偽情報の渦中に揺れるモルドバ―ロシアの影響と現地記者の潜入取材から見えた実像

はじめに

東ヨーロッパの小国モルドバは、現在、世界の注目を集めています。その理由は「ウクライナの次」と懸念される地政学的リスクや、ロシアによる巧妙な偽情報拡散、そして沿ドニエストルと呼ばれる未承認地域をめぐる不透明な情勢にあります。
本記事では、現地記者による偽情報「工房」への潜入取材およびモルドバ国内外で進行する「ハイブリッド戦争」の実態、さらに未承認国家「沿ドニエストル」の現場ルポをもとに、モルドバが直面する課題をやさしく解説します。

ロシアによる偽情報拡散:「工房」での実態

  • モルドバ国内外を狙った偽情報キャンペーンが活発化
  • 「工房」と呼ばれる拠点では、SNSやウェブサイトを使い組織的に虚偽情報を発信
  • 現地記者の調査で、これらの作業に1人あたり2万円超の報酬が支払われていることが判明
  • 「欧州風」を装ったフェイクニュースサイトの運営も散見される
  • ターゲットは、国外在住を含むモルドバ人コミュニティ。選挙への投票行動や世論を狙って印象操作

現地の記者が調査した「偽情報工房」では、スタッフがSNSアカウントを大量につくりだし、ロシア語やルーマニア語で「親欧州勢力の腐敗」や「選挙に対する不信感」といったネガティブな投稿を日常的に発信しています。これら一連の作業には1人につき2万円以上の報酬が渡される場合もあり、その原資や指示系統の多くにロシア側の関与がうかがわれます。
もはや個人や草の根活動のレベルではなく、組織犯罪にも似た巧妙なネットワーク化が進行しているのです。

「ウクライナの次」と不安が高まる背景~地域の最新情勢

ウクライナ紛争が長期化する中、「次はモルドバが狙われるのではないか」という危機感が高まっています。モルドバのサンドゥ大統領や政府高官は、ロシアによる選挙干渉および情勢不安定化の危険性を繰り返し警鐘。2025年秋の議会選挙を前に、SNSや国際ネットワークを使ったハイブリッドな情報戦が加熱しています。

  • 国外モルドバ人約25万人がターゲットとなり、欧州各地で偽ニュースが拡散
  • 選挙投票日直前には、フェイク爆弾騒ぎや海外での「抗議活動」をでっちあげる事例も
  • 様々なデマやディープフェイク動画が拡がり、一般市民の間に混乱と疑心暗鬼が広がっている

モルドバは欧州連合(EU)加盟を目指していますが、これを警戒するロシア側は現地の親露勢力や未承認地域(沿ドニエストル)経由での内政干渉を継続しています。日本政府もこの問題を重視し、「モルドバの民主的な選挙運営が地域の安定と国際社会の安全保障に直結する」と明言しています。

偽情報の手口と拡散メカニズム

  • AI技術を活用し、「本物」の報道サイト風に加工された偽ニュースが急増
  • フェイクアカウント多数による自動拡散、バズらせ戦略
  • 事実無根の「スキャンダル」をSNSやYouTubeで流し、有権者の不信感をあおる
  • 主要ターゲットは選挙権を持つ国外在住者、特にEU圏のモルドバ人
  • 一部では暗号資産を経由した資金流入も確認

特に印象的なのは、ディープフェイクを用いた映像の氾濫です。たとえば選挙期間中、「ガス料金値下げを約束する首相」の偽動画が出回り、あたかも公式発表のように装ったケースが指摘されています。ソーシャルメディア大手も事態を重くみてモルドバ当局と連携、選挙妨害と思われる投稿の監視と削除に注力しています。しかし、発信源が国外サーバーや「工房」経由のため、根絶は困難です。

欧露対立の最前線:未承認国家「沿ドニエストル」の今

「沿ドニエストル(トランスニストリア)」は、モルドバ東部に位置するロシア支持の未承認国家です。ソ連崩壊後から分離独立状態が続き、現在もロシア軍が駐留、事実上の自治権を維持しています。近年は以下のような現象が顕著です。

  • 現地のロシア系住民がロシア本国と連携し、「親欧州」VS「親露」の対立が先鋭化
  • 沿ドニエストル域内のメディアが、ロシアと連動したプロパガンダを発信
  • 「欧露対立」の最前線となり、軍事的な緊張も継続
  • 現地には貧困とインフラ老朽化の問題も山積、弱い立場の人々が分断の最前線に

沿ドニエストルを現地記者が取材した報告では、ロシア資金による生活インフラや年金制度の「てこ入れ」も見られる一方、国際社会からの孤立や治安の不安定化も深刻化しています。市民は「どちらの旗の下に立つべきか」と思い悩みつつ、日々の生活に追われています。

世界的課題:SNS時代の「偽情報」と民主主義の危機

モルドバの事例は、世界中で問題となっている偽情報と民主主義の危機を象徴しています。最近のグローバルリスク報告書でも「偽情報」は最大級の短期リスクとされ、特に外国勢力による選挙干渉や分断工作は先進国・新興国を問わず急増しています。

  • SNSのバイラル拡散力による「共振的な分極化」
  • インフルエンサーや現地協力者に金銭で「発信」を依頼する組織犯罪型手法
  • ユーザーは「本物」と「偽物」の見分けがつかず、社会不信が拡がる

モルドバでも、「ロシアの作戦を受けたインフルエンサー」が少なくない報酬で個人アカウントを動員し、選挙期間中のSNSを「デマの空中戦」に変えています。こうした現象は米国や欧州を含む全世界的な問題でもあり、「一人ひとりが見る情報をどう精査し、どう民主主義を守るか」が問われています。

今後の展望~モルドバ市民、そして世界にできること

モルドバ市民社会は、危機感を強める一方で「表現の自由」や「情報リテラシー教育」の必要性も叫ばれています。政府や国際機関もSNS運営会社と連携し、不審情報のモニタリングや違法アカウントの凍結といった対策を強化。ただし、根本的な課題には以下の側面があります。

  • 情報を受け取る国民一人一人の「リテラシー」向上
  • 選挙管理やメディア監視の透明性強化
  • 市民、報道機関、政府、国際社会が連携した情報共有体制の構築
  • ロシア発だけでなく、国内外からのあらゆる外部干渉に対する法制度の見直し
  • 貧困・社会分断・未承認地域といった根源的課題への地道な取り組み

「自分が目にする情報の出どころはどこか?」ひとりひとりがその問いを忘れず、慎重に調べ考えることこそ、こうした偽情報の嵐に立ち向かうための第一歩となります。

まとめ

モルドバは今、ロシアとの対立やハイブリッド戦争、未承認国家沿ドニエストルの存在など、多層的な困難にさらされています。特に偽情報の拡散は、民主主義の根幹を揺るがす重大な試練です。情報が洪水のようにあふれる時代だからこそ、情報を見極め自分で考える力がますます大切になっています。
このモルドバの現状は、日本に住む私たちにも無関係ではありません。SNSやネット上の情報を鵜呑みにせず、冷静に見極めることの大切さを、モルドバの課題から学び直してみましょう。

参考元