パリ五輪金メダリスト角田夏実が第一線を退く意向を表明「柔道着は脱がない」新たな人生へ
柔道女子48キロ級で2024年パリ五輪の金メダリストである角田夏実選手(33歳)が1月30日、千葉県浦安市で会見を開き、競技の第一線を退くことを正式に表明しました。自身の口から直接、今後の方針を説明したこの会見には、柔道着姿で登場した角田選手が、新しい人生への決意を語りました。
引退を決めた瞬間
角田選手が競技の第一線を退くことを決めたのは、昨年12月のグランドスラム東京の開催時だったと明かされています。パリ五輪後も現役を続けていた角田選手でしたが、昨年2月のグランドスラムバクー大会と4月の全日本選手権に出場した後も、自身の気持ちが揺らいでいたといいます。
会見で角田選手は「パリ五輪が終わった時にまだ戦えるんじゃないかと思っていました。ゴールドゼッケンで試合に出たい思いもあって昨年2月の大会に出ました。けどやっぱりモチベーションが上がらなくて、一度競技から離れてみて自分はどう思うのか考えようと思った」と振り返りました。
そして「GS東京を見てもう一度戦いたいと思わなかったとき」に、自分は引退すべき時が来たのだと確信したと述べています。長年の競技人生の中で、選手としての情熱が失せたことを冷静に受け入れた瞬間だったのです。
昨年12月の報道の真相
実は昨年12月、一部メディアによって角田選手の引退が報じられていました。しかし、当時の角田選手は自身のSNS上で「最終的な決断にはまだ至っておりません」とコメントし、「本来であれば、最初の一言を自分の口からお届けする予定でしたが、報道が先行してしまった」と述べていました。
今回の会見は、その後の正式な決定を、自分の言葉で直接伝えるために開かれたものです。報道先行で誤解が広がることを避け、納得のいく形で自らの決断を発表したいという角田選手の思いが込められていました。
「柔道着は脱がない」という強いメッセージ
今回の会見で最も注目される発言の一つが、「第一線を退くことが私の中での引退。柔道着を脱ぐことではない」というものです。
角田選手は柔道着姿で会見に臨み、会見終了後には出席した記者から希望者を募り、自身の代名詞であるともえ投げを披露するパフォーマンスを行いました。4人の記者を次々と華麗に投げとばし、会見の雰囲気を盛り上げたのです。
この行動には、競技者としての活動は終わるものの、柔道という道を人生とともに歩み続けるという強い決意が表れています。「今まで柔道は恋人みたいな関係だと話していたけど、これからは柔道と家族になりたい。競技者としてじゃなくても、柔道と一緒に自分の人生を歩んでいきたい」という発言が、その思いを象徴しています。
角田夏実の競技人生の軌跡
千葉県八千代市出身の角田選手は、小学2年生の時に父親と柔道を始めました。八千代高から東京学芸大へ進学し、社会人になってからは全日本柔道連盟の強化選手として活動していました。
当初は52キロ級を主戦場としていましたが、東京五輪の代表争いに敗れた後、2019年に48キロ級への転向を決断しました。この決断が人生を大きく変えることになります。
転向後、角田選手は見事な成績を収めます。2021年から2023年の世界選手権で3連覇を達成し、自身の実力を世界に示しました。そして2024年のパリ五輪では、初めてのオリンピック出場で日本柔道女子史上最年長となる31歳11カ月での金メダル獲得という偉業を成し遂げたのです。
この金メダルは、日本の夏季五輪通算500個目のメダルとなり、その歴史的価値はさらに高まりました。また、この階級では谷亮子以来、20年ぶりの快挙でもあったのです。
パリ五輪後の活動と国民的スターへの道
パリ五輪での金メダル獲得後、角田選手は一躍国民的スターとなりました。テレビやイベントなどの出演が急増し、柔道の普及活動に尽力するなど、競技を超えた活動が広がっていたのです。
パリ五輪後は昨年2月のグランドスラムバクー大会で優勝し、4月の皇后杯全日本選手権にも参戦。最も軽い階級から減量なしの53キロで出場し、2勝を挙げるなど、順調な復帰を見せていたように思われました。しかし、本人の心の中では揺らぎが続いていたのです。
新しい人生のプラン「柔道キャラバン」など
会見で角田選手は、今後の活動について6つのプランを発表しました。その中でも特に注目されるのが、「柔道キャラバン」と呼ばれるプログラムです。
この活動は、子どもから大人まで柔道を通じた礼儀作法や体を動かす楽しさを全国各地に届けるというもの。角田選手は「全国を回って柔道教室をしていきたい」と述べており、柔道の普及と教育に自身の経験を生かすことを計画しています。
さらに、国内外の道場開講のサポートや、自身で立ち上げた会社での事業展開も予定されています。「自分で立ち上げた会社でやっていきたい。私ができることは全てやっていきたい」という言葉から、角田選手の新しい人生への前向きな姿勢が伝わってきます。
柔道への向き合い方の変化
競技者として第一線を退く決断をしながらも、柔道との関係を完全には断たない角田選手の姿勢は、独特です。「道着でここに座っているのも、引退はするといったものの、試合に出たいと思ったら出てもいいのかなと。そんな気持ちもありながら、また競技者としてでなくても柔道に関わっていきたい」というコメントから、その柔軟性が窺えます。
また、「柔道の見方が変わることで、新しい一面が見えるのではないかと楽しみにしています」という発言は、競技者から指導者・普及者へ、自身の視点や立場が変わることを前向きに捉えている様子を示しています。
33歳で迎える人生の新しい章
33歳の角田選手が競技の第一線を退くことは、多くの国民にとっては惜しまれるものかもしれません。しかし、本人が「遅咲きのヒロイン」として最高峰の舞台で成果を上げた後、自身の心の声に素直に従い、新しい人生へのステップを踏み出す決断をしたことは、人として非常に誠実で前向きなものです。
今後、角田選手がどのような形で柔道に関わり、どのような活動を展開していくのか、多くの期待が寄せられています。競技者としての人生を一区切りつけながらも、柔道という道を通じて社会に貢献していく角田選手の新しい章が、今ここから始まります。
