南武線「羽田直通」は夢か幻か?立川市長も熱望、実現への課題と期待
東京の公共交通ネットワークで注目を集める「南武線の羽田空港直通計画」。立川市の酒井大史市長が積極的にPRを続けるなど、多摩地域から羽田空港への利便性向上を望む声は大きい。しかし、この計画には技術面、費用面、そして複雑な政策判断が絡み合っており、実現には多くの課題が立ちはだかっているのが現状です。沿線に住む約100万人が待ち焦がれるこのアクセス革命について、その実態を探ってみましょう。
なぜ南武線の羽田直通が注目されるのか
南武線は、川崎駅から立川駅を結ぶJR東日本の重要な路線です。沿線には立川市、府中市、川崎市など、多くの人口集中地域が広がっており、およそ100万人を超える利用者がこの路線に依存しています。
現在、西東京エリアから羽田空港へのアクセスは限定的です。そのため、多摩地域の住民が羽田空港を利用する際には、長い移動時間と複数の乗り換えを余儀なくされています。南武線が羽田空港に直通すれば、立川や府中などの主要都市から空港への所要時間が大幅に短縮され、都市圏全体の移動効率が大きく改善される可能性があります。
国際化が進む羽田空港との接続性向上は、観光客の増加やビジネスの拡大にも直結します。さらに、成田空港との競争環境においても、首都圏の空港バランスに新たな変化をもたらすかもしれません。多摩地域の空港アクセス格差を是正することは、首都圏全体の経済活動を活性化させる重要な課題なのです。
立川市長が推し進める政策の背景
立川市の酒井大史市長は、都議会議員時代から南武線の羽田直通を目玉政策として掲げ続けています。YouTubeなどのSNSを通じて、積極的にこの計画をPRしている姿勢から、市長の強い執念が感じられます。
市長が南武線活用を推す背景には、別のプロジェクトの不透明性があります。それが「西山手ルート」と呼ばれるJR羽田アクセス線の計画です。小池都知事も2025年2月26日に「中央線・埼京線との接続による多摩方面への空港アクセス向上を期待」とコメントしており、東京都としても複数のアクセス手段の構想を検討している状況が窺えます。
ただし、この西山手ルートについては、現在のところ事業スキームやスケジュールが未定とされており、開業の見通しが立っていません。不確実性の高い西山手ルートに対し、より具体的なルート案として南武線の活用を検討する必要がある、というのが市長の主張でもあるのです。
技術面での課題が山積み
南武線の羽田直通計画は、理想的には聞こえますが、実現には極めて高い技術的なハードルが存在します。
まず最大の課題となるのが、京急大師線との接続問題です。羽田空港へのアクセスを実現するには、南武線から京急大師線を経由して京急空港線に乗り入れる必要があります。その際、川崎駅の地下化工事が必須になってきます。この工事は2026年に再開予定とされていますが、工事の中心的な課題はトンネル幅がJR規格に対応できるかどうかという点です。
既に地下化済みの大師橋駅付近のトンネル幅を拡張できるかも技術的に検討する必要があります。もし拡張が不可能であれば、南武線の車両を京急の車体幅に合わせるしかなく、その場合は多大なコスト増加につながります。さらに、新たな地下区間の設置に伴う安全対策や環境影響評価も欠かせません。
過去にも南武線の羽田直通について議論がなされてきましたが、これらのコスト面での課題が理由で、計画は停滞してきた経緯があります。
費用対効果の検証が急務
南武線の羽田直通計画において、最も重要な問題の一つが「本当に費用対効果で優れるのか」という再検証です。
具体的な試算によれば、南武線を羽田空港まで延伸すれば、一定の時間短縮効果が期待できます。ただし、その効果が最大限発揮されるのは「JRによる西山手ルート整備が頓挫した場合」に限定されるという点が重要です。
西山手ルートの整備や中央線直通のみでも、ある程度の時間短縮効果は見込めます。現在のところ、多くの出発地から羽田空港へのアクセスでは、南武線経由の場合と西山手ルート経由の場合で、所要時間の差はわずか数分程度に留まります。
特に問題となるのが、八王子、立川、府中からのアクセスです。これらの地域からのルートでは、南武線経由の方が西山手ルート経由よりも遅くなる場合もあるという試算結果が出ています。このような状況では、莫大な建設費用をかけて南武線を羽田まで延伸する意味が問われることになるのです。
複数のアクセスラインが同時進行
羽田空港へのアクセス強化については、南武線だけではなく、複数の計画が並行して進められています。
東急多摩川線と京急空港線を連結する「新空港線(蒲蒲線)」の構想もあります。この計画では、東急多摩川線の矢口渡駅付近から地下化し、東急蒲田地下駅、京急蒲田地下駅を通って、大鳥居駅の手前で京急空港線に乗り入れるとされています。
また、羽田空港アクセス線(東山手ルート・アクセス新線)については、2025年4月19日~20日にかけて京浜東北線等の線路切替え工事が予定されており、現計画では2031年度の開業を目指して着実に前進しています。
これらの複数のアクセスラインが同時に検討されている状況では、どのルートが最も効果的で経済的なのかを、冷静に比較検討する必要があります。
沿線住民の期待と現実のギャップ
南武線沿線に住む約100万人の住民にとって、羽田空港への直通アクセスは長年の夢です。観光やビジネスでの移動がより便利になることで、地域経済の活性化にも直結します。
しかし、鉄道ジャーナリストらの分析によれば、南武線の羽田直通は「夢か幻か」と表現されるほど、実現には困難が伴うとされています。既存利用者への影響も考慮したルート案の再検討が必須であり、技術的なハードルも高いのが現状です。
今後の展望と課題
南武線が羽田空港に直通すれば、西東京エリアから羽田への所要時間が大幅に短縮され、都市圏の構造の重心そのものが変わる可能性を秘めています。多摩地域の空港アクセス格差を是正し、首都圏全体の移動効率を高める事業となることは間違いありません。
しかし、財政面や技術面、制度面の課題は大きく、単独での推進は困難です。国、東京都、JRをはじめとした鉄道事業者、そして立川市などの地方自治体が協力し、事業を着実に育てていくことが求められています。
立川市の酒井市長は現在のところ、「今後も国・東京都・鉄道事業者の計画や動向を注視してまいります」とコメントしており、各関係機関の動向を見守る姿勢を示しています。
南武線の羽田直通計画が実現するかどうかは、技術的な突破口が開かれるか、そして費用対効果の厳密な検証にどのような結論が出るか、さらには西山手ルートなど他のアクセスラインとの関係性がどのように整理されるかにかかっています。沿線住民の期待を受けながら、関係各所による慎重で冷静な検討が続けられています。

            
