声優・梶裕貴が切り開く生成AIの未来 「声の保護」と「新しい可能性」の両立を目指す
声優業界で今、生成AIをめぐる議論が熱を帯びています。一方では「声優の仕事が奪われるのでは」という懸念の声が上がり、大手事務所も警戒を強めています。しかし、その中でも独自の道を切り開こうとしている人物がいます。それが、人気声優の梶裕貴さんです。梶さんが2024年9月に立ち上げた音声AIプロジェクト「そよぎフラクタル」は、生成AIの活用と声優業界の発展を両立させるという、新しい可能性を示しています。
梶裕貴が挑戦する音声AIプロジェクト「そよぎフラクタル」
梶裕貴さんは、2023年に声優歴20周年を記念して「そよぎフラクタル」というキャラクタープロジェクトを発表しました。このプロジェクトの中心にあるのが、梶さん自身の声を学習させた音声合成ソフト「梵そよぎ(そよぎそよぎ)」です。
梵そよぎは、梶さんの声を元にした生成AIキャラクターで、梶さん自身が企画立案しました。プロジェクトの理念は、「プロアマ問わず、面白いものを作りたいと思った人が、しがらみなく、気の合う仲間と好きなものを作れる場所づくりをしたい」というものです。
梵そよぎは、単なるAI音声合成ツールではなく、梶さんのもう一つの分身として位置づけられています。梶さんは「『声』と『言葉』を与えたことで誕生した、もう一つの世界の梶裕貴」と表現し、様々なクリエイターとのコラボレーションを通じて、人格を形成・成長していく存在として構想しています。
生成AIへの向き合い方が示す「声優業界の未来」
生成AIの技術は、任意の人物の声を高精度に再現できるレベルに達しています。この技術の影響をもっとも受ける職業こそが声優です。一部では、生成音声の活用により声優の仕事が効率化される一方で、使い方によっては仕事が奪われかねないという懸念が広がっています。
実際のところ、声優業界では生成AI関連の問題が相次いでいます。大手事務所の代表たちも「生成AIで声優はピンチなのか」という問いに直面し、業界全体として「声の保護と多言語化」の両立を目指す団体に参加するという動きも生まれています。
一方、梶さんが推し進めるアプローチは、この問題に対する一つの解答を示しています。梶さんは自らが主体的に声を提供することで、生成AIの技術を活用しながらも、声優としての権利と創造性を守るという、新しいモデルを構築しようとしているのです。
吹き替えAIで狙うアニメ輸出20兆円市場
梶さんが生成AIに挑戦する背景には、日本アニメの国際展開という大きな目標があります。最近の業界動向では、吹き替えAIによるアニメ輸出市場が注目を集めており、その規模は20兆円に達する可能性が指摘されています。
梵そよぎのようなAI音声合成技術を活用すれば、アニメを複数言語に効率的に対応させることが可能になります。これにより、日本アニメは世界中のより多くの視聴者に届きやすくなるのです。しかし同時に、この市場拡大には「声の権利」をどのように守るかという問題が不可欠です。そこで、業界では「声の権利」を守るための協会発足も進められているのです。
「声の無断使用」の問題とAI時代の倫理
梶さんが音声AIプロジェクトに挑戦したきっかけには、「声の無断使用」が問題視されているという背景があります。生成AIが発展するにつれ、個人の許可なく声が複製・利用されるリスクが高まっているのです。
こうした状況下で、梶さが梵そよぎを立ち上げた意義は大きいものがあります。梶さん自身が主体的に声を提供することで、生成AIの利用ルールを明確にし、声優業界全体の「声の保護」という課題に対する一つのモデルケースを示しているのです。
音声AIをめぐる業界全体の動き
現在、音声AIをめぐる議論は梶さんだけの問題ではありません。業界全体で複数の動きが生じています。
一つの重要な事例として、喉がんの手術により声帯を失った北川充生さんの声を合成音声で再現したというプロジェクトがあります。CoeFontが無償で提供したこのサービスは、生成音声技術が持つ人命に関わる価値を示すものです。
一方で、AI音声「にじボイス」に対する日本俳優連合からの削除要請も相次いでいます。20件の声が声優に酷似しているとして問題視されており、業界としての「声の保護」という課題の深刻さが伝わってきます。
梶裕貴の「そよぎフラクタル」が示す新しい可能性
プロジェクト第一弾として、梵そよぎの歌声合成ソフト製品化を目指したクラウドファンディングがスタートしました。数多くの応援を受け、新世代の歌声合成ソフト「CeVIO AI」とタッグを組み、ハイクオリティな歌声合成ソフトのリリースが決定しています。
梶さんのプロジェクトに込められた理念は、「幾何学模様(フラクタル)の図形のように、同じ理想を持ったクリエイターが集まって作品を生み出していった結果、俯瞰で見てみると、これまでにない全く新しい形を織りなしているはず」というものです。
米山舞さんや澤野弘之さんなどの一流クリエイターも協力しており、将来的にはビジネスとして成立させることも視野に入れられています。梶さんの声優としてのノウハウの蓄積は、合成音声AIプロジェクトにとって「かけがえのない最後のピース」となるとも期待されています。
声優業界が迎えるAI時代の転換点
生成AIが発展する中で、声優業界は大きな転換点を迎えています。一方で「仕事が奪われるのでは」という不安があり、もう一方で「新しい可能性が生まれるのでは」という期待があります。
梶さんが推し進める「そよぎフラクタル」は、この両者を融合させようとする試みです。梶さん自身が主体的に声を提供することで、生成AIの活用と声優業界の発展の両立を示しているのです。同時に、このプロジェクトは、日本アニメの国際展開やアニメ輸出市場の拡大にも寄与する可能性を秘めています。
声優業界全体が直面する「声の保護と多言語化」という課題に対して、梶さが自ら行動を起こした意義は大きいものがあります。今後、梶さんのプロジェクトがどのように発展していくのか、そして業界全体がどのようなルールを構築していくのかは、AI時代の文化産業全体に大きな影響を与えることになるでしょう。




