「おこめ券」活用提唱で揺れる鈴木憲和農水相 地元JAからの借入金と利益誘導批判をめぐって
物価高対策の一環として政府が活用を促している「おこめ券」をめぐり、制度を強く推進してきた鈴木憲和・農林水産大臣に対し、地元のJA(農協)からの借入金や、特定団体への利益誘導ではないかとの批判が相次いでいます。
鈴木氏は、旧茂木派の「農水族エリート」とも称される一方で、「おこめ券」政策をめぐり、党内外で評価が大きく割れる存在となっています。
「おこめ券」とは何か 物価高対策の柱として浮上
「おこめ券」は、JA全農などが発行する商品券で、主にスーパーや米穀店などでお米と引き換えられる仕組みのものです。現在流通している券は、1枚あたり500円で販売されますが、実際に交換できるのは約440円分とされています。 残りの約60円は、印刷代や事務費に加え、発行元であるJA全農などの利益となっていることが指摘されています。
政府は、続く物価高騰への対策として、自治体が独自に行う支援策に「おこめ券」の活用を促しており、補正予算では、自治体向けの「重点支援地方交付金」2兆円のうち4,000億円分を「おこめ券」などに充てられる特別枠として位置付けています。 もしこの4,000億円がすべて「おこめ券」に使われた場合、約12%にあたる480億円が発行元のマージン(差額収入)になるとの試算も示されています。
鈴木憲和農水相が打ち上げた「おこめ券」政策
報道によれば、この「おこめ券」活用は、農林水産省の事務方が練り上げた政策ではなく、鈴木憲和農水相自身が就任直後に打ち上げた“独自色”の強い政策とされています。 鈴木氏の選挙区は山形県であり、同県のJA農協会長は、「おこめ券」を発行するJA全農の会長を兼ねていると報じられています。
鈴木氏は、JA全農会長との親密な関係を公言しているとも伝えられており、この人間関係と、「おこめ券」によってJA全農側にマージンが入る構図が重なって見えることから、「JAを救済したいだけではないか」、「利権構造の温存ではないか」といった批判的な論調が噴出しています。
使用期限の新設 「転売禁止」も明記へ
物価高対策としての機動性を高めるため、鈴木農水相は、「おこめ券」に使用期限を設ける方針を正式に表明しました。 現在、JA全農などが発行する既存の「おこめ券」には使用期限がありませんが、鈴木氏は「今の物価高対策に対しての対応である以上、どこかで使用期限を設ける必要がある」と説明しています。
新たな「おこめ券」には、来年9月末までの使用期限が設定される見通しで、券面には「転売禁止」などの文言も記載される方向だと報じられています。 これは、支援策として迅速に使ってもらう狙いとともに、転売や不正利用を防止するための措置とされています。
一方で、既存の券が1枚500円で販売される一方、実際の利用額は440円分にとどまることから、「差額60円が特定団体への利益供与ではないか」との批判も強まっています。 こうした批判を受け、JA全農などは事務コストを削減し、1枚あたりの販売額を下げる方向で検討していると報じられています。
「おこめ券」への批判:国民負担増と農政利権の温存か
経済・農政の専門家からは、「おこめ券」に対する厳しい見方も相次いでいます。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁氏は、鈴木農水相が推進する「おこめ券」について、減反政策(生産調整)で米の生産量を抑え価格を高止まりさせ、そのうえでコメ券を配るのは『国民にとって負担増でしかない』と指摘しています。
日本では長年、コメの過剰生産を防ぐ名目で、生産を抑制する減反政策が続けられてきました。山下氏は、
「生産者には毎年約3,500億円の減反補助金を支払い、コメ生産を減らして価格を市場価格より高く維持したうえで、物価高で苦しい低所得層には『おこめ券』を配布して安く買わせる」
という構図を「マッチポンプ」と表現しています。
仮に、コメ消費量の6分の1にあたる100万トンについて、現在の5キログラムあたり4,200円の価格を、価格高騰前の2,000円に実質的に引き下げるような「おこめ券」政策を実施すると、その財政負担は約4,400億円に達すると試算されています。 事務経費などを含めると、国の負担は4,500億円規模となる可能性も指摘されています。
