米下院が「ノンデイリーミルク」容認法案を可決 学校給食の牛乳ルールが大きく転換へ
アメリカの連邦議会で、学校給食における「ミルク」の扱いが大きく変わろうとしています。長年、学校給食では牛乳がほぼ一択だったところに、植物性ミルクなどのノンデイリーミルクを正式に認める動きが進み、同時に、全乳(ホールミルク)を学校に戻す法案も可決されました。
この記事では、
- 米下院が可決した「ノンデイリーミルク」関連の流れ
- 本来はUSDA(米農務省)の役割である子ども向け栄養基準に、なぜ議会が踏み込んでいるのか
- 上院多数党院内総務チャック・シューマー氏が、どのように政治的な「連勝」を続けているのか
を、できるだけやさしい言葉で整理してお伝えします。
80年続いた「学校=牛乳」の常識が揺らぐ
アメリカの公立学校では、連邦政府が支える全米学校給食プログラム(NSLP)のもと、約80年にわたり「給食には牛乳をつける」という仕組みが続いてきました。牛乳は、カルシウムやたんぱく質の供給源として重視され、学校給食の「必須アイテム」とされてきたのです。
しかし近年、この仕組みに対して、次のような問題点が指摘されるようになりました。
- 乳糖不耐症の子どもが非常に多く、無理に牛乳を出しても飲めないケースが多い
- 飲まれない牛乳が大量に未開封のまま廃棄され、年間約4億ドル(約600億円超)の税金が無駄になっている
- 植物性ミルクなど、他の選択肢を求める保護者や子どもたちの声が高まっている
とりわけ乳糖不耐症については、NSLPの対象児童の約半数、1,500万人規模が当てはまると推定されており、従来の「牛乳一択」の制度では、多くの子どもが実情に合わない対応を強いられてきました。
FISCAL法案とは?「植物性ミルクを選ぶ権利」を認める取り組み
この問題を正面から扱ったのが、FISCAL Act(学校の食堂および昼食の自由に関する法案)と呼ばれる法案です。上院ではすでに全会一致で可決されており、超党派での支持を得ています。
FISCAL法案のポイントは、次の通りです。
- 公立学校の給食で、乳製品フリーの代替ミルク(植物性ミルクなど)を選べるようにする
- 保護者や法定後見人の申し出に基づき、学校が代替ミルクを提供する義務を負う
- 現行制度のように「医師の診断書がある場合だけ例外的に代替品を出す」という、ハードルの高い仕組みを見直す
- 植物性ミルクの活用により、未開封の牛乳の大量廃棄によるフードロスと税金の無駄を減らす
この法案は、ペンシルベニア州選出の民主党上院議員ジョン・フェターマン氏が提出し、ヴィーガンの元オリンピックメダリストであるドッツィー・バウシュ氏らの強い働きかけによって推進されてきました。
活動家たちは、政府の栄養ガイドラインをより植物性食品重視にするようUSDAに求めてきており、その成果として、大豆や植物性食品が公的な栄養政策でも徐々に位置付けを高めているとされています。
「全乳(ホールミルク)」を学校に戻す別の法案も可決
一方で、学校からしばらく姿を消していた全乳(ホールミルク)と2%ミルクを、再び給食の選択肢に戻す動きも進んでいます。
- 2025年12月14日、米国下院は「健康な子供のための全乳法(Healthy Kids Milk Act などと報じられる)」を反対票ゼロで可決
- これに先立ち、上院も全乳と2%ミルクを学校給食で認める法案を全会一致で通過させていました
この一連の動きは、2010年代以降の栄養基準の見直しで、脂肪分の高い全乳などが学校から外されてきた流れを、部分的に逆転させるものです。乳業界や一部の農家にとっては、全乳の復活は大きな勝利と受け止められており、ワシントンを舞台にした長年のロビー活動の成果だと報じられています。
こうして、
- 植物性ミルクを認めるFISCAL法案
- 全乳・2%ミルクを復活させる法案
という、一見すると逆方向にも見える2つの流れが、同じタイミングで進んでいるのが、現在のアメリカの大きな特徴です。
トランプ大統領は署名へ しかし実施には時間も
報道によると、全乳を学校に戻す法案について、ドナルド・トランプ大統領は速やかに署名する見通しだと伝えられています。大統領の署名を経れば、法案は正式に法律となります。
ただし、法律が成立したからといって、すぐに全国の学校で新しいミルクが並ぶわけではありません。今後は、
- USDAが具体的な規則(ルール)をつくる
- 各州が自分たちの学校栄養プログラムを調整する
