第98回米アカデミー賞2026、日本映画『国宝』が世界に示した「美」と「技」
2026年の第98回米アカデミー賞で、日本映画『国宝』がメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされ、大きな注目を集めています。本作は、歌舞伎の世界を題材にした作品として、日本ならではの美意識と職人技が世界に評価された象徴的なケースとなりました。
一方で、日本国内では、第98回アカデミー賞の行方を占う形で、「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」(3月13日公開)への関心も高まっています。アメリカ映画界の動きと、日本映画『国宝』の快挙が重なり、2026年のアカデミー賞は、日本の映画ファンにとって例年以上に身近なイベントになりつつあります。
第98回アカデミー賞2026とは
第98回米アカデミー賞は、アメリカ・ロサンゼルスで開催される、映画界で最も権威ある授賞式です。作品賞、監督賞、主演・助演の各演技賞といった主要部門に加え、撮影、編集、音楽、視覚効果、アニメーション、ドキュメンタリー、そしてメイクアップ&ヘアスタイリング賞など、多岐にわたる部門で1年の映画界を総括します。
ノミネーションは、映画芸術科学アカデミー(AMPAS)の会員による投票で決まり、その年の映画界の「顔」ともいえる作品・スタッフ・俳優が出そろいます。2026年は、そこに日本映画『国宝』のスタッフが名前を連ねたことで、日本にとっても特別な年になりました。
日本映画『国宝』がつかんだアカデミー賞の舞台
映画『国宝』は、作家・吉田修一による同名小説を原作とし、日本の伝統芸能である歌舞伎の世界を描いた作品です。監督は『悪人』『怒り』などで知られる李相日監督で、2010年から長年にわたり構想を温めてきた企画が、圧倒的な映像美とともに結実しました。
主演には吉沢亮、共演に横浜流星ら人気と実力を兼ね備えた俳優陣が集結し、歌舞伎役者として舞台に立つ者たちの葛藤、芸に生きる覚悟、その背景にある人間ドラマを濃密に描いています。
公開後、『国宝』は国内で興行収入190億円を突破し、実写の日本映画として22年ぶりに興行記録を塗り替え、歴代1位となる社会現象的なヒットとなりました。国内の映画賞でも脚本賞など数々の賞を受賞し、2025年を代表する作品として高く評価されています。
メイクアップ&ヘアスタイリング賞ノミネートの意義
2026年1月22日(現地時間)、第98回アカデミー賞のノミネーションが発表され、『国宝』はメイクアップ&ヘアスタイリング賞に日本映画として初めてノミネートされました。この部門は、登場人物の外見を形作り、作品世界の説得力を支えるメイクやヘアスタイルの功績を称えるものです。
『国宝』の場合、評価の中心となったのは、歌舞伎ならではの白塗りの化粧や隈取、そして役柄や演目ごとに異なる elaborated なかつらの表現でした。クローズアップの映像でも破綻しない精緻さ、美しさは、ハリウッドのプロフェッショナルたちから見ても高い水準にあると認められた形です。
国際長編映画賞については、ショートリスト15本には選出されながらも、最終的なノミネーション5本には残ることができませんでした。しかし、日本映画がこの最終段階まで到達すること自体が数年に一度という難関であり、『国宝』はすでに歴史的な位置づけを得た作品と評価されています。
「アップでもきれいに」―ヘアメイク・歌舞伎化粧担当の会見
ノミネート発表後、日本では、『国宝』のヘアメイクチームと歌舞伎化粧担当による会見が開かれました。会見では、「アップの映像でも耐えられるように」というこだわりが語られました。
歌舞伎の化粧は、舞台上から観客席まで距離があることを前提にデザインされており、従来は「遠目に映える」ことが重要でした。ところが映画では、カメラが顔のすぐそばまで寄り、毛穴や筆の跡までも映し出します。そのため、『国宝』のチームは「アップでもきれいに見える歌舞伎化粧」をテーマに、塗りの厚さ、色の重ね方、光の反射まで綿密に計算したといいます。
また、汗や照明の熱、長時間の撮影に耐えるため、伝統的な化粧の技法をベースにしながら、現代の映画用メイクのノウハウを組み合わせる工夫も行われました。こうした細やかな取り組みが、アカデミー賞会員たちの目に留まったといえるでしょう。
床山・西松氏が語る「3〜5キロのかつら」に込めた覚悟
『国宝』を語るうえで欠かせないのが、歌舞伎のかつらを担当する床山(とこやま)の存在です。報道によれば、床山の西松氏は会見の中で、主演の吉沢亮、横浜流星が着用したかつらについて、「長時間、頭の上に乗せて耐えられるか」という点を何度も確認しながら制作したと述べています。
歌舞伎のかつらは、役柄によっては3〜5キロにもなるとされ、その重さを支えながら演技するには、首や肩への相当な負担がかかります。舞台上での動きだけでなく、映画ならではの長時間撮影や繰り返しのテイクにも耐える必要がありました。
