片岡愛之助が語る「待ち時間」と「テマヒマ」──タイパ時代に問い直される“時間の使い方”
歌舞伎俳優の片岡愛之助さんが、舞台の待ち時間にスマホを触る現代の風潮について語った発言が、静かな共感と議論を呼んでいます。「なんでも時短すればいいという空気に流されていくと、人間として大事なものを失ってしまうのではないか」——そんな思いがにじむ言葉に、多くの人が自分自身の時間の使い方を重ねています。
一方で、食品メーカーの桃屋は、新たなコーポレートメッセージ「FOOD IS LOVE」を掲げ、いわゆる「タイパ(タイムパフォーマンス)」重視の時代に、あえて“テマヒマ”の価値を見つめ直すブランド戦略を打ち出しました。そこに通底しているのは、効率だけでは測れない、時間と心の豊かさの再発見です。
さらに、片岡愛之助さんはアイドルグループなにわ男子の大橋和也さんとともに、「いつか宇宙にもエンターテインメントを広げたい」というユーモアあふれる夢も語っています。伝統芸能と最新のポップカルチャー、そして未来の夢。そのすべてに「時間」と「楽しむ心」が深く関わっているようです。
歌舞伎の“待ち時間”が育んできたもの
片岡愛之助さんが言及したのは、歌舞伎の公演や舞台の合間に、観客が当然のようにスマホを触っている光景です。現代では決して珍しい姿ではありませんが、歌舞伎の世界には、昔から少し違った「待ち時間」の風景がありました。
- 開演前に番付や筋書きを読み、登場人物や物語の背景に思いを巡らせる
- 幕間に隣席の観客と感想を交わし合い、舞台の見どころを教え合う
- 弁当を広げながら、次の幕への期待をふくらませる
こうした過ごし方には、時間を「埋める」のではなく、「味わう」という感覚があります。片岡さんが懸念を示したのは、まさにこの「味わう時間」が、スマホによってあっという間に塗りつぶされてしまうことなのかもしれません。
「待っている時間が退屈だから、すぐスマホを開く」。それはとても自然な行動ですが、歌舞伎のように、物語がゆっくりと展開し、余韻も含めて楽しむ芸能にとって、その「余白」は作品世界に浸るための大切な一部でもあります。片岡さんの「時短に感化されていくと人間として良くない」という思いには、“すぐに答えや刺激を求めるだけでなく、じっくり待つ時間を大事にしてほしい”という願いが込められているように感じられます。
タイパ時代の“効率化の波”と私たちの暮らし
近年、動画配信やSNSを中心に、「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が広く使われるようになりました。短時間で情報が得られるショート動画、1.5倍速や2倍速での視聴、要約サービスや時短レシピなど、「いかに早く、効率よく成果を得るか」が重視されています。
もちろん、忙しい現代人にとって効率化は重要で、タイパを活用すること自体が悪いわけではありません。仕事術や家事の工夫によって生まれた時間を、趣味や休息にあてることができれば、それは間違いなく生活の質を高めてくれます。
しかし、片岡愛之助さんの発言や、後述する桃屋の取り組みが話題になる背景には、次のようなモヤモヤもあるのではないでしょうか。
- 「なんでもかんでも時短しなければいけない」というプレッシャー
- 急いで情報を追いかけているうちに、「自分が本当に何を好きなのか」がわからなくなる感覚
- 便利になっているはずなのに、なぜか心は落ち着かず、常に時間に追われているような疲れ
タイパを求めることと、心の豊かさを求めること。そのバランスをどう取るのかが、今、多くの人にとってのテーマになっています。片岡さんのように、伝統芸能の世界から発せられる言葉は、私たちに「効率を優先しすぎているのでは?」と、優しく問い直しているのかもしれません。
桃屋の「FOOD IS LOVE」と“テマヒマ”の価値
そんなタイパ全盛の時代に、食品メーカー桃屋が発表した新コーポレートメッセージが「FOOD IS LOVE」です。同時に、ブランド戦略として、あえて“テマヒマ”の情緒的価値を再定義する方針を打ち出したことが注目されています。
ここでいう“テマヒマ”とは、単に時間がかかることを指すのではなく、誰かを思って手をかけること、その過程も含めて尊いという考え方です。例えば次のようなシーンがイメージされます。
- 家族の好みに合わせて、朝早くからお弁当のおかずを一品ずつ作る
- 時間はかかるけれど、煮物をコトコトと火にかけて味が染みるのを待つ
- 友人が来るときに、市販品をうまく使いながらも、ひと手間加えて「おもてなし」の気持ちを表す
これらは効率だけで見れば、簡単に置き換えられるかもしれません。しかし、そこに込められている「相手を思う時間」や「自分の暮らしを大事にする気持ち」は、時短では決して代用できないものです。桃屋が掲げる「FOOD IS LOVE」という言葉には、食卓に流れるそうした時間の温かさを、あらためて思い出してほしいというメッセージが感じられます。
