2026年ヴェネチア・ビエンナーレで広がる世界──エルサルバドル初参加と各国パビリオンに注目

2026年に開催される第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展は、世界各国のアートシーンが集結する「アートのオリンピック」とも呼ばれる一大イベントです。今回、とくに話題になっているのが、中米のエルサルバドルが、史上初めてナショナル・パビリオンを出展し参加することです。また、すでに複数の国が代表アーティストやキュレーターを発表しており、会期前から大きな注目を集めています。

この記事では、2026年ヴェネチア・ビエンナーレの基本情報とともに、国別パビリオンの動きエルサルバドル初参加の意味、そして日本を含めた各国の注目ポイントを、やさしい言葉で整理してお伝えします。

2026年ヴェネチア・ビエンナーレとは?

2026年に開かれるのは、第61回となるヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展です。主会場はこれまでと同様、イタリア・ヴェネチアのジャルディーニアルセナーレを中心に開催されます。会期は2026年5月9日から11月22日までと発表されています。

本展のテーマは、故コヨ・クオによって構想されたタイトルが採用されることがすでに公表されており、その構想をもとに、複数のキュレーターが引き継いで展覧会づくりを担う体制が整えられています。このようにして、ビエンナーレ全体のコンセプトと同時代性を維持しながら、世界各地のアーティストが集う場がつくられていきます。

ヴェネチア・ビエンナーレと「国別パビリオン」

ヴェネチア・ビエンナーレが「アート界のオリンピック」と呼ばれるゆえんは、国別パビリオンの存在にあります。ジャルディーニやアルセナーレ、そして市内各所で、各国がそれぞれのパビリオン(館)を設け、自国の代表アーティストによる展示を行います。

国別パビリオンは、必ずしもメイン展示のテーマに合わせる必要はありませんが、多くの国がその時代性に呼応する形で、テーマと響き合うアーティストや企画を選ぶ傾向があります。そのため、世界の政治・社会・文化の動きが、美術を通じて可視化される場としても重要視されています。

2024年の第60回展では、90カ国、332組のアーティストが参加し、ベナン、エチオピア、東ティモール、タンザニアの4カ国が初めてパビリオンを構えた経緯があります。この流れは、「グローバルサウス」と呼ばれるアジア・アフリカ・中南米などの国々が、国際的なアートシーンでプレゼンスを高めていることの表れとされています。

2026年に向けて:参加が明らかになっている国々

2026年のヴェネチア・ビエンナーレに向けて、すでに多くの国がパビリオン参加と代表アーティスト、キュレーターを発表しています。ここでは、一部の国々の動きを簡単にご紹介します。

  • オーストリア:代表アーティストは、振付家でありパフォーマンスアーティストでもあるフロレンティナ・ホルツィンガー。2024年に続き、ダンスに焦点を当てた展示が予定されています。
  • ベルギーミート・ワーロップが代表アーティストに選ばれ、パフォーマンスを中心とした「IT NEVER SSST」というタイトルのパビリオンを展開します。キュレーターはキャロリン・デュマリン。
  • カナダ:コンセプチュアルなインスタレーションで知られるアッバス・アカヴァンが代表を務めます。
  • フィンランド:生物やAI、デジタル技術を用いた作品で評価されるイェンナ・ステラが代表に選出されています。生きた生物を扱う数少ない展示のひとつになるとされています。
  • フランス:フランスを代表する現代アーティストのひとりであるイト・バラダが選出されています。
  • アイスランド:詩や音、パフォーマンスを横断する活動で知られるアスタ・ファニー・シグルザルドッティルが代表です。
  • アイルランド:ダブリンを拠点とするイザベル・ノーランがアイルランド館を担当。キュレーターはジョージナ・ジャクソン。
  • リトアニア:インディペンデント・キュレーターのルイーズ・オケリーのキュレーションのもと、エグレ・ブドビテが代表アーティストに決まっています。
  • ニュージーランド:写真作品などで知られるフィオナ・パーディントンが、2026年のニュージーランド館を担当することが発表されています。

このように、すでに多様な国とアーティストが名乗りを上げており、2026年のビエンナーレが、国・地域・表現手法の面で非常に幅広い顔ぶれになることがうかがえます。

エルサルバドル、初のナショナル・パビリオンへ

なかでも注目されているのが、エルサルバドルが2026年ヴェネチア・ビエンナーレに初参加し、初のナショナル・パビリオンを出展するというニュースです。エルサルバドルは、これまでビエンナーレの国別パビリオンに参加してこなかった国のひとつですが、2026年に初めて自国のパビリオンを構えることになります。

