「女性らしく」ではなく「自分らしく」元なでしこ・鮫島彩さんが語る女子サッカーの未来
2011年のFIFA女子ワールドカップで優勝を経験した元なでしこジャパンの鮫島彩さん。栃木県河内郡河内町(現・宇都宮市)出身の彼女は、ミッドフィールダーからディフェンダーへのコンバートを経験し、日本女子サッカーの発展を支えてきた重要な選手でした。現在、鮫島さんはサッカー教室などの活動を通じて、次世代の女性サッカー選手たちに向けて、性別に縛られない生き方や自分らしいプレースタイルの大切さを伝えています。
看護師志望からサッカーへ:運命の転機
鮫島彩さんの人生は、当初、異なる道を歩むはずでした。実は、彼女は看護の道に進むことを考えていたといいます。しかし、サッカーとの出会いが彼女の人生を大きく変えることになりました。常盤木学園高等学校へのサッカー留学により、彼女の才能は開花し、1年生からレギュラーとして活躍。第14回全日本高等学校女子サッカー選手権大会では背番号10を背負い、チームを準優勝へ導きました。
この転機が無ければ、日本女子サッカー界は大きな損失を被ることになったでしょう。2008年になでしこジャパンに初選出された鮫島さんは、代表ではサイドの突破力を買われ、ミッドフィールダーから左サイドバックへとコンバートされました。多くの選手にとって、ポジション変更は大きな挑戦ですが、彼女はそれを受け入れ、新しいポジションで日本代表を支え続けたのです。
国際舞台での活躍:フランスからアメリカへ
鮫島さんのキャリアは、日本国内にとどまりませんでした。TEPCOマリーゼで活躍した後、2011年9月には、フランスリーグ1部のモンペリエHSCと2年契約を結びました。当時、モンペリエには宇津木瑠美選手も所属していたことから、日本人選手のレベルの高さが認識されていたことがわかります。さらに、2011年にはボストン・ブレイカーズにも所属し、アメリカでのプロサッカーも経験しています。
これらの海外経験は、単なるキャリアの多様化ではなく、女子サッカーのグローバル化を象徴するものでもあります。日本人女性選手が世界の舞台で活躍する道を切り拓いた鮫島さんのような先駆者たちの努力により、現在の日本女子サッカーの国際的な評価が成り立っているのです。
代表での栄光:2011年ワールドカップ優勝の立役者
鮫島彩さんのキャリアの中で、最も輝かしい瞬間は、2011年のFIFA女子ワールドカップでの優勝でしょう。この大会での日本の優勝は、世界中の女性たちにサッカーの夢を与えました。さらに、彼女は2015年の女子ワールドカップでは準優勝、2012年ロンドンオリンピックでも準優勝を経験し、複数のアジア競技大会でも活躍しています。AFC女子アジアカップでも2018年に優勝を経験するなど、彼女のキャリアは日本女子サッカー界における数々の重要な瞬間を記録しています。
「女性らしく」ではなく「自分らしく」というメッセージ
現役を引退した後、鮫島さんはサッカー教室などの活動を通じて、新しい世代の選手たちに向けたメッセージを発信しています。「女性らしく」ではなく「自分らしく」というメッセージは、単なるサッカー技術の伝承ではなく、人生哲学そのものです。スポーツの世界においても、性別による固定概念や期待値が存在します。しかし、鮫島さんのこのメッセージは、女性選手たちに対して、自分自身の個性と価値観を大切にし、社会的な性別役割に縛られることなく、自分のスタイルでプレーし、生きることの重要性を教えています。
プロ選手としての工夫:ハーフタイムの日焼け止め
鮫島さんのプロフェッショナルな側面を垣間見ることができるエピソードとして、「ハーフタイムに日焼け止めを塗る」というものがあります。これは、単なる美容の工夫ではなく、女性選手としての身体管理とプロ意識の高さを示しています。屋外でのスポーツにおける紫外線対策は、皮膚がんのリスク低減にも関わる重要なケアです。このような細かい配慮ができる選手だからこそ、多くの若い世代に尊敬されるのです。
女性サッカー選手のロールモデル:次世代への影響
現在、全国各地でサッカー教室が開催されており、元なでしこジャパンの選手たちがその指導にあたっています。岡山では、元日本代表ゴールキーパーの福元美穂選手らが、女性を対象にしたサッカー教室を開催し、3歳の女の子を含む様々な年代の参加者が集まっています。このような活動は、女性がサッカーを始める際の心理的なハードルを低くし、より多くの女性にサッカーを楽しむ機会を提供しているのです。
鮫島さんを含む元選手たちのこのような教室活動は、次世代の女性サッカー選手の育成に直結しています。彼女たちの経験や技術、そして何より「自分らしく」というメッセージは、多くの女性参加者の心に響き、彼女たちが自分の可能性を信じ、サッカーという競技を通じて自己を表現する勇気を与えているのです。
女子サッカーの発展と社会的意識の変化
日本女子サッカーの国際的な成功は、単なるスポーツの成果ではなく、社会全体の女性に対する認識の変化をも象徴しています。鮫島彩さんのような選手が国際舞台で活躍することで、「女性はこうあるべき」という固定観念が少しずつ変わり始めました。強さ、スピード、戦術的な知識、そしてチームワークといった値する能力は、性別を問わず尊敬される対象となったのです。
また、プロサッカー選手としてのキャリアを築くことができたという事実自体が、多くの女性に「自分もこういう道を歩むことができるかもしれない」という希望を与えています。鮫島さんがベガルタ仙台レディースの歴代初のプロ契約選手となった時点で、彼女は単なる選手ではなく、女性サッカーの歴史の一ページを刻む人物となったのです。
今後の展望と「自分らしく」の価値
鮫島彩さんが発信し続けている「自分らしく」というメッセージは、特にこれからの時代において重要な意味を持っています。多様性が求められる現代社会において、自分の個性や価値観を大切にしながら、自分の能力を最大限に発揮することが、個人の幸福度にも、組織の発展にも繋がります。サッカーのような競技スポーツにおいても、画一的なスタイルの強要ではなく、各選手の個性を活かしたプレースタイルが重視される傾向が強まっています。
元なでしこジャパンの鮫島彩さんのメッセージと活動は、女子サッカーの未来を照らす灯台のような存在です。彼女が切り拓いた道を歩む次世代の選手たちが、さらに自由に、そして自分らしく、サッカーを愛し、プレーしていく世界が来ることを期待してやみません。