西松氏は、俳優が演技に集中できるよう、重心の位置や締め付けの感覚を細かく調整し、「重さを感じさせないように、しかし画面では迫力と存在感が伝わるように」と工夫を重ねたとしています。このように、見た目の美しさだけでなく、「長時間、頭の上に乗せて耐えられるか」という実用性と安全性を両立させたことが、『国宝』のかつらの大きな特徴です。
歌舞伎の美をスクリーンへ――伝統と映画技術の融合
『国宝』で表現されたのは、単なる「和風」ではなく、数百年にわたって受け継がれてきた歌舞伎の美意識です。眉の描き方、目元の線、頬の陰影、口紅の差し方ひとつひとつに意味があり、役柄や物語の状況を象徴しています。
映画では、その繊細な表現をスクリーンで再現するために、照明、美術、衣装、カメラワークなど、あらゆるセクションが連携しました。たとえば、白塗りの顔が単なる「真っ白」な平坦な面になってしまわないよう、光の方向や色温度、コントラストを緻密に調整し、顔の立体感や表情の細かな変化が伝わるように撮影されています。
その結果、観客は、歌舞伎に馴染みのない海外の人々であっても、「美しい」と直感的に感じられる映像体験を得ることができました。アカデミー賞での評価は、「日本独自の伝統美が、世界共通の映画言語の中で機能し得る」ことを証明した、とも言えます。
国際長編映画賞には届かずとも――『国宝』が残した足跡
『国宝』は、アカデミー賞の国際長編映画賞においても、日本代表作品として出品され、まず選考資格を満たす86本に入りました。その後、12月中旬に発表されたショートリスト15本にも残り、「ノミネーション候補」として世界の注目を集めました。
最終的に、国際長編映画賞の本選ノミネート5本には残りませんでしたが、日本映画がこのステージまで進むのは平均で5〜6年に一度とされており、その意味で『国宝』は大きな成果を挙げた作品です。国内での興行的・批評的成功にとどまらず、「世界の観客とアカデミー会員に届いた作品」として、すでに歴史的な位置を占めています。
「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」と98回アカデミー賞の行方
こうした中で、アメリカでは「マーティ・シュプリーム 世界をつかめ」という新作映画が3月13日に公開され、第98回アカデミー賞の行方を占う作品のひとつとして注目されています。週刊エンタメでは、映画評論家・渡辺祥子氏らが同作を取り上げ、今年の受賞レースについて語り合う企画も行われました。
アメリカ発の話題作と、日本発の『国宝』。両者の動きが交差することで、「アカデミー賞2026」は、例年以上に多様な視点で語られる年になっています。作品賞や主要部門の行方に加え、メイクアップ&ヘアスタイリング賞のような技術部門にも、これまで以上に注目が集まっています。
アカデミー賞2026が映し出す「映画のこれから」
第98回アカデミー賞をめぐる今年の動きは、いくつかの傾向を示しています。
- 地域や文化の多様性:日本の歌舞伎を題材にした『国宝』のノミネートは、アカデミー賞がハリウッド作品だけでなく、多様な文化背景を持つ映画を積極的に評価していることの表れと言えます。
- 技術部門への注目:メイクやヘアスタイリング、衣装、美術など、これまで一部の映画ファンだけが注目していた技術部門が、作品の魅力を語るうえで不可欠な要素として広く認識されてきました。
- 伝統と革新の融合:『国宝』の例に見られるように、伝統芸能や古典的な表現を、最新の映像技術や撮影方法と組み合わせる試みが、国際的にも評価されつつあります。
アカデミー賞2026は、単なる「賞レース」という枠を超えて、「これからの映画がどのように世界とつながり、多様な物語や表現を届けていくのか」を映し出す鏡のような存在になりつつあります。
日本から世界へ――『国宝』がつかんだもの
李相日監督は、『国宝』のノミネートを受けて、「この映画は、当初の予想を遥かに超えて逞しく育った。その美しさは、アメリカをはじめ世界の人々までを魅了し、我々に大いなる驚きと喜びを与えてくれた」とコメントしています。その言葉には、長年にわたる企画の苦労と、日本の伝統文化を映画として世界に届けることへの誇りがにじみ出ています。
アカデミー賞の結果がどうであれ、『国宝』が示したのは、「日本発の物語や美意識が、そのままの形で世界に届く時代」に私たちが生きているという事実です。歌舞伎の白塗りや隈取、3〜5キロのかつらといった一見ローカルで特殊な要素が、映画という普遍的な表現の器を通して、世界の観客を魅了しました。
2026年のアカデミー賞は、『国宝』にとって、そして日本映画にとって、大きな節目の年となるでしょう。そしてその物語は、これから日本で生まれる新たな作品たちへと、静かに、しかし確かに引き継がれていくはずです。