中米の国がこうしたかたちで国際展に参加することは、単に美術界のトピックというだけでなく、文化外交ソフトパワーの観点からも重要な意味を持ちます。国として公式にパビリオンを運営することで、自国の歴史や社会課題、文化的アイデンティティを、世界中から訪れる来場者に向けて発信できるからです。

近年のヴェネチア・ビエンナーレでは、先述のようにベナンや東ティモールなど、これまで参加経験のなかった国々が相次いで初パビリオンを開設しており、2026年のエルサルバドル参加も、その延長線上にある動きだと見ることができます。アートの地理的な広がりが、よりいっそう進んでいるといえるでしょう。

グローバルサウスとヴェネチア・ビエンナーレ

2024年の第60回展では、「グローバルサウス」と呼ばれる、アジア・アフリカ・中南米など新興国・途上国出身のアーティストが多数起用されました。これは、美術史の中心とされてきた欧米以外の地域が、いまどのような現代美術を生み出しているのかを、改めて世界に問いかける試みでもあります。

2026年もこの流れは継続すると見られており、エルサルバドルの初参加は、中南米地域の多様な文化・歴史・社会状況を、ヴェネチアという舞台に持ち込む象徴的な出来事となりそうです。パビリオンの具体的な展示内容や出品アーティストの詳細は、今後の公式発表を待つ必要がありますが、エルサルバドルならではの視点がどのように提示されるのか、国内外から関心が集まっています。

日本館の動き:荒川ナッシュ医と2人のキュレーター

日本にとっても、2026年のヴェネチア・ビエンナーレは大きな節目になります。日本館では、パフォーマンス・アーティストの荒川ナッシュ医(あらかわ・なっしゅ・えい)が代表作家として選出されています。

荒川ナッシュ医は、パフォーマンスやインスタレーションを通じて、観客との関係性や場所の文脈を大胆に組み替えるような作品で知られ、国際的にも高い評価を受けてきました。日本館の展示では、そうした荒川の実践が、ヴェネチアという特別な環境とどのように交わるのかが注目されています。

さらに日本館では、キュレーターとして高橋瑞木堀川理沙の2名が参加します。両名はアジアを中心とした国際的な現代美術の現場で経験を積んできたキュレーターであり、荒川ナッシュ医の指名により日本館を共同でキュレーションすることが決まりました。

日本館の展示は、国際交流基金が公式に発表しており、2026年5月から11月の会期中を通じて公開される予定です。すでに日本国内では、関連書籍やブランド、文学作品とのコラボレーションなど、日本館をめぐる動きも始まっており、ヴェネチア現地だけでなく、日本国内からもビエンナーレを体験できる機会が増えつつあります。

2026年ヴェネチア・ビエンナーレが示すもの

2026年のヴェネチア・ビエンナーレは、これまでビエンナーレと縁の薄かった地域や国々が、次々とプレーヤーとして加わる局面を象徴しています。エルサルバドルの初参加は、その一つの代表的な例といえるでしょう。

同時に、日本館をはじめとする各国パビリオンでは、パフォーマンス、インスタレーション、映像、音、テクノロジー、生物など、多彩なメディアや手法が用いられることが予想されます。それぞれの作品は、自国の状況を映し出すだけでなく、気候危機、移民、ジェンダー、ポスト・コロニアルな視点など、世界が直面する課題を、多様なかたちで問い直していく場ともなるでしょう。

ヴェネチアという水の都に世界中からアーティストと鑑賞者が集まり、国境や言語を越えて作品を介して対話するこのビエンナーレは、「いま世界で何が起きているのか」「そのなかで私たちはどう生きるのか」を考えるための、非常に貴重な時間と空間でもあります。2026年に向け、今後も各国から続々とパビリオンやアーティストの情報が発表されていく見込みです。

エルサルバドルのように新たに参加する国々、長い歴史を持つ日本館や欧州のパビリオン、それぞれの展示を見比べてみることで、同じ世界の「今」を多角的に見つめることができるでしょう。ヴェネチア・ビエンナーレは、アートファンはもちろん、国際情勢や文化交流に関心のある人にとっても、目が離せないイベントとなりそうです。

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