阿部寛主演映画『俺ではない炎上』──AI×SNS時代の“絶対にバズる”炎上地獄、その恐怖と滑稽

目次

  • 作品概要と話題性
  • あらすじ──「普通の人」の一夜で地獄
  • 炎上の発火点、「絶対にバズるSNS」とは何か
  • SNSとAI、冤罪のメカニズム
  • 登場人物たちの心の揺れと人間模様
  • WANIMAによる主題歌とサウンドトラックの印象
  • 社会に突きつけられる問いと今後の課題

作品概要と話題性

阿部寛主演、監督山田篤宏、原作は「六人の嘘つきな大学生」で知られる浅倉秋成によるサスペンス小説の映画化がついに公開されます。タイトルは『俺ではない炎上』。SNSが発端となる冤罪、ネットリンチ、AIによる徹底的な粗探しといった現代社会への強烈な風刺と警鐘が凝縮されており、公開前から大きな注目を集めています

さらに、映画主題歌は人気バンドWANIMAが担当。ストーリーとリンクする熱量ある音楽も話題となっています。

あらすじ──「普通の人」の一夜で地獄

主人公は、なんの変哲もない大手ハウスメーカーの営業部長・山縣泰介(阿部寛)。平凡ながら家庭と仕事を大切にし真面目に生きてきた男が、ある日突然、自身のSNSアカウントから女子大生殺人事件の遺体画像が拡散されてしまいます。瞬く間に「山縣泰介=殺人犯」という情報が確定的に“拡散”、個人情報が晒され、全国から追われる“炎上状態”に陥ります

「俺は悪くない」「誰が俺をハメたんだ?」──叫びもむなしく彼を信じてくれる人は次々に離れ、社会的信用も、家族との絆も、あっという間に崩壊。サスペンスとユーモアが交錯しながら、「ありふれた一般人」が“絶対にバズるSNS”の炎上トレンドに巻き込まれてゆきます。

炎上の発火点、「絶対にバズるSNS」とは何か

本作で象徴的に描かれるのは、「絶対にバズるSNS」という“話題化”装置です。きっかけはごく普通の写真投稿でした。しかし、AIによる膨大な解析と粗探しで、些細な揚げ足や“叩けそうな要素”が見つかれば、それが「バズ」の材料として一気に拡散。もはや「良さ」より「叩く余地」こそが検索され、大衆心理が燃え盛る炎に油を注ぐ構造となっています

このSNSでは、真偽や文脈より「⾯⽩さ」「ストレス発散」「祭り」的なコミュニケーションが優先され、無関係な第三者も匿名で好き勝手に批判や攻撃を投稿。アルゴリズムがそれを促進し、バズる=炎上の負のスパイラルが成立しています。

SNSとAI、冤罪のメカニズム

作中で山縣泰介が「なぜ自分が?」と苦しむ姿は、現代社会の誰もが明日は我が身と共感できるものです。特にこの「絶対にバズるSNS」では、

  • AIが過去の投稿や画像、発言全体を自動分析し、「批判できるポイント」を提示
  • 個人情報が意図的・無意識的に拡散される
  • 根拠が薄いまま「ネットが決めた真実」が独り歩きする
  • 否定しても炎上は加速し、自己証明はほぼ不可能

一方で「炎上加害者」側も、多くは善悪の判断より「バズるから」「皆がやっているから」という集団心理で行動するだけ。

冤罪仕立て上げの手口、吊るし上げられる当事者、巻き込まれる家族や職場、寄ってたかって「悪者」を演じて盛り上がる大衆――という、恐ろしい群集社会のリアルが描かれます

登場人物たちの心の揺れと人間模様

主人公・山縣泰介(阿部寛)の絶望と葛藤を軸に、

  • 謎の大学生・サクラ(芦田愛菜):被害者遺族か加害者か、真実を知る者として独自に動く
  • 大学生インフルエンサー・初羽馬(藤原大祐):炎上を“コンテンツ”として利用し拡散に荷担
  • 若手社員・青江(長尾謙杜):身近で巻き込まれ葛藤する立場
  • 妻・芙由子(夏川結衣):夫を信じ抜けるか揺れる家族愛

それぞれの立場・価値観・正義感が複雑に絡み合い、冤罪の真実に迫る構成となっています。犯人は誰か、なぜこんなことが起きたのか、終盤にかけて巧妙なミステリーとしても展開されます

WANIMAによる主題歌とサウンドトラックの印象

映画の空気感を彩るのは、バンドWANIMAによる新曲。逃れられないプレッシャーのなかでも前を向く力、他者を信じる難しさ、大衆の“熱狂”と“絶望”を疾走感のあるメロディとともに響かせます。SNS炎上の只中で主人公が抱く孤独、怒り、それでも最後の望みにしがみつく心情が見事に重なり、映像だけでなく聴覚からも共感を誘う出来となっています。

社会に突きつけられる問いと今後の課題

『俺ではない炎上』は単なるサスペンスやエンタメではありません。作中の「絶対にバズるSNS」やAIによる「アラ探し」は、すでに現実社会でも部分的に現れている現象です。バズる=炎上が加速する今、私たちがどんな情報を信じ、どう発信し、どう他者と向き合うのか。本作は、

  • SNSで断罪された人を「見世物」として消費する危うさ
  • AIが拡大するネット社会のリンチ構造
  • 個人の尊厳や証明不能な「無実」の脆弱さ

など、情報社会の影に目を向けさせるストーリーです。

「笑いごとではない、明日は我が身」――SNSとAI時代の集団心理、それに対抗しうる個の力や社会のあり方を、私たち一人ひとりが問い直す契機となるでしょう。

2025年9月26日全国公開。ぜひ劇場で体感してください

参考元