上野動物園の双子パンダ、中国返還へ 日本からパンダ不在の可能性も 53年の歴史に区切りか
上野動物園で飼育されている双子のジャイアントパンダが、来年1月末にも中国へ返還される見通しとなり、日本国内から一時的にパンダがいなくなる可能性が高まっています。この知らせは、多くの人々に親しまれてきた「国民的アイドル」の旅立ちであると同時に、日本のパンダ飼育が始まってからおよそ53年にわたる歴史が、一度途切れるかもしれないという節目を意味します。
東京都は、中国との協定にもとづいてパンダの返還を進める一方で、今後もジャイアントパンダの受け入れを希望する姿勢を明らかにしており、日中の友好のシンボルとしてのパンダの存在を、なんとか次の世代へつなごうとしています。
上野動物園の双子パンダとは?
上野動物園で暮らしてきた双子パンダは、2021年6月に誕生したオスのシャオシャオとメスのレイレイです。上野で初めての双子パンダとして注目を集め、生まれた直後から連日ニュースで取り上げられました。
東京都と中国側との協定では、この2頭の返還期限は2026年2月20日と案内されており、少なくともそこまでは上野動物園での飼育継続が公式に示されていました。しかし、中国側との協議の結果、来年1月末をめどに返還が前倒しされる方向で調整が進んでいると報じられています。
双子は、母パンダのシンシンのもとで順調に成長し、独り立ちした後も、来園者を楽しませてきました。じゃれ合う姿や、同じポーズで笹を食べる姿などが話題となり、整理券制の観覧には長い列ができる日も少なくありませんでした。
日本からパンダがいなくなる? 国内の飼育状況
現在、日本国内で飼育されているジャイアントパンダは、上野動物園のシャオシャオとレイレイの2頭のみという状況になっています。かつては和歌山県白浜町の「アドベンチャーワールド」でも複数頭が飼育されていましたが、そちらの4頭は2025年6月に中国へ戻りました。
上野動物園では、双子の両親であるリーリーとシンシンも長く人気を集めてきましたが、2頭は高齢期にさしかかり、健康面の理由などから、2024年9月29日に中国へ返還されています。これにより、上野動物園に残るパンダは双子の2頭だけとなっていました。
その双子が来年1月末に返還されれば、日本国内でパンダが1頭もいなくなることになります。「日本からパンダがいなくなる」という表現が、中国メディアや国内メディアの双方で取り上げられ、SNSなどでも大きな話題となっています。
震災後の「癒やし」、アイドルのように愛された存在
日本とパンダの歩みを振り返ると、その存在はいつも、時代の空気や人々の心情と深く結びついてきました。上野動物園に初めてジャイアントパンダがやってきたのは、1972年の日中国交正常化の翌年。以来、パンダは単なる動物を超えた「友好の象徴」として、長く親しまれてきました。
とくに、震災後の不安や閉塞感が広がるなかで、パンダのもつ柔らかなイメージや、のんびりとした仕草は、多くの人にとって「癒やし」の存在になりました。パンダ舎の前には、開園前から長い行列ができ、「少しでも近くで見たい」と願う来園者が絶えませんでした。
パンダ関連のグッズや特集はたびたび話題となり、「推しパンダ」を語るファンも増えました。その人気は、まるでアイドルや人気タレントのようで、誕生日や節目の記念日には、祝福メッセージが園や自治体に数多く寄せられています。
こうした背景をふまえれば、「パンダが日本からいなくなるかもしれない」というニュースが、多くの人にとって寂しさや驚きを伴って受け止められているのも、自然なことだといえるでしょう。
53年続いた日本のパンダ飼育史 途切れる可能性
日本におけるジャイアントパンダの飼育は、およそ半世紀以上にわたる歴史を持っています。1970年代に上野動物園で始まったパンダ飼育は、その後、和歌山・白浜などにも広がり、日本各地で「パンダ人気」を生み出しました。
この53年の間に、日本はパンダの繁殖や飼育技術に関する多くの知見を蓄積し、子どもから大人まで幅広い世代に、野生動物保護や生物多様性について学ぶきっかけを提供してきました。上野動物園の取り組みは、単なる展示にとどまらず、研究や教育にも力を入れてきた点が特徴です。
