アブダビ最終決戦目前――ピアストリが揺れる胸中を語る。マクラーレンは「フェアな戦い」と「チームオーダー」のはざまで

2025年F1シーズンは、アブダビGPでついにクライマックスを迎えました。マックス・フェルスタッペンランド・ノリス、そしてオスカー・ピアストリ――3人によるタイトル争いは、ここヤス・マリーナでの最終決戦にもつれ込み、マクラーレン陣営は「フェアなレース」と「チームオーダー」という、難しいテーマに直面しています。

この記事では、「ピアストリ」に焦点を当てながら、フェルスタッペンへの期待と警戒角田裕毅を巻き込んだ戦略戦、そしてノリスのタイトル獲得のために発令が検討されるチームオーダーについて、やさしい言葉でじっくり振り返っていきます。

タイトル争いは三つ巴:フェルスタッペン、ノリス、ピアストリ

今季のF1は、最終戦アブダビまでもつれる白熱のチャンピオンシップとなりました。タイトルはランド・ノリスマックス・フェルスタッペンオスカー・ピアストリの3人で決する展開となり、特にカタールGPでノリスが勝てなかったことが、このドラマを最後までもつれさせる要因になりました。

ポイント状況は、ノリスが首位で408ポイント、フェルスタッペンとは12ポイント差、ピアストリはそこからさらに4ポイント差と、いずれも十分逆転の可能性を残した状態でアブダビを迎えています。
ノリスは3位以上で自力王者という条件であり、一方のフェルスタッペンは優勝しても、ノリスが4位以下に沈まなければ逆転はできません。

しかしその裏で、もうひとつの重要な構図が見えてきます。それが、ピアストリの立場です。ピアストリ自身も数学的にはタイトルの可能性を残していましたが、チームメイトであるノリスのタイトルのために、自分の順位を譲る「チームオーダー」を受け入れるのかどうか――難しい判断を迫られる状況に置かれていました。

マクラーレン、フェルスタッペンに「フェアなレース」を期待

アブダビGP予選では、フェルスタッペンがポールポジションを獲得し、2番手にノリス3番手にピアストリがつけるという並びになりました。タイトルを争う3人が、まさにグリッド上で前から順に並ぶ格好となり、緊張感は一気に高まります。

この状況の中で話題となったのが、「フェルスタッペンがレース中にペースコントロールを行い、ノリスを後方の集団に巻き込むのではないか」という懸念でした。これは2016年にルイス・ハミルトンがニコ・ロズベルグとのタイトル争いで用いた戦略を連想させるもので、先頭のドライバーが意図的にペースを落として、タイトルライバルを危険な状況に引き込む可能性があるのでは、という見方です。

この“駆け引き”の可能性について問われたマクラーレンのアンドレア・ステラ代表は、フェルスタッペンに対して「フェアな戦い」を期待しているとコメントしました。

ステラ代表は、フェルスタッペンが選べる戦略的オプションの存在は理解しつつも、「そこまで心配はしていない」と語り、すべてはスポーツマンシップと公平性の範囲内で行われると信じていると強調しました。
また、このサーキットではタイヤのデグラデーション(性能劣化)やグレイニングが予想以上であり、先頭のマシンがペースをコントロールする理由は、タイトル争いだけでなくタイヤマネジメント上の必要性からも生じうると分析しています。

ノリスには「慎重なスタート」を要求

ステラ代表は、スタートにおけるノリスのアプローチについても言及しています。ノリスは2番グリッドからスタートしますが、1コーナーのイン側に位置するとはいえ、それが必ずしも有利とは限らないと指摘しました。

このコースでは、スターティンググリッド左右のグリップ差がそこまで大きくないこと、そしてアウト側のマシンがラインを締めてくるリスクを考えると、ノリスはあまり無理をせず、慎重に行くべきだというのがステラ代表の考えです。
タイトルリーダーであるノリスにとって、第一の目標は「完走して3位以上を確保すること」であり、スタート直後の接触やスピンは絶対に避けたいところです。その意味でも、「勝負よりも冷静さ」が求められていると言えるでしょう。

角田裕毅の存在が戦略のカギに? レッドブルとの“連携”を警戒

今回のアブダビGPで、もう一つ注目されているのが角田裕毅の存在です。角田はレッドブル陣営の一員として、すでに予選ではフェルスタッペンにスリップストリームを与える形で協力しており、決勝レースでも戦略上の“援護役”を担う可能性がささやかれていました。

例えば、レッドブル側が角田の第1スティントを延長し、マクラーレン勢のピット戦略やタイヤライフに影響を与えるような展開を作ることも考えられます。これは、フェルスタッペンがタイトルを逆転するための“間接的なプレッシャー”とも言えます。

マクラーレンのステラ代表は、こうした状況を「正当な戦いの範囲内」として受け止めており、角田の起用やレッドブル陣営の動きも、あくまでルールの中で行われる戦略だと捉えています。そのため、マクラーレンとしても感情的になるのではなく、冷静にタイヤ戦略とレース展開を読みながら対抗していく構えです。

マクラーレン、ノリスのタイトルのため「チームオーダー」発令へ

シーズンを通してマクラーレンは、ドライバー間の公平性を重視し、基本的には“自由に戦わせる”方針を貫いてきました。しかし、タイトルがかかった最終戦という特別なシチュエーションを前に、そのスタンスに変化が生じます。

