金正恩総書記の娘・ジュエ氏、存在感増す「父娘演出」の舞台裏

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記の娘とされるキム・ジュエ氏の露出が年末年始以降、急速に増えています。平壌の宮殿参拝での「最前列中央」という異例の立ち位置や、父娘そろっての植樹・現場視察など、その振る舞いは「普通の父娘関係ではない」と各国メディアや専門家の間で大きな波紋を呼んでいます。今回のニュースでは、その背景にあるとみられる「後継者問題」と「対ロシア不満」という2つのテーマを、わかりやすく整理してお伝えします。

錦繍山太陽宮殿への初同行 「最前列中央」が示すもの

北朝鮮メディアは、金正恩総書記が1日、祖父・金日成(キム・イルソン)主席と父・金正日(キム・ジョンイル)総書記の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿を参拝したと報じました。この参拝には、党幹部らとともに、娘のジュエ氏も同行していました。

公開された写真では、ジュエ氏とされる少女が最前列の中央に立ち、その両脇に金総書記と妻の李雪主(リ・ソルジュ)氏が並ぶ構図になっています。韓国の聯合ニュースは、ジュエ氏が錦繍山太陽宮殿の参拝に同行したのは初めてだと伝え、「後継問題に関する政治的なシグナルである可能性もある」と指摘しました。

北朝鮮において、金日成・金正日親子が眠る錦繍山太陽宮殿は「革命の聖地」ともいえる特別な場所であり、その場に家族を伴うこと自体が政治的意味を帯びます。その中で、まだ幼い娘が最高指導者と妻の間に立つという演出は、通常の儀礼や「家族写真」の枠を超えたメッセージと受け止められています。

韓国当局の見方「後継者強調」よりも「社会主義大家庭」演出

一方で、韓国統一部の当局者は、この演出を必ずしも「後継者アピール」とは見ていません。北朝鮮メディアがジュエ氏をクローズアップしていることについて、妻の李雪主氏も同時に登場している点を重視し、「首領と住民を『親子』の関係に見立てる社会主義大家庭を強調する狙いがある」と分析しました。

北朝鮮の朝鮮中央通信は、金正恩氏が元日に錦繍山太陽宮殿をジュエ氏と共に参拝したと伝えたほか、5日にはロシアに派遣され戦死した兵士たちをたたえる記念館「海外軍事作戦戦闘偉勲記念館」の建設現場を、李雪主氏やジュエ氏と共に訪れ、記念植樹を行ったと報じました。ここでも、報じられた写真ではジュエ氏が中央に立っています。

韓国政府は、もし本気で後継者であることを強調するのであれば、ジュエ氏を金正恩氏の「後方」に立たせるはずだ、という見方も示しています。これは、伝統的な権力継承のイメージとして、「後継者が指導者の背後から支える」構図が想定されるからです。あえて娘を中央に配置するのは、「家族ぐるみで国民を包み込む指導者像」を演出し、国民との心理的距離を縮めようとする試みとみられます。

「普通の父娘ではない」とされる異様な振る舞い

年末年始の北朝鮮では、2025年12月31日から2026年1月1日にかけて、新春祝賀公演が行われました。この場や前後の公開行事で見られた金正恩氏とジュエ氏の振る舞いについて、日本のメディアや専門家からは「普通の父娘関係ではない」との指摘も出ています。

祝賀公演の映像や写真では、金正恩氏とジュエ氏が、まるで「同格」のように振る舞っている場面が目立つと報じられています。例えば、側近や軍高官、党幹部らが居並ぶ中で、ジュエ氏が自然に中心位置に立ち、大人たちと肩を並べる、あるいは父親である金正恩氏が娘に対して過剰とも言えるほど気を配る様子などが挙げられています。

こうしたシーンが国内向け映像として繰り返し流されることで、「指導者一家は特別な存在であり、国民を守る家長である」というイメージを植え付ける狙いがあるとみられます。同時に、娘の存在を徐々に国民に刷り込み、将来のいかなる政治的オプションにも対応できるようにしておく意図があるのではないか、という観測も出ています。

フォークリフト運転と植樹…父娘での「現場視察」の意味

注目を集めたのは、金正恩総書記がフォークリフトを運転し、娘のジュエ氏とともに植樹作業に参加するという、極めて異例の映像です。真剣な表情でハンドルを握る金正恩氏の隣には、ジュエ氏の姿があり、韓国メディアも「父娘で植樹」という構図を大きく報じました。

