上重聡、PL学園OBたちと紡ぐ記憶 ジャンクSPORTS「第1回PL学園OB会」後編が話題に

人気スポーツバラエティ番組「ジャンクSPORTS」で放送された「第1回PL学園OB会」後編が、プロ野球ファンや高校野球ファンの間で大きな話題になっています。番組では、名門・PL学園野球部のOBたちが集まり、当時の思い出や裏話を次々と披露。その中でも、上重聡アナウンサーが明かした「PL学園時代に敬遠されていたOB」のエピソードや、今江敏晃さんが語った先輩の“思いやり”あふれるエピソードが、心温まると同時に大きな注目を集めています。

「ジャンクSPORTS」PL学園OB会とは?

フジテレビ系で放送されている「ジャンクSPORTS」は、トップアスリートやOBたちが集まり、競技生活の裏側や人間ドラマを語る長寿バラエティ番組です。その中でも「PL学園OB会」は、高校野球の名門・PL学園野球部の卒業生たちが一堂に会する特別企画として制作されました。6月13日(土)放送分は、その後編にあたり、多くのファンが待ち望んでいた回でもあります。

PL学園は、甲子園で数々の名勝負を繰り広げてきた高校野球界屈指の名門校であり、プロ野球に数多くのスター選手を送り出してきたことでも知られています。そのためOBたちの顔ぶれは豪華で、一人ひとりが語るエピソードには、野球ファンなら思わず身を乗り出してしまうような話が詰まっています。

今回の後編では、現役時代を知るファンにとって懐かしい話から、当時は決して表に出なかったような裏話まで飛び出し、会場は笑いと驚き、そして少しのジーンとした空気に包まれました。その中心にいた人物の一人が、日本テレビアナウンサーとしておなじみの上重聡さんです。

上重聡とは?PL学園からプロを経てアナウンサーに

上重聡(かみしげ・さとし)さんは、PL学園野球部の出身で、在学中はエースとしてチームを牽引しました。高校卒業後はプロ野球の世界へ進み、その後は日本テレビに入社してアナウンサーとなり、スポーツ中継や情報番組で活躍しています。

PL学園時代の上重さんといえば、甲子園での力投や、名門校のエースとしてのプレッシャーと戦う姿を覚えている方も多いでしょう。アナウンサーになってからは、選手としてだけでなく「伝える側」として野球と関わり続け、プレーヤーと視聴者の橋渡し役を担っています。

そんな上重さんが、今回はOBの一人として「ジャンクSPORTS」のPL学園OB会に参加し、自身の高校時代の経験や、先輩・後輩との関係について率直に語りました。その中で特に注目を集めたのが、「PL学園時代に敬遠されていたOB」の存在について明かしたエピソードです。

「ドメが来たよ…」 PL学園時代に“敬遠”されていたOBの存在

スポーツ紙「スポニチアネックス」では、番組内で上重聡さんが披露したエピソードを紹介しています。それは、PL学園時代、周囲から「敬遠されていたOB」としてある先輩の名前が挙がったという話です。「ドメが来たよ…」という言葉が合図になっていたという、このエピソードが大きな反響を呼びました。

記事によると、当時、練習場やグラウンドにそのOBが姿を見せると、周囲の部員たちが「ドメが来たよ…」と小声でささやき合い、少し緊張した空気が流れたのだそうです。どこか「怖い先輩が来た」というようなニュアンスが含まれていたとされ、そのOBは半ば“恐れられる存在”だったように見られていました。

しかし、当の本人はその話を聞いて「こんなにナメてるとは」と心外だった様子が報じられています。自分としては後輩たちのことを思って厳しく接していたつもりが、後輩側からは「敬遠される存在」として受け止められていたというギャップが、思わぬ笑いと共感を生んだ形です。

この「ドメ」という呼ばれ方は、PL学園や野球界をよく知るファンならピンとくるニックネームでもあり、スタジオのOBたちからも笑いが起こりました。かつての上下関係や、寮生活の独特の空気感が、短い一言の中にぎゅっと詰まっているようなエピソードだと言えるでしょう。

厳しさと誤解、その裏にあったもの

PL学園といえば、厳しい練習や規律の厳格さでも知られ、時に「軍隊のようだ」と表現されることすらありました。その中で、先輩・後輩の関係はとても濃く、時代によってはかなり厳しい上下関係があったことも各OBの証言からうかがえます。

上重さんが語った「敬遠されていたOB」の話は、一見すると「怖い先輩」の笑い話のようにも聞こえますが、裏を返せば、先輩側と後輩側の認識のズレを象徴するエピソードでもあります。先輩からすれば「自分が経験してきた厳しさを、後輩にも伝えておきたい」「甘やかさずに育てたい」という思いがあったかもしれません。

しかし、後輩はその厳しさを素直に受け止めきれず、「近づきがたい」「怖い」と感じてしまうことがあります。とくに、名門校であるPL学園のように、結果を出すことが何より重視される環境では、ちょっとした言葉や態度が大きく受け止められてしまうことも少なくありません。

番組内でこのエピソードが紹介された際には、OBたちが笑いながらも「そういうところはあったよね」「当時は本気だった」といった空気が伝わってきました。結果として、「敬遠されていたOB」本人も含め、みんなが笑って振り返ることができているところに、年月とともに育まれたを感じさせます。

今江敏晃が語る、当落線上のときに支えたPL先輩の“思いやり”