しかし、現在残るパンダが双子の2頭のみとなっていることから、この返還によって、日本のパンダ飼育の歴史が一度途切れてしまうのではないかという懸念が強まっています。これは、日本の動物園にとってだけでなく、パンダを通じて野生動物保護を伝えてきた教育活動全体にとっても、大きな転機となる可能性があります。
なぜパンダは中国に返還されるのか
多くのパンダファンにとって、「どうして必ず中国に返還されるのか」という疑問は、これまでも何度も話題になってきました。ここには、日中両国の間で結ばれている協定が深く関わっています。
現在、日本の動物園で飼育されてきたジャイアントパンダの多くは、中国の研究機関などから「借り受ける」形で来日しています。上野動物園のシャオシャオとレイレイについても、東京都と中国野生動物保護協会との共同研究協定にもとづいて受け入れられており、「共同繁殖研究プロジェクト」の一環として位置づけられています。
この協定では、パンダはあくまで中国側の所有とされ、一定の期間が過ぎると中国に戻すことが前提となっています。そのため、返還期限が近づくと、双方の専門家の協議にもとづき、健康状態や今後の繁殖計画などを踏まえて、具体的な返還時期が決められます。
リーリーとシンシンの場合も、高血圧などの体調面を考慮し、「生まれ育った環境で治療を受けることが望ましい」との結論から、返還が決まりました。今回の双子の返還も、こうした協定と専門家の判断をふまえた動きといえます。
東京都は「引き続き受け入れ希望」 パンダとの未来を模索
一方で、東京都は、パンダとの縁をここで終わらせるつもりはありません。上野動物園を所管する東京都は、中国との協定にもとづきつつ、今後もジャイアントパンダの受け入れを希望する姿勢を繰り返し表明しています。
上野動物園にとってパンダは、多くの来園者を引きつける「顔」であると同時に、国際的な研究協力の象徴でもあります。東京都は、これまでの共同研究や保全への貢献を踏まえ、今後も中国側との対話を続ける方針です。
ただし、新たなパンダの受け入れがすぐに実現するかどうかは、現時点では不透明です。パンダは中国にとっても貴重な国宝であり、外交関係や研究計画、世界各地の動物園とのバランスなど、さまざまな条件が絡み合うためです。
そのため、双子が帰国した後、しばらくのあいだ日本にパンダがいない時期が生じる可能性は、依然として残っています。
ファンの思いと、上野動物園のこれから
長年パンダを見守ってきた来園者やファンの間では、「寂しい」「また帰ってきてほしい」という声とともに、「これまでありがとう」「無事に故郷に帰ってね」という温かいメッセージも多く聞かれます。
上野動物園では、これまでもパンダの誕生や旅立ちに合わせて、お別れイベントや写真展、メッセージ企画などを行ってきました。今回も、返還までのあいだに、双子との思い出を共有し、感謝を伝える場が設けられることが予想されます。
パンダたちが上野で過ごした時間は、子どもたちにとっては初めて出会った「特別な動物」として、大人たちにとっては、忙しい日常の中でほっと一息つける「癒やしの存在」として、多くの記憶の中に残るでしょう。
また、パンダがいない期間であっても、上野動物園には多様な動物たちが暮らしており、野生動物保護や環境問題について学べる場であることに変わりはありません。パンダをきっかけに動物園に通うようになった人たちが、そのまま他の動物にも関心を広げていくことは、自然保護の観点からも大きな意味を持ちます。
「最後」ではなく「一つの区切り」として
今回の双子パンダの返還は、日本のパンダ飼育の歴史において、大きな転機となる出来事です。一時的に国内からパンダがいなくなったとしても、これまで築いてきた53年の歩みが消えてしまうわけではありません。
上野動物園で育まれてきた飼育技術や研究成果、そして何より、パンダを愛し見守ってきた人々の記憶は、今後の国際協力や環境教育の土台となっていくはずです。
東京都が表明しているように、パンダの受け入れをめぐる対話は今後も続いていきます。シャオシャオとレイレイの旅立ちは、「終わり」ではなく、日本とパンダとの関係が次の段階へ進むための「一つの区切り」として受け止めることができるでしょう。
上野動物園のパンダ舎の前で、多くの人が笑顔でカメラを向けていた風景。その記憶は、きっとまたいつか、新たなパンダたちを迎える日の喜びへとつながっていくのかもしれません。