北朝鮮メディアによれば、この現場はロシアに派遣され戦死した兵士たちを称えるための「海外軍事作戦戦闘偉勲記念館」の建設地であり、金正恩氏は軍人建設者とともに長時間、植樹を行ったとされています。ここには、単に「庶民派指導者」を装うだけでなく、対外軍事作戦に従事した兵士たちへの敬意と、遺族・国民への慰撫のメッセージが込められているとみられます。

韓国のニュースサイト「ニューシス」は、金委員長がロシアに派兵された兵士たちを特に気遣う姿勢を見せてきたと指摘し、「長期化することによって生じた住民の不満を抑え、内部の結束を図ることが目的とみられる」と分析しています。この文脈で、娘を伴って現場を視察し、植樹に参加させることは、「一家そろって兵士たちをたたえ、国民に寄り添っている」という演出と受け取れます。

ロシアへの不満と「対価20%」報道

こうした動きの背景には、北朝鮮国内で高まるロシアへの不満もあるとされています。韓国メディア「サンドタイムズ」は、北朝鮮はロシアへの派兵に関し、兵士1人あたり月2000ドル前後の給与と別途の補償金を約束されていたものの、実際にロシアから支払われた派兵対価は当初予定の約20%に過ぎないと伝えました。

この報道によれば、約束された報酬が十分に支払われていないことから、北朝鮮側の不満が高まっているとされています。帰国した兵士の歓迎式典で、金正恩氏が次々と兵士を抱きしめ、感謝の意を示す姿も報じられましたが、その裏には対露関係への苛立ちや、国民の不安をなだめる必要性があるとみられます。

こうした状況を踏まえると、佐藤優氏のコラムで指摘されるように、金正恩総書記の「新年あいさつ」には、表向きの友好ムードの陰で、ロシアに対する不満や不信がにじんでいる可能性があります。派兵対価をめぐる食い違いは、北朝鮮にとって経済的な痛手であるだけでなく、兵士とその家族への説明責任という意味でも深刻な問題です。

2026年党大会とジュエ氏の「肩書き」への注目

2026年は、北朝鮮で5年に1度開かれる党大会の年にあたります。フジテレビ国際取材部などは、この党大会でジュエ氏に何らかの公式な肩書きが与えられるのかどうか、国際社会が注目していると伝えています。

もっとも、韓国統一部の分析が示すように、現時点ではジュエ氏を「明確な後継者」として位置づけるというよりも、「社会主義大家庭」の象徴として前面に出しているとの見方が強い状況です。そのため、党大会でいきなり後継者を示すようなポストが与えられるかどうかは不透明です。

ただし、繰り返しメディアに登場し、父親と並んで重要行事に参加すること自体が、長期的には「権力継承の布石」として作用しうるのも事実です。過去の北朝鮮でも、金正恩氏自身が父・金正日氏のそばで軍視察や公演観覧に登場し、その後、正式に後継者として登場した経緯があります。そのため、今回のジュエ氏の扱いも、国際社会からは同様の視線で見られています。

「父娘演出」が国民と外部に伝えたいメッセージ

ここまで見てきたように、ジュエ氏をめぐる最近の動きには、いくつかのポイントが重なっています。

  • 錦繍山太陽宮殿への初同行と「最前列中央」という異例の配置
  • 新春祝賀公演などでの「普通の父娘ではない」とされる振る舞い
  • フォークリフト運転や植樹など、父娘での現場視察の演出
  • ロシア派兵をめぐる不満と、それをなだめるための兵士・国民へのアピール
  • 2026年党大会を控えた中での、ジュエ氏の「政治的ポジション」への注目

これらを総合すると、金正恩政権は、国内の不満や不安を和らげ、指導部への忠誠心を維持するために、「温かい父親」と「仲睦まじい家族」のイメージを前面に打ち出していると考えられます。その中心に据えられているのが、ジュエ氏です。

同時に、ロシアとの関係では、約束された対価の一部しか支払われていないとされる状況の中で、兵士や国民には「我々はあなたたちを見捨てていない」というメッセージを届け、対外的には「我が国は安く扱われてはならない」という不満をにじませるという、二重のメッセージを発しているとも言えます。

ジュエ氏の今後の動向、そして2026年の党大会でどのような役割が与えられるのかは、北朝鮮政治の行方を読み解く上で、今後も大きな焦点となっていきそうです。

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