これに、減反補助金の約3,500億円を加えると、国民・納税者が負う負担は年8,000億円規模に膨らみます。 さらに、コメ券を受け取らない一般消費者は、依然として高い米価を支払い続けることになり、価格高騰前に比べて約2兆2,000億円の負担増になるとされています。 これらを合算すると、国民負担は約3兆円にも達し、「消費税1.25%分」に相当する規模だという指摘もあります。
こうした分析から、山下氏は、「おこめ券」は納税者や消費者の負担を無視し、JA農協に依存する自民党農林族や農林水産省にとっての“利権確保の仕組み”になっていると厳しく批判しています。 「高米価を維持したい農政トライアングル(JA、自民党農林族、農水省)の利害を守る政策だ」との指摘もあります。
JA全農と鈴木氏の関係 利益誘導疑惑が強まる背景
「おこめ券」をめぐる議論で特に注目されているのが、鈴木憲和農水相とJA全農の関係です。前述の通り、鈴木氏の地元・山形県のJA農協会長は、全国組織であるJA全農の会長も兼任しており、「おこめ券」の発行主体として直接の利害関係を持つ立場にあります。
報道では、鈴木氏がこのJA全農会長との近しい関係を隠さず語ってきたとされ、「おこめ券」によってJA全農側にマージンが入る枠組みと合わせて、「大臣とJA全農会長との間に、何かきな臭い関係を感じないだろうか」と疑念を呈する論調も見られます。
さらに、「おこめ券」が、JA全農による高いコメ価格の維持と価格操作を助ける仕組みになるのではないかとの見方も紹介されています。 つまり、「減反と補助金で価格を上げ、コメ券で一部の消費者にだけ救済を与える一方、全体としては高いコメ価格を維持することに役立ってしまう」という構図です。
こうした背景に加え、今回浮上した「地元JAからの借入金」の問題が、公正性への疑念を一層強める形になっています。地元JAは、大臣の選挙基盤や支持組織としても重要な存在であることが多く、そこからの借入と、「おこめ券」による利益構造が結びついて見えることで、「利益誘導ではないか」「癒着ではないか」という声が広がっています。
「旧茂木派3人衆」の農水族エリート 賛否分かれる党内評価
鈴木憲和農水相は、自民党内で旧茂木派の「3人衆」の一角とされ、農政分野に精通した「農水族エリート」と目されています。農業政策や地方の実情に明るい若手・中堅のホープとして期待されてきた側面もあり、農業団体とのパイプの太さは「強み」として評価されてきました。
一方で、その農業団体との近さが、今回の「おこめ券」問題によって「利権構造の代弁者なのではないか」という形で批判の的にもなっています。 党内でも、鈴木氏の積極的な農政復古とも言える路線に賛同する議員がいる一方で、市場原理を重視し、米価の高止まりや補助金依存からの脱却を目指してきたグループからは、「逆行だ」「改革路線への挑戦だ」との警戒感が示されています。
かつて、石破茂元幹事長や小泉進次郎元農水相らが進めようとした、減反見直しや農業構造改革の流れに対し、鈴木氏の政策は「農政復古」と評されることもあります。 党内の評価が二分されているのは、単なる「おこめ券」是非の問題にとどまらず、日本の農政を今後どうしていくのかという大きな方向性をめぐる対立でもあります。
「おこめ券」問題が投げかけるもの 問われる透明性と説明責任
今回の一連の報道で浮き彫りになったのは、「政策の名を借りた利益誘導ではないか」という疑念と、その背景にある農政と政治、農業団体との密接な関係です。 「おこめ券」自体は、生活に困窮する人々の負担を軽くする目的を掲げていますが、その財源は税金であり、制度の形によっては、消費者全体に大きな負担を強いることにもなりかねません。
国民にとっては、・なぜ「おこめ券」なのか
・なぜJA全農が発行する仕組みなのか
・なぜ差額のマージンが必要なのか
・減反政策や高い米価との関係をどう考えているのか
といった点が、今後より一層わかりやすく説明される必要があります。
また、政策を主導する立場にある大臣が、地元JAから借入金を受けていた事実があるのであれば、関係性の透明性、公正さの担保が欠かせません。仮に法的な問題がなかったとしても、国民の信頼を得るためには、どのような目的・条件で借入が行われたのか、政策判断と利害関係に影響はなかったのかなど、丁寧な説明が求められます。
「おこめ券」をめぐる議論は、一枚の券の是非を超えて、日本の農政のあり方、政治と業界団体との距離感、国民負担と支援策のバランスをどう考えるかを問いかけています。鈴木憲和農水相と政府が、どこまで情報を開示し、どのように国民に説明していくのか。今後の対応が、政権への信頼や農政改革の行方にも大きく影響していきそうです。



