シンガポールのエネルギー転換が本格化―天然ガス依存から脱炭素と電力安定へ

東南アジア有数の先進都市国家であるシンガポールが、これまでの天然ガス頼みの電力供給体制から大きく舵を切ろうとしています。成長を続ける国内の電力需要増と、世界的な脱炭素化の流れの中で、同国政府は原子力発電の導入に向けて動き出しました。2025年に入り、エネルギー当局は原発ビジネスの事業化可能性について英国の調査会社に本格的な調査を委託。その背景や展望、国内外の動向について、やさしく丁寧に解説します。

背景:天然ガスへの依存とその限界

  • シンガポールは長年、発電用燃料をほぼ全量輸入天然ガスに頼ってきました。
  • 島国特有の地理的制約から、再生可能エネルギー(太陽光や風力)の大規模な導入が難しく、多様な電源を構築しづらい事情があります。
  • 国際的な脱炭素潮流の高まりと2030年以降も続くとみられる電力需要の増加に対応するため、新たな低炭素エネルギー源の模索が急務でした。

原子力見直しのきっかけ

2010年頃、シンガポール政府は1度原子力発電の導入是非を検討しましたが、当時の技術水準や安全性への懸念を理由に見送られていました。しかし近年、
小型モジュール式原子炉(SMR:Small Modular Reactor)など先進的な原子力技術が実用段階に近づいており、「より安全で柔軟な原発」が現実味を帯びてきました。加えて、米国や英国などの主要なパートナー諸国との協力枠組み構築も進展し、再び導入機運が高まっています。

具体的な政策転換と資金投入

  • 2025年度政府予算案で、「未来エネルギー基金」への50億シンガポールドル(約5,600億円)追加拠出を決定。
  • 追加資金は原子力を含む新たなクリーンエネルギー導入に必要なインフラ整備や技術研究推進へ。
  • すでに2024年、米国との間で原子力協定(通称:123協定)を締結。核物質や部品、技術移転、教育に及ぶ協力が本格化しています。
  • エネルギー当局(EMA)は原発導入の事業化可能性調査を英国の調査会社に正式に委託。

小型モジュール型原子炉(SMR)への注目

従来型原発と比べて安全性が高く、設置規模が小さいSMRは、土地・人口ともに制約のあるシンガポールにとって最適と目されています。輸送や建設の柔軟性もあり、複数の小型炉で段階的に供給能力を強化できる点が強みです。SMRは世界的にも商業化に向け開発が進み、2020年代半ば以降には本格運用例が登場すると期待されています。

脱炭素への強いコミットメント

  • シンガポールは2050年までに炭素排出量実質ゼロ(ネットゼロ)達成を国家目標に掲げています。エネルギー部門の徹底的な脱炭素が不可欠です。
  • 水素発電も積極的に検討されており、2050年には国内で消費する電力の半分を水素による発電で賄うというシナリオも描かれています。
  • とはいえ、水素発電所の国内設置や水素燃料の100%輸入依存には課題もあり、原発との組み合わせが現実的なエネルギー安全保障策になるとみられています。

原発受け入れに向けた社会基盤強化

技術安全面だけでなく、地元の人材育成・研究機関の強化も進行中です。国立シンガポール大学には新たな原子力研究施設が建設され、100人規模の研究者が原子力技術や事故時の安全対策、SMRの特性などを幅広く研究しています。
現場を率いる関係者は「エネルギーミックスの一つとして原子力を本格導入する前に、豊富な専門知識や安全意識の涵養が不可欠」と指摘しています。

国際協力・規制の枠組みづくり

  • 原子力発電という国家規模の技術導入には、多国間での知見や装置、規制ノウハウの共有が不可欠です。
  • 米国に加え、英国や他の先進国とも協力協定の締結や専門コンサルタントの配置を進めています。
  • 国内の関連法制度や安全基準の整備も加速しています。

現時点の課題と慎重な検討姿勢

原子力の導入には、技術革新が期待できる反面、高コスト・廃棄物対策・万一の事故対応など、慎重な検討が求められる課題も少なくありません。
政府は現段階では、事業化実現の可否や時期について明言しておらず、複数年にわたる幅広い調査・社会的合意形成を重視するとしています。

関連するエネルギー政策(補足)

  • 伝統的な石油・天然ガス火力に加え、隠れた主役として水素発電の導入も同時並行で進んでいます。
  • 2026年には国内初の水素発電所が稼働予定で、水素自体は完全輸入依存の戦略が取られます。これは、地理的・経済的背景もあり、「自国でできないことは外部に積極的に依存する」発想に基づくものです。
  • シンガポール独自のエネルギー安全保障2.0という考え方が浸透しています。「全てのエネルギーをただ自給すべき」という従来型モデルにとらわれず、最適な外部依存先と最新技術を組み合わせる点に特色があります。

まとめ:激動の世界エネルギー地図で問われるシンガポールの選択

今まさに、世界の脱炭素社会への移行が加速し、エネルギー地政学が揺らぐ中、シンガポールは天然ガス偏重からの脱却を本格化しています。原子力発電と水素発電、この2つの次世代クリーンエネルギーを活用し、安全性と経済合理性の最適解を追求する姿勢は、他の都市国家や小規模国にとっても注目の動きです。
政府や専門家、産業界、社会全体が一体となって、「未来のエネルギー像」を丁寧に作り上げていく過程は、今後も世界的な関心を集めるでしょう。

参考元