- 各学区が調達契約や給食メニューを更新する
といったステップが必要となり、現場での完全な実施には一定の時間がかかるとみられています。
本来USDAの役割に「議会」が踏み込む背景
アメリカの学校給食の栄養基準や具体的な食品の扱いは、本来、USDA(米農務省)が科学的な知見にもとづき決める領域です。しかし今回は、FISCAL法案や全乳復活の法案など、議会が直接、給食の中身に踏み込む形が目立ちます。
こうした「議会による介入」が起きている背景には、いくつかの要因があります。
- 乳糖不耐症や食物アレルギーなど、子どもの多様な健康ニーズへの対応が遅れているという不満
- 未開封の牛乳の大量廃棄に象徴される、税金の無駄やフードロスへの世論の高まり
- 乳業界や農業ロビー団体と、植物性食品を推進する団体のロビー活動の激化
- 「何を子どもに食べさせるべきか」という価値観をめぐる、政治的・文化的な対立
特に、アメリカ最大級の農業ロビー団体であるAmerican Farm Bureau Federationは、乳製品関連の政策に大きな影響力を持ち、2025年だけでも数十万ドル規模のロビー活動費を投じていると報じられています。
一方で、国民の約3分の2が「学校で植物性食品や乳製品フリーのミルクを提供すべき」と回答した調査もあり、議員たちも有権者の声を無視できなくなっています。結果として、「科学的な栄養基準」という専門領域に、政治的な判断がより強く入り込む構図になっているのです。
シューマー院内総務「連勝」継続の裏側
こうした法案が次々とまとまっている背景には、上院多数党院内総務であるチャック・シューマー氏(民主党)の存在もあります。シューマー氏は、激しく対立しがちなテーマであっても、超党派の合意を取り付けることで知られ、「連続して重要法案を成立させている」意味で「シューマーの連勝街道(シューマー keeps his streak alive)」と評されることがあります。
今回のミルク関連の動きでも、
- 乳糖不耐症の子どもへの配慮やフードロス削減を重視する進歩的・リベラルな側
- 乳業界や農家を支援し、全乳復活を求める保守的・農業州側
という、立場の異なるグループを同時に満足させるような法案パッケージの組み方が見られます。つまり、
- 一方で、植物性ミルクの選択肢を広げることで、健康や多様性を尊重したい層にアピール
- 他方で、全乳や2%ミルクを復活させることで、乳業界や農村部の有権者に配慮
という、バランス型の政治手法が取られていると考えられます。
このように、多様なステークホルダーの利害を調整しながら、対立しがちな栄養政策を前に進めている点で、シューマー氏の「連勝」は単なる政治的な勝ち負けだけでなく、妥協と合意形成の技術としても注目されています。
子どもたちにとって何が変わるのか
では、実際に学校に通う子どもたちにとって、今後どのような変化が予想されるのでしょうか。
- ミルクの選択肢が「牛乳だけ」から「牛乳+全乳・2%ミルク+植物性ミルク」へと広がる可能性がある
- 乳糖不耐症の子どもが、より自分に合った飲み物を選べるようになり、健康面でも安心感が増す
- 飲まれずに捨てられるミルクが減り、フードロスの削減につながる
一方で、
- どの植物性ミルクを採用するか(大豆、オーツ、アーモンドなど)、栄養バランスやアレルギーへの配慮が必要
- 地域や学区によって、どこまで選択肢が用意されるかに差が出る可能性がある
- 乳業界と植物性食品業界の間で、今後も激しい議論が続く可能性がある
といった課題も残ります。
日本にとっての示唆:学校給食とミルクをどう考えるか
日本でも学校給食は、子どもの健康と学習を支える大切な制度として、長年にわたり高く評価されています。牛乳は日本の給食でもおなじみの存在で、栄養面での貢献が強調されてきました。
一方で、世界的な潮流としては、
- 乳糖不耐症やアレルギーなど個々の体質への配慮
- フードロス削減や環境負荷の軽減
- 食文化や倫理観の多様化に伴う選択肢の尊重
が、これまで以上に重視されています。アメリカの今回の動きは、賛否はともかくとして、「子どもにとって本当に望ましいミルクのあり方は何か」を、改めて考えるきっかけを世界に提供していると言えるでしょう。
今後、USDAによる詳細なルール作りや、現場の学校での運用がどのように進んでいくのかを見守ることは、日本の学校給食や栄養政策を考えるうえでも、参考になる部分が多いはずです。