マクラーレンの上層部は、ノリスが初タイトルを獲得できる状況である以上、必要に応じてチームオーダーを発令する用意があると明言しました。
具体的には、レースの展開によってはピアストリがノリスより前を走る可能性があり、その場合、ピアストリをノリスの前から退かせ、ノリスを表彰台圏内に押し上げる決断を迫られることになります。

たとえば、「ピアストリが上位、ノリスが4番手」という、カタールGPを再現するような展開になれば、ピアストリは数学的にはタイトル争いから脱落する一方で、ピアストリがノリスを前に出すことで、たとえフェルスタッペンが優勝しても、ノリスのタイトル獲得が成立するというシナリオが現実味を帯びてきます。

チームとしては、長い歴史と多くの投資をかけて戦ってきたシーズンの集大成として、「チームとしてのタイトル」を最優先せざるを得ない場面です。チームオーダーを使わないのは“狂気”に近い判断だとする見方もあり、マクラーレン内部でも最終戦を前に議論が重ねられました。

ノリスの本音と、ピアストリの葛藤

このチームオーダー問題については、ドライバー本人たちも複雑な立場に立たされています。ノリスは、もしチームオーダーが使われるなら「個人的には大歓迎」だと語りつつも、自分からそれを要求するつもりはないと、慎重な姿勢も見せています。

ノリスは、「もしチームオーダーがなくてフェルスタッペンに敗れたとしても、それは受け入れる」とも話しており、あくまでドライバーとしての誇りスポーツマンシップを大切にしていることもうかがえます。彼にとって重要なのは、「自分が望んでいない形で勝利を与えられた」と感じたくない、という心理面もあるのでしょう。

一方で、今回のキーパーソンとも言えるのがオスカー・ピアストリです。ピアストリにとっても、まだタイトルの可能性はゼロではなく、自分自身のキャリアにとって大きな意味を持つレースです。そんな中で、チームメイトのために自分の勝機を手放すかもしれないというのは、決して簡単な決断ではありません。

実際にピアストリも、「簡単な決断ではないが、チームで話し合う」という趣旨の発言をしており、チームオーダーが持つ重さをしっかり理解しながらも、マクラーレンの一員として冷静に受け止めようとしている様子が伝わってきます。

ここで大切なのは、マクラーレンがシーズンを通して強調してきた“フェアネス”と、最終戦での「現実的な判断」とのバランスです。チームは、2人のドライバーを公平に扱う方針を変えたくはない一方で、タイトルという大きな目標を前にして、どうしてもある程度の優先順位をつけざるを得ない状況に置かれています。

レースは戦略勝負へ――ピアストリの走りがノリスの運命を左右

アブダビGP決勝は、タイヤ戦略とペースコントロールがカギを握る、典型的な戦略レースになると予想されていました。フェルスタッペンとマクラーレンの2台が前方でどのようなペースを築くか、角田を含む他チームの動きがどう絡んでくるか――そのすべてが、タイトルの行方に直結します。

ピアストリにとっては、自分のレースを最大限に戦うこと、そして同時にチームとしての最適解を受け入れる覚悟が求められます。ノリスのタイトルをアシストするような状況になれば、自分の順位を譲ることもあり得る一方で、逆に自分がタイトルに望みをつなぐ展開になれば、チームはより複雑な判断を迫られるでしょう。

シーズン終盤を通じて、ノリスとピアストリは互いにリスペクトを示し合い、チーム内に大きな対立が生まれることはありませんでした。今回の最終戦においても、2人は「まずはクリーンに走ること」を前提にしながら、その上でチームとともに最適な判断を探っていく姿勢を見せています。

「フェアなレース」と「チームとしての勝利」――ピアストリが背負うもの

マクラーレンがフェルスタッペンに「フェアなレース」を期待すると同時に、自らはチームオーダーを発令する可能性を認めているという構図は、一見すると矛盾しているようにも思えます。しかし、そこにはF1というスポーツの持つ二面性――個人競技でありながらチームスポーツでもあるという本質が、ありのままに表れています。

ピアストリは、その狭間に立つ存在です。若手としてこれから多くのチャンスを掴んでいきたい一方で、マクラーレンのドライバーとして、チームの悲願とも言えるタイトル獲得に貢献する責任も感じています。
「簡単な決断ではないが、チームで話し合う」という言葉には、自分本位ではなく、チームの一員として物事を考えようとする、彼の成熟した姿勢がにじみ出ています。

結果として、アブダビGPはフェルスタッペンがポール・トゥ・ウインを飾り、2位にピアストリ、3位にノリスが入りましたが、この順位によってノリスが2025年シーズンのドライバーズタイトルを獲得しました。ピアストリは勝利こそ逃したものの、チームとともに戦い抜き、ノリスをタイトルへと導く重要な役割を果たしたと言えるでしょう。

その背景には、ステラ代表が信じた「スポーツマンシップ」と、ノリスとピアストリ、そしてマクラーレンというチーム全体が共有した「フェアな戦い」への価値観がありました。タイトル争いのプレッシャーの中でも、その信念を失わなかったことが、このドラマチックなシーズンをより美しい物語にしているのかもしれません。

参考元