高市首相の台湾有事発言が引き起こした日中外交紛争、その後の展開と政治的影響
日本の政治情勢が大きく揺れている。高市早苗首相が11月7日の衆議院予算委員会で述べた台湾有事に関する発言が、予想以上の波紋を広げているのだ。中国が激怒し、日中外交紛争へと発展したこの一件は、単なる外交問題ではなく、日本国内の政治力学にも大きな影響を与えている。
発言の経緯:何が起きたのか
事の発端は11月7日の国会答弁にさかのぼる。立憲民主党の岡田克也議員との質疑応答の中で、高市首相は中国が台湾を支配下に置く目的で海上封鎖を行い、戦艦による武力行使を伴う場合、それは「どう考えても存立危機事態になり得るもの」だという見解を示した。
存立危機事態とは、日本有事法制における重要な概念である。この事態が認定されれば、日本は集団的自衛権を行使し、米軍との協働を含む軍事的対応を取ることが可能になるのだ。つまり、高市首相の発言は、台湾有事が発生した場合、日本が軍事介入する可能性を公式に示唆したものと理解されたのである。
中国の激怒と外交紛争への発展
中国の反応は即座にして激烈だった。11月8日、中国・大阪総領事の薛剣がX上で高市首相に対する殺害予告とも受け取れるような投稿を行ったのだ。さらに英文で「台湾問題は核心で、越えてはならないレッドラインだ。火遊びする外部勢力は自滅の結末を迎える」と警告的なメッセージを発信した。
中国は高市首相の発言を「一つの中国」の原則に反し、内政干渉に当たるものとして強く反発。この事態は「2025年日中外交紛争」と呼ばれるまでに発展していった。中国側は対抗措置として、すでに解除していた日本産海産物の輸入禁止を再開し、日中首脳会談をも停止するに至ったのである。
高市首相の「事実上の撤回」をめぐる議論
事態の転機は11月26日に訪れた。高市首相は就任後初の党首討論で、存立危機事態を認定する事例を「具体的に言及したいとは思わなかった」と述べ、政府の公式見解を継承する考えを明確にした。中国との良好な関係を構築することが自身の責任であるとも語ったのだ。
これを受けて、立憲民主党の野田代表は26日の党首討論で、具体例が出なかったことを「事実上の撤回と受け止めた」という考えを示した。しかし、中国外務省はこの評価を「絶対に受け入れない」と強く反発。単なる言い換えや緩和的な解釈では、中国側の怒りは収まらないという姿勢を見せたのだ。
台湾側の複雑な反応
興味深いことに、台湾の反応は一枚岩ではなかった。与党である民主進歩党の主に高雄市選出の立法委員たちは、11月21日に記者会見を開き、高雄市の略称「高市」と首相の名前をかけて「高市挺高市」というメッセージを発信。日本への旅行などの具体的な行動で日本を支援するよう台湾人に呼びかけたのである。
一方、野党の国民党は異なるスタンスを示した。国民党主席の鄭麗文は馬場町刑場跡地の「白色テロ」追悼式に参加するなど、全体的に「緩和シグナル」を発していたのだ。また、中国国民党の洪秀柱は高市首相の発言を厳しく批判し、架空の軍事シナリオを想定し日本の武力介入の可能性を示唆していると指摘した。
政治的背景:日台関係と中国の戦略
なぜ中国はここまで高市首相の発言に強硬に応対しているのか。その答えは、より広い政治的背景にある。高市首相は議員時代から台湾の民進党、特に頼清徳総統と緊密な関係を築いてきた。2025年4月末にも台湾を訪問し、両者は会談している。
ただし、高市首相は安倍晋三元首相と同様に、議員としての立場と総理としての立場を弁別しようとしていた。しかし、中国側は高市新総理と頼清徳総統の関係性に極めて敏感に反応してきたのだ。
中国は2016年5月の民進党・蔡英文政権成立以来、対台湾政策を修正している。かつての国民党との協力から、台湾社会における「愛国統一力量」の育成により統一を目指す戦略へとシフトしたのだ。民進党政権、特に蔡英文総統と頼清徳総統に関わる者たちとの接触は、中国にとって統一戦略を脅かす存在として認識されているのである。
国際的な見方と米国の存在
興味深いことに、米国のランド研究所は現状維持が最善と提言している。また、米軍が台湾海峡などに派兵した場合に、日本が集団的自衛権を発動して米軍と協働する可能性があるという高市首相の発言は、従来の日本政府の考えを逸脱したものではないという見方もある。
実は、日本による「軍事介入」「参戦」「対中侵略」などへの言葉の置き換えは、中国が日本を責める際の手法でもある。中国側は「日本こそが現状変更している」という構図を創作し、それを内外に広めているのだ。
高市首相の政治的優位性
皮肉にも、この一連の外交紛争は高市首相に政治的な優位性をもたらしている側面がある。台湾との関係を重視し、中国に強硬な姿勢を取る立場は、国内の保守層から支持を得やすい。また、国際的には「自由と民主主義を守る日本」というイメージを強化することにもつながっている。
一方、中国側も単なる経済制裁だけに留まっていない。精密な政治戦術を展開しており、高市首相の発言を中国の対日政策を「更新、転換させる理由」として活用している。これは、長期的な対日関係の再構築を目指す中国の戦略的な動きと解釈できるのだ。
今後の展開と懸念材料
現在のところ、事態は緊迫した状況が続いている。高市首相の曖昧な「撤回」では、中国側の怒りは本当の意味では収まっていない。日中首脳会談の停止は、両国関係の深刻な冷え込みを象徴している。
日本が直面しているのは、台湾海峡の安定、米国との同盟関係、そして中国との経済的つながりのバランスを取るという難しい課題だ。高市首相の発言は、この複雑な三角関係の中で、日本がどのような位置を占めるのかを世界に示すことになったのである。
国内的には、野党の立憲民主党がこの問題をどう扱うか、与党内での議論がどう展開するか、そして国民の世論がどう反応するかが、今後の政治を左右する要因となるだろう。この外交紛争が単なる一時的な波乱で終わるのか、それとも日本外交の新しい方向性を示す転換点となるのか、その答えはまだ見えていない。
