまう場合がある
- 長期にわたる専門職後見人(弁護士・司法書士など)の報酬や、裁判所への報告義務の負担が重い
こうした実態から、「成年後見制度を使うと、本人のためになる面もあるが、生活の自由が制限されすぎるのではないか」という不安が根強くあります。その結果、本来は支援を必要とする人や家族が、制度の利用をためらう状況も生まれていました。
今回、政府・法務省が進めている見直しは、この「死ぬまで継続」という前提を見直し、より柔軟に終了や変更ができる制度に改める方向です。
例えば、本人の判断能力や生活状況の変化に応じて、次のような運用を可能にすることが検討されています。
- 状態の改善に応じて、後見から「保佐」「補助」といった軽い類型への変更をしやすくする
- 一定の条件を満たした場合には、本人や家族の申し立てで後見を終了できる仕組みを整える
- 後見人が、本人の意思をより丁寧にくみ取りながら支援するよう、ガイドラインや監督のあり方を見直す
これは、「一度制度を利用したら一生やめられない」というイメージからの脱却を目指す動きでもあり、本人の自己決定の尊重と権利保護を両立させるための大きな一歩といえます。
背景にある「単身世帯」の増加と家族のかたちの変化
デジタル遺言の導入と成年後見制度の見直し、その両方の背景には、日本社会の構造変化があります。
特に重要なのが、単身世帯の増加と、家族のつながりの変化です。
総務省などの統計によれば、日本ではすでに「一人暮らし世帯」が全世帯の中で大きな割合を占めるようになっています。結婚しない人、離婚後に一人で暮らす人、配偶者に先立たれて残された高齢者など、その理由はさまざまです。子どもがいない世帯や、子どもが遠方で暮らしている世帯も増えており、「何かあったときに身近に頼れる血縁の家族がいない」という人は、今後ますます多くなると見込まれています。
こうした社会では、次のような不安や課題が浮かび上がります。
- 自分が認知症などになったとき、誰が財産管理や契約手続きをしてくれるのか
- 自分が亡くなったあと、預貯金や不動産をどう分けるのか、誰が手続きをするのか
- 親族がいない、あるいは疎遠である場合に、信頼できる第三者をどのように確保するのか
成年後見制度は、まさにこうした不安をカバーするための仕組みのはずでしたが、「一度利用すると死ぬまで続く」「自由が制限される」といったイメージから、十分活用されてこなかった面があります。
そこで、「本人の状態にあわせて柔軟に見直せる制度にする」「中途でやめることもできる」という方向が打ち出されたのです。
一方、デジタル遺言は、「亡くなった後のことを、自分の意思で決めておきたい」というニーズに応えるものです。単身世帯であればなおさら、自分が築いてきた財産をどのように誰に託すのかを、あらかじめ明確にしておくことが重要になります。紙の遺言書よりハードルが低く、より多くの人が利用しやすい仕組みが整えば、相続争いの防止や、残された人の負担軽減にもつながるでしょう。
権利を守り、意思を尊重するための制度へ
今回の成年後見制度見直しには、国際的な人権議論も影響しています。
障害のある人の権利を保障する国連の条約などでは、「本人の意思と選好(好み)を最大限尊重する支援」を重視する考え方が示されています。その観点から、長く日本の成年後見制度については、「財産を守ることに偏りすぎているのではないか」「本人の自己決定を支えるよりも、代わりに決めてしまう色彩が強すぎるのではないか」といった指摘が続いていました。
こうした批判を踏まえ、法務省や関係審議会では、本人の意思を中心に据えた後見のあり方に舵を切ろうとしています。その一環として、「死ぬまで継続」を前提としない柔軟な終了制度や、後見ではなく任意後見契約・家族信託など、より自己決定を尊重する仕組みとの組み合わせも議論されています。
一方で、制度を柔軟にしすぎると、「本当に支援が必要な人を、誰が継続的に支えるのか」という別の課題も生まれます。
後見人のなり手不足や、専門職後見人の負担・報酬の問題、家庭裁判所の監督体制など、現場の実務に関わる論点は山積しています。柔軟性と安全性、本人保護と自己決定のバランスをどのようにとるかは、今後の制度設計の大きな焦点です。
法相も出席して成立した改正――政治の場での重み
「デジタル遺言」を盛り込んだ改正民法や、成年後見制度見直しの関連法案の審議には、法務行政を担う平口洋(ひらぐち・ひろし)法務大臣も臨みました。
報道では、国会で可決・成立した後、一礼する平口法相の姿をとらえた写真も紹介されています。こうした場面は、新しいルールが単なる技術的な修正ではなく、社会全体の価値観や暮らし方に関わる重要な変更であることを象徴しています。
法務大臣は、法案の提出者として、国会で制度改正の必要性や狙いを説明する立場にあります。その姿が報じられることで、一般の人にとっても、「いま法律が変わろうとしている」という実感が少し持ちやすくなるかもしれません。
私たち一人ひとりにとって、何が変わるのか
今回の一連の動きは、高齢者や障害のある人だけでなく、将来の自分を含めたすべての人に関わるテーマです。
自分はまだ若いから関係ない、と思われるかもしれませんが、人生のどこかで、親や親族の介護や相続に関わる場面は、多くの人に訪れます。そのとき、「どんな制度があり、何ができるのか」を知っているかどうかで、選択肢は大きく変わります。
例えば、次のような点は、今後意識しておくと役に立つかもしれません。
- 遺言書の作成をタブレットやパソコンで行えるようになれば、遺言は「ごく一部の人だけのもの」から、「誰もが選べる老い支度」の一つになり得る
- 成年後見制度の見直しが進めば、「一度利用したら一生続く」という不安が和らぎ、必要なときに必要な期間だけサポートを受けやすくなる
- 単身世帯が増える社会では、家族だけでなく、専門職や地域のネットワークとどうつながるかが、老後の安心を支える鍵になる
制度が変わっても、それを上手に使えるかどうかは、私たちがどれだけ情報にアクセスし、早めに準備をしておくかにかかっています。デジタル遺言や成年後見制度の新たなルールについては、今後、法務省や自治体、専門家団体などから分かりやすい説明が出てくるはずです。気になる人は、行政窓口や弁護士・司法書士などに相談してみることも、一つの選択肢です。
これからの「老い」とどう向き合うか
少子高齢化と単身世帯の増加が進む日本社会で、「自分の人生の最終章をどうデザインするか」は、これまで以上に大きなテーマになっています。
デジタル遺言は、スマートフォンやパソコンが生活の一部となった世代にとって、より身近なかたちで「最後の意思」を残す手段になります。成年後見制度の見直しは、支えが必要になったときに、自分の意思をできる限り生かしながら援助を受けるための環境づくりにつながります。
もちろん、制度が変わっても、すべての問題が一度に解決するわけではありません。遺言の作成や後見の申し立てには、まだ専門的な知識や手続きが求められる部分も多く、費用負担や支援の現場の体制整備など、課題は残されています。
それでも、今回の法改正や見直しは、「財産を守ること」だけでなく、「一人ひとりの意思と生き方を尊重すること」に重きを置いた制度への転換点だと言えます。
誰もがいつか迎える老いと死。そのとき、「自分のことを、自分の言葉で決めておける社会」に近づくための一歩として、デジタル遺言と成年後見制度の見直しは、大きな意味を持っています。
ニュースで流れる法律改正の一つとして通り過ぎてしまうのではなく、「自分や大切な人のために、何ができるのか」を考えるきっかけとして、心に留めておきたい動きです。