もう一つ話題になっているのが、今江敏晃さんが語ったPL学園の先輩のエピソードです。今江さんは、現役時代に一軍と二軍の当落線上にいた頃の話を振り返り、あるPL学園の先輩からかけられた言葉を紹介しました。

記事によると、その先輩は今江さんに対して、いきなり「どっちがええの?」と問いかけたといいます。一見すると唐突で、少し乱暴にも聞こえるこの問いかけですが、その真意はとても深く、そこには今江さんを思うやさしさが込められていました。

「一軍に残ること」も「二軍でしっかり出場機会を得ること」も、それぞれに意味があります。しかし、当落線上にいる選手にとっては、自分の立場や将来をどう考えればいいのか、迷いが生まれやすい時期でもあります。その中で先輩は、「自分がどうしたいのか」を今江さん自身に問い、選択を尊重しようとしていたのです。

このエピソードは、「厳しいだけじゃないPL」の一面をよく表しています。先輩・後輩の上下関係が強いと言われがちなPL学園の出身者たちですが、その関係性は単なる上下ではなく、後輩を気にかけ、将来を思いやる“兄貴分”のような優しさに支えられていたことが伝わってきます。

PL学園OBたちが示す「仲間意識」と「誇り」

上重聡さんの「敬遠されていたOB」のエピソードと、今江敏晃さんの「思いやりの先輩」のエピソード。この二つは、一見すると正反対のようにも感じられます。しかし、どちらにも共通しているのは、PL学園という場で育まれた強い仲間意識と誇りです。

厳しい練習の日々、甲子園を目指すプレッシャー、寮生活での共同生活。そうした環境の中で、ときにはぶつかり合い、ときには誤解し合いながらも、同じ釜の飯を食った仲間としての“絆”が形づくられていきました。

上重さんが「ナメられていた」と感じたOBのリアクションも、今になって笑い話として語れるのは、その背景に「本気でやっていた時代」が共有されているからです。また、今江さんが「どっちがええの?」と問われた場面を、今も鮮明に覚えているのは、その一言が自分の野球人生を支えてくれたと感じているからでしょう。

こうしたエピソードは、単にPL学園という一つの名門校の歴史にとどまらず、「スポーツを通じて人が成長していく過程」を象徴しているとも言えます。厳しさの中にある優しさ、ぶつかり合いの中で育つ信頼。そんな人間ドラマが、OBたちの言葉の端々から伝わってきます。

見逃し配信で広がる“OB会”の輪

今回の「ジャンクSPORTS」PL学園OB会・後編は、TVerなどの見逃し配信サービスでも無料で配信され、多くの視聴者が好きな時間に番組を楽しめるようになっています。リアルタイムで見られなかった人も、スマートフォンやパソコンから気軽に視聴できるため、放送後もSNSを中心に感想や反響が広がりました。

視聴者からは、「PLの裏話が面白すぎる」「あの厳しさの裏にそんな思いがあったとは」「上重アナの話がリアルで引き込まれた」「今江さんの先輩の言葉、刺さる」など、さまざまな声が上がっています。特に、当時のPL学園の強さを知っている世代にとっては、懐かしさと新たな発見が同時に味わえる内容となっているようです。

また、現役の高校球児や、これから野球を始める子どもを持つ保護者からは、「厳しさと優しさのバランスを考えさせられた」「指導する立場として勉強になる」という反応も見られました。PL学園OBたちの言葉は、単に昔話として聞き流すには惜しい、「今」に通じるメッセージを含んでいると言えるでしょう。

上重聡が示す、「過去」と「現在」をつなぐ役割

現在、上重聡さんはアナウンサーとして、野球を中心としたスポーツの現場を伝える仕事に携わっています。PL学園出身であり、プロ野球経験者でもある上重さんは、選手としての目線と、伝える側としての目線の両方を持つ、数少ない存在です。

今回のOB会で上重さんが見せたのは、自分自身の恥ずかしい話も含めて「過去」をありのままに語り、それを今の視聴者に分かりやすく伝える姿でした。「敬遠されていたOB」の話も、単なる暴露話ではなく、笑いを交えながら当時の空気感や、そこから感じたことを丁寧に語ることで、視聴者に“PLらしさ”を届けていました。

その意味で、上重さんは、PL学園の歴史や文化を、次の世代へと受け渡す“語り部”のような役割を担っているとも言えます。かつて共に汗を流した仲間たちと、テレビという場で再び向き合い、互いの思い出を語り合う姿は、視聴者にとってもどこか温かく、安心感を与えるものとなりました。

PL学園OBたちの物語は、これからも続く

PL学園野球部は、すでに公式戦からは退いているものの、その名前と伝説は、今も多くのファンの記憶の中に強く刻まれています。今回の「ジャンクSPORTS」OB会は、そうした記憶を呼び起こし、新たな視点からPL学園を見つめ直すきっかけにもなりました。

上重聡さんが語った「敬遠されていたOB」の話も、今江敏晃さんが紹介した“思いやりの先輩”のエピソードも、単なる過去の一場面ではなく、今もなお語り継がれるべき物語です。そこから浮かび上がるのは、厳しさと優しさが同居した、人間味あふれるPL学園の姿です。

今後も、さまざまなメディアや場を通じて、PL学園OBたちの新たなエピソードが語られていくことでしょう。そのたびに、当時を知る人にとっては懐かしく、知らない世代にとっては新鮮な「PL学園物語」が、少しずつ紡がれていくはずです。

そして、その中心には、今回のように自らの経験を率直に語り、笑いと温かさをもって届けてくれる上重聡さんのような存在が、これからも必要とされていくのかもしれません。

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