アパグループが示す新たなインバウンド戦略の全貌
2025年8月5日、東京都内で開催されたインバウンドカンファレンス「THE INBOUND DAY 2025」において、アパグループ社長兼CEOの元谷一志氏が登壇し、同社のインバウンド戦略について詳細な講演を行いました。訪日ラボを運営する株式会社movが主催したこのイベントには、インバウンド事業に携わる企業・団体・自治体・個人などが全国から集まり、多くの講演が満席となる盛況ぶりを見せました。
日本のインバウンド市場は、2025年に訪日外客数が過去最高の4,020万人に達するとの予測もあり、大きな転換期を迎えています。このような状況の中、国内最大級のホテルチェーンであるアパグループがどのような戦略でインバウンド需要を取り込もうとしているのか、その全貌が明らかになりました。
圧倒的な成長を遂げたアパグループの実績
1971年に創業したアパグループは、1984年にホテル事業に参入しました。高機能かつコンパクトな客室設計を武器に急成長を遂げ、2015年には337ホテル、5万4702室だったグループの客室数は、コロナ禍前に10万室を突破しました。2025年8月には、直営・フランチャイズ・提携を合わせて記念すべき1000棟目となるホテルを開業し、総客室数は国内最多の13万8858室に達しています。
さらに、アパグループは2027年3月末までに15万室体制を目指すという野心的な目標を掲げています。この拡大戦略は、単なる量的拡大にとどまらず、インバウンド需要の取り込みを見据えた戦略的なものとなっています。
コロナ禍からのV字回復と過去最高の業績
収益面でも目覚ましい成長を遂げています。コロナ禍には売上が約3割減少するという厳しい状況に直面しましたが、2024年11月期の連結売上高は2260億円、経常利益796億円と2期連続で過去最高を更新しました。不動産業からスタートした強みを生かし、ホテルの所有・運営・ブランドを一体展開する独自の「三層の収益構造」により、利益率35%超を確保するという驚異的な経営効率を実現しています。
インバウンド客を重視する経営方針
元谷氏は講演の中で、人口減少が進む日本において「インバウンドは、1日あたりの人口増加として捉えることができる」との考えを示し、外国人観光客の連泊需要を重視して経営に取り組んでいると述べました。訪日客を「日本経済の活力の源泉」と位置づけ、人口減少社会におけるインバウンドの重要性を強調しています。
欧米からの宿泊客が多い独自の構成
アパホテルの宿泊客構成には大きな特徴があります。国籍別に見ると、欧米からの利用者が多いことが際立っています。欧米の宿泊客は滞在日数が長く、予約から宿泊までのリードタイムも長いため、こうした顧客層を取り込むことで国内客の需要を補完し、宿泊需要の安定化につながっていると元谷氏は説明しました。
イノベーションを重視した顧客体験の向上
アパグループでは、「Even Better! APA hotel(もともと良いものをさらに良く)」をスローガンに掲げており、新規開業ごとに必ず新しい仕組みを導入する「1ホテル1イノベーション」を徹底しています。この取り組みにより、リピーターに選ばれ続けるホテルづくりを進め、インバウンド客に向けた施策も積極的に推進しています。
具体的なインバウンド対応施策
インバウンド客向けの具体的な施策として、元谷氏は以下のような取り組みを紹介しました。まず、インバウンド客に人気の高いプール付きの都市型リゾートによる差別化を図っています。また、世界各国のプラグに対応するユニバーサルコンセントの設置や、予約サイトから客室内の空調リモコンに至るまでの多言語対応など、細部にわたって顧客体験の向上を図る取り組みを実施しています。
これらの施策は、単なるハード面の整備にとどまらず、外国人観光客が快適に滞在できる環境を総合的に整えることを目指したものとなっています。
都心集中の出店とブランド多層化戦略
アパグループの今後の成長戦略は、都市集中型の出店、北米を軸とする海外展開、そして宿泊体験の多様化という3つの柱で構成されています。
全国的なネットワークを活用した囲い込み
今後は東京・大阪・京都といったいわゆるゴールデンルートや地方中核都市を含む全国規模のネットワークを活用し、リピーターを含めたインバウンド客の囲い込みを狙います。この戦略により、初回訪問者だけでなく、リピーターとして何度も日本を訪れる外国人観光客を確実に取り込むことを目指しています。
北米へのブランド拡大
国内市場での確固たる地位を築いたアパグループは、さらなる成長を目指して北米市場への展開も視野に入れています。欧米からの宿泊客が多いという強みを生かし、海外でのブランド認知度を高めることで、訪日需要のさらなる拡大につなげようとしています。
「THE INBOUND DAY 2025」が示す業界の方向性
「THE INBOUND DAY 2025」は、訪日ラボが培ってきた業界ネットワークを活かし、各領域のトップランナーや第一線で活躍する事業者が一堂に会するカンファレンスとして開催されました。初開催となった今回は、TODAホール&カンファレンス東京にて行われ、大きな注目を集めました。
豪華な登壇陣が語るインバウンドの今と未来
基調講演では、元大阪府知事・元大阪市長の橋下徹氏と大阪観光局理事長の溝畑宏氏の初対談が実現しました。アパグループの元谷氏のほかにも、Uber Japanや大衆点評など、多彩な顔ぶれが登壇し、インバウンド市場の「今」を徹底的に掘り下げるセッションが繰り広げられました。
イベントのテーマと狙い
初開催となった今回のテーマは「インバウンドとは」でした。このイベントは、参加者一人ひとりが「自分にとって、企業にとって、地域にとってのインバウンドとは何か」「いま、どう向き合うべきか」「どうすれば日本の可能性を最大化できるのか」という問いを持ち帰り、主体的なアクションへとつなげることを目的としています。
2025年、日本のインバウンド市場は訪日外客数が過去最高を更新する予測や、大阪・関西万博、IR誘致などによる世界からの注目度の高まりから、新たな変革期を迎えています。一方で、コロナ禍を経た現在、市場環境や事業者ごとの課題感、戦略の立て方は大きく様変わりしました。このような歴史的な転換点において、インバウンド事業に携わるすべての関係者が集まり、日本が持つ「まだ見ぬポテンシャル」を最大限に引き出すための新たな視点や戦略的アプローチを探求、議論する場として、このイベントは大きな意義を持っています。
インバウンド市場の今後の展望
アパグループの戦略が示すように、インバウンド市場における成功の鍵は、単なる施設の量的拡大ではなく、顧客体験の質的向上と戦略的なブランド展開にあります。人口減少が進む日本において、インバウンド需要は経済成長を支える重要な柱となっています。
特に注目すべきは、欧米からの長期滞在客をターゲットとした戦略です。これにより、需要の平準化と収益の安定化を実現しており、他の事業者にとっても参考となる取り組みといえるでしょう。
また、「1ホテル1イノベーション」という継続的な改善の姿勢は、リピーター獲得において極めて重要です。一度利用した顧客が次回訪問時に新しい体験を得られることで、ブランドへの愛着が深まり、長期的な顧客関係の構築につながります。
「THE INBOUND DAY 2025」のアーカイブ配信も開始されており、イベントに参加できなかった方々も、業界のトップランナーたちが語るインバウンド戦略の詳細を学ぶことができます。インバウンド事業に携わるすべての関係者にとって、このカンファレンスは今後の戦略を考える上で貴重な示唆を与えてくれるものとなるでしょう。