タイパを重視しつつも、あえて「テマヒマ」を価値として発信する姿勢は、片岡愛之助さんが語る「待ち時間の大切さ」ともどこか響き合っています。どちらも共通しているのは、“効率化だけでは、人が幸せになるために必要な何かが抜け落ちてしまう”という感覚です。
片岡愛之助&なにわ男子・大橋和也「宇宙にもエンターテインメントを」
一方で、片岡愛之助さんは、なにわ男子の大橋和也さんとともに、インタビューなどで「宇宙にもエンターテインメントを広げたい」という、ユーモアたっぷりの夢も語っています。この言葉には、時代や場所、世代を超えて「楽しむ心」を届けたいという、エンターテイナーらしい発想が込められています。
歌舞伎という伝統芸能の世界にいながら、アニメ「ルパン三世」を題材にした新作歌舞伎で現代のポップカルチャーと積極的にコラボレーションしてきた片岡さんと、若い世代から強く支持されるアイドルグループ・なにわ男子。その二人が「宇宙」というスケールの大きな夢を語る姿は、一見すると冗談のようでいて、どこか今の時代の空気も映し出しています。
- テクノロジーの進化により、エンタメは場所も時間も超えて届くようになった
- オンライン配信やVR、メタバースなど、新しい「鑑賞の場」が次々と生まれている
- その一方で、生の舞台でしか味わえない“間”や“空気”の価値が改めて見直されている
「宇宙にもエンターテインメントを」という言葉は、単なる夢物語というより、“どこにいても、誰もが楽しめる世界をつくりたい”という願いの象徴でもあります。そして同時に、どれだけ技術が進んでも、目の前の時間をどう味わうかは、私たち一人ひとりに委ねられているということも示しているようです。
「時短」と「テマヒマ」のあいだで、どう時間を使うか
片岡愛之助さんの「時短に感化されていくと人間として良くない」という言葉、桃屋の「FOOD IS LOVE」と“テマヒマ”の再定義、そして大橋和也さんとの「宇宙にもエンターテインメントを広げたい」という夢。これらを並べてみると、一見別々の話題のようでありながら、実は共通したテーマが浮かび上がってきます。
- 時間をどう使うかは、人生や人間関係の質に直結する
- 効率よくこなす時間も大事だが、「あえて時間をかける」選択にも価値がある
- エンタメや食事は、単なる消費ではなく、心を満たす「体験」であり「コミュニケーション」でもある
歌舞伎の舞台をじっくり味わうこと、食卓でのひとときを大切にすること、または、最先端の技術で新しいエンタメに触れること。それぞれの時間の過ごし方に優劣はありません。ただ、大切なのは、「自分がどう過ごしたいのか」を意識して選ぶことなのかもしれません。
例えば、こんな小さな選択から始めることができます。
- 通勤電車の数分だけ、あえてスマホを閉じて、ぼんやり景色を眺めてみる
- インスタント食品の日が続いたとき、週末だけは少し手をかけた料理をしてみる
- 舞台や映画を観たあと、すぐに次のコンテンツに移るのではなく、余韻を味わう時間を取る
こうした「小さなテマヒマ」を重ねることで、日々の時間の感じ方は少しずつ変わっていきます。片岡愛之助さんの言葉や、桃屋のメッセージがここまで話題になっているのは、多くの人が心のどこかで「このまま効率ばかり追いかけていていいのだろうか」と感じているからではないでしょうか。
これからのエンターテインメントと“待つ楽しみ”
技術が進み、観たい作品も、聴きたい音楽も、読みたい本も、指一本でいつでも手に入る時代になりました。少し前までは発売日までワクワクしながら待っていたものも、「事前予約」「配信開始と同時に視聴」が当たり前になっています。
その中で、歌舞伎のように「劇場に足を運び、決められた時間に幕が上がり、休憩も含めて作品世界に身を置く」という体験は、ある意味とても贅沢な時間の使い方です。そこには、“待つことそのものを楽しむ文化”が、まだ色濃く残っています。
片岡愛之助さんの言葉は、歌舞伎ファンだけでなく、すべてのエンタメを愛する人に向けられているようにも聞こえます。スマホを手放すことが目的なのではなく、今、自分が向き合っている作品や人に、どれだけ心を向けられているかを、ふと立ち止まって確かめてみる。そのきっかけを与えてくれているのかもしれません。
「宇宙にもエンターテインメントを広げたい」という夢がいつか現実になるかどうかはわかりません。しかし、画面越しでも、劇場でも、食卓でも、「この時間を誰かと分かち合いたい」と願う気持ちがある限り、エンターテインメントは形を変えながらも生き続けていくはずです。
そして、急ぎすぎて見失いがちな「テマヒマ」の楽しさを、歌舞伎の待ち時間や一杯のごはんを通して、もう一度見つけ直してみる。その小さな一歩が、忙しい毎日の中に、静かな豊かさを取り戻してくれるのではないでしょうか。


