豊臣秀吉が初めて城主を任された「横山城」 石田三成ゆかりの遺構をたどる
現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』のゆかりの城として注目を集めている、滋賀県長浜市の「横山城」。秀吉が初めて城主を任された城として知られており、その歴史的な価値と現在の姿が改めて注目されています。
横山城とはどんな城?
横山城は、長浜市と米原市の境界にある横山丘陵(別名・臥竜山)の最高所(標高312メートル)を中心に、三方の尾根へとY字状に遺構が配置されている城跡です。湖北の要衝の地にあり、東は伊吹山や北国脇往還を眺め、西は琵琶湖を見下ろし、北は小谷城を一望できる戦略的に重要な位置にありました。
城の遺構は、丘陵最高地から三方の尾根上に展開しており、その主な施設には四十ヶ所以上の曲輪があります。堀切や土塁など、当時の城の防御システムもきれいに残されており、城好きからの評価も高く、訪問者の平均見学時間は1時間25分程度となっています。
豊臣秀吉とのゆかり
横山城の歴史的な価値は、豊臣秀吉が初めて城主を任された城であるという点にあります。この城はもともと浅井氏の小谷城に関連した城であり、秀吉が城主となった後も改修されながら、賤ヶ岳合戦(1583年)まで使用されていました。秀吉がこの城で過ごした時間は、彼の人生において重要な転機となったと考えられています。
石田三成とのつながり
横山城周辺は、戦国時代の有名な武将・石田三成ゆかりの地として知られています。特に注目されるのが、石田三成が水を汲んだと伝わる井戸が現存していることです。
城の麓の石田町は、石田三成の出生地として有名です。長浜市石田町には、三成の生誕地と言われる屋敷跡があり、現在では三成の像が建立されています。また、この付近の各所には「石田三成生誕地」と書かれた看板が立てられており、当地の歴史的な重要性が明示されています。
三成ゆかりのスポットとしては、以下のようなものがあります:
- 石田三成の屋敷跡
- 石田三成公像
- 産湯の井戸
- 三成供養塔
- 石田三成公一族及び家臣供養塔
これらの施設は、城を訪問する際に登城前に参観することが推奨されており、三成の人生と横山城の歴史をより深く理解するのに役立ちます。
現在の横山城跡
横山城跡は、現在も多くの城郭愛好者に訪問されています。攻城団というサイトによると、全国のお城好き359人による評価を受けており、平均評価は3.17と一定の高い支持を得ています。訪問者たちは、230枚以上の写真を投稿し、28件のクチコミを残しており、この城跡への関心の高さがうかがえます。
堀切や土塁といった中世の城郭遺構がきれいに保存されているため、戦国時代の城がどのような構造であったのかを学ぶ貴重な現地学習の場となっています。また、登城ルートも整備されており、比較的アクセスしやすい城跡として親しまれています。
歴史的な価値と現代への意義
横山城は、単なる城跡ではなく、日本の戦国時代を代表する二人の偉大な人物——豊臣秀吉と石田三成——とのつながりを持つ場所です。秀吉の出世の過程を示す重要なポイントであり、同時に三成の生まれ故郷でもあります。
現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』が横山城に改めて注目を集めているのは、このような歴史的背景があるからこそです。ドラマを通じて、多くの人々が秀吉と三成の人生に興味を持ち、その舞台となったこの城を訪問したいと考えるようになっています。
「この穴ボコは何なんだ?」という素朴な疑問からはじまる城跡探訪は、歴史好きだけでなく、一般の観光客にとっても、戦国時代への理解を深める貴重な機会となっています。石田三成が水を汲んだと伝わる井戸を実際に見ることで、数百年前の武将たちの生活がより身近に感じられるのです。
滋賀県の歴史資源として、また戦国時代の研究対象として、横山城跡は今後もますますその価値と注目度が高まっていくことが予想されます。



