iPS細胞が拓くパーキンソン病治療の新時代 ~世界初の治療実用化に向けた最前線~
パーキンソン病とは何か?
パーキンソン病は、脳内で<ドーパミン>という神経伝達物質を作る神経細胞が減少することで発症する進行性の神経疾患です。主な症状としては、手足のふるえ・身体のこわばり・ゆっくりとした動き・バランス障害などの運動障害があり、日常生活に大きな影響を与えます。日本国内の患者数は年々増加しており、現在では高齢化社会の中で特に注目される難病のひとつとなっています。
これまでの治療法とその限界
従来の治療は、症状を軽減するための薬物療法(例えばレボドパ製剤など)が中心であり、進行そのものを止めることは難しいとされてきました。薬の効き目が減衰する「ウェアリングオフ現象」、精神症状や自律神経症状への対処の複雑さなど、様々な課題が残されていました。根本的な治療法の開発は長年の研究テーマとなっていました。
iPS細胞による再生医療の登場
2006年に山中伸弥博士によって発表された人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、生体組織から様々な細胞を作り出せる技術として、再生医療に革新をもたらしました。パーキンソン病においては、iPS細胞を使ってドパミン神経前駆細胞を作り出し、それを患者の脳内へ移植することで、減ってしまった神経細胞の機能再生を図る治療法が研究されてきました。
開発と臨床研究の最前線
- 2018年、京都大学医学部附属病院とiPS細胞研究所は、パーキンソン病患者7名を対象に「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いた脳内移植」の臨床試験(医師主導治験)を開始しました。
- 移植は「被殻」と呼ばれる脳部位の両側に実施。主な評価項目は安全性、副次評価として運動症状の変化やドパミン産生の有無が24ヶ月にわたり観察されました。
治験の結果、重篤な有害事象(腫瘍形成や拒絶反応など)は発生せず、移植した細胞が脳内で生着しドパミンを産生することが確認されています。MRIによる組織評価でも異常増殖は認められていません。さらに、MDS-UPDRSという国際基準の運動評価では、対象となった患者のうち4名に運動機能の改善が見られました。PET検査でも、移植部位のドパミン神経活動の増加が観察されています。
治験参加者の生活への影響
参加者の多くは50~69歳とされていますが、移植後の経過観察では、薬の量を減らすことができたケースも報告されています。患者の「QOL(生活の質)」向上が見られた点は大きな成果であり、再生医療の意義を示しています。
製造販売承認申請と今後の展開
2025年8月、「非自己iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞」について日本国内で製造販売承認申請が提出されました。もし承認されれば、iPS細胞を使ったパーキンソン病の治療薬・再生医療製品としては世界初となります。
これにより、今後はALS(筋萎縮性側索硬化症)や他の神経変性疾患(アルツハイマー病など)分野にも臨床応用が進むことが期待されています。
現状と課題、そして希望
- 安全性と有効性が治験・臨床研究で示唆されてはいるものの、商業化にはさらなる症例・長期的な追跡が必要です。
- 免疫抑制剤の併用や、拒絶反応・異常増殖・倫理的課題など、解決すべき技術的・社会的問題も残されています。
- それでも、今回の成果は再生医療における大きな前進であり、患者さん・家族に新しい希望をもたらしました。
スポーツ科学界との関連と社会的インパクト
「異端の先に描く未来」における挑戦として、スポーツ分野でも再生医療の応用が模索されています。現代スポーツ科学界は疾患克服とパフォーマンス向上の両軸からiPS細胞技術を熱心に研究しており、「治療だけでなく予防・健康維持」といった幅広い可能性が語られています。
今後に向けて
日本が世界に先駆けてパーキンソン病の再生医療をリードすることで、他の神経疾患治療や予防薬開発にも弾みが付きます。iPS細胞技術は新たな疾患治療や臓器再生分野へと、さらに広まりつつあります。
これまで夢であった「神経細胞の再生」が、少しずつ現実のものとなりつつある今、患者さんとご家族に一日でも早く安心を届けられるよう研究や社会体制の整備が進んでいます。パーキンソン病克服への道は決して容易ではありませんが、着実に未来につながる歩みを重ねています。
参考資料
- 京都大学医学部附属病院・iPS細胞研究所の治験報告
- 日本でのiPS細胞治療実用化申請に関する専門記事