ノーベル賞で日本人がダブル受賞 関西出身の2人が世界の注目を集める
2025年のノーベル賞で、日本人研究者が生理学・医学賞と化学賞を同時受賞するという大きな快挙がありました。両名とも関西出身で、いずれも京都大学卒業という共通点を持つことから、日本だけでなく世界からも大きな注目を集めています。この記事では、2人の功績や授賞式の様子、そしてノーベル賞と日本人の歩みについて、やさしく丁寧にご紹介します。
関西出身の2人が同時受賞という歴史的快挙
2025年のノーベル賞では、以下の2人の日本人研究者が受賞しました。
- ノーベル生理学・医学賞:坂口志文(さかぐち しもん)氏(大阪大学特任教授、京都大学卒)
- ノーベル化学賞:北川進(きたがわ すすむ)氏(京都大学特別教授、京都大学卒)
2人とも関西出身で、坂口氏は滋賀県、北川氏は京都府の出身と伝えられています。また、いずれも京都大学を卒業し、同じ年にノーベル賞を受賞したことで、「関西発」「京大発」のダブル受賞として大きな話題になりました。
日本人研究者が自然科学系(物理学・化学・生理学・医学)の3賞で同じ年に2人受賞するのは、2015年以来10年ぶりの出来事です。日本では2021年を最後に自然科学系3賞の受賞が途絶えていたため、今回の受賞は「日本の基礎研究の底力を改めて世界に示した」として、国内で大きな喜びと安堵の声が広がりました。
「バルト海に飛び込まないで」 駐スウェーデン日本大使のユーモアあふれる祝福
ノーベル賞の授賞式は、スウェーデンの首都ストックホルムで行われます。その現地で、日本の駐スウェーデン大使が、関西出身の2人の日本人受賞者に向けて「バルト海に飛び込まないで」とユーモアを交えたメッセージを送ったこともニュースになりました。
背景には、授賞式後には各国の関係者や研究者、記者たちが祝賀ムード一色となり、受賞の喜びからテンションが高まる雰囲気があることがあります。大使の言葉には、「興奮しすぎて危ないことはしないで、どうか無事に日本へ帰ってきてください」という、親しみを込めた激励の思いが込められていると受け止められています。
関西出身の2人ということもあり、大使のメッセージは、関西らしい冗談交じりの「ノリ」にも通じるものとして、日本のメディアやSNSでも温かい笑いとともに広まりました。「世界最高峰の賞をとっても、人柄は気さくでユーモアたっぷり」という、日本人らしい一面を象徴するエピソードにもなっています。
ノーベル生理学・医学賞:坂口志文氏「がんに強い免疫をつくりたい」
ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文氏は、免疫の働きをコントロールする「制御性T細胞(Treg)」の存在とその役割を明らかにしたことで知られています。この発見は、自己免疫疾患やがんなど、免疫が深く関わる病気の理解と治療に大きな影響を与えました。
免疫は、細菌やウイルス、がん細胞など「自分ではないもの」を攻撃して体を守る仕組みです。しかし、免疫が強く働きすぎると、自分自身の細胞まで攻撃してしまい、関節リウマチやI型糖尿病などの自己免疫疾患を引き起こします。一方、がんのように「敵」を見逃してしまうと、病気が進行してしまいます。
坂口氏が見つけた制御性T細胞は、暴走しがちな免疫の働きを「ブレーキ」のように抑える役目を果たしています。この細胞の働きを理解し、うまく調整できれば、
- 自己免疫疾患の症状を抑える
- 臓器移植などでの拒絶反応を減らす
- がんに対する免疫の力を高める
といった応用が期待されています。
坂口氏は授賞式を前にした会見などで、「がんに強い免疫をつくりたい」「転移を減らすことも目指したい」と語っています。これは、制御性T細胞の働きを精密にコントロールすることで、「がんに対してはしっかり免疫を働かせ、必要な場面では抑える」という、より賢い免疫のあり方を実現したいという願いの表れです。
がん治療の分野では近年、「免疫チェックポイント阻害薬」など、免疫を用いた治療法が大きく進歩しています。坂口氏の研究は、そうした流れをさらに押し進める理論的な支柱の一つであり、「今ある治療をより安全に、より効果的にする基盤研究」として高く評価されています。
ノーベル化学賞:北川進氏の研究が拓く、新しい材料の世界
一方、ノーベル化学賞を受賞した北川進氏は、「自己組織化」という現象を用いて、新しい多孔性材料などを生み出してきた研究で知られています。自己組織化とは、金属イオンや有機分子などが、自ら組み上がって規則正しい構造をつくる現象のことです。
北川氏は、こうした仕組みを応用し、ガスを効率よく吸着したり、特定の分子だけを通したりできる「多孔性材料」などの研究を進めてきました。これらの材料は、
- 二酸化炭素の回収・貯蔵
- 水素などのエネルギーキャリアの貯蔵
- 環境浄化や分離技術
といった、地球温暖化やエネルギー問題、環境汚染など、人類が直面する大きな課題の解決に役立つ可能性があります。
スウェーデン王立科学アカデミーは、北川氏の研究について、「人類が直面する大きな課題の解決につながる可能性がある」と評価しています。これは、単に新しい物質を作っただけでなく、「持続可能な社会」を目指すうえで必要となる技術の土台を築いたという意味合いを持っています。
北川氏は、ノーベル化学賞を受賞した故・福井謙一氏の流れをくむ研究室の出身であり、「福井学派」と呼ばれる伝統の一員でもあります。京都大学の自由な学風の中で育まれた「知的好奇心を大切にする姿勢」が、今回の受賞にもつながっていると本人も語っています。
ストックホルム市庁舎に投影された原爆ドーム 被団協の受賞から1年
今年のノーベル賞を語るうえで忘れてはならないのが、ストックホルムの市庁舎に投影された原爆ドームの映像です。ノーベル賞の授賞式が行われるこの市庁舎は、世界中の注目が集まる象徴的な場所です。
2024年には、日本の日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を受賞しました。原爆被害の実相を世界に伝え続け、核兵器廃絶を訴えてきた長年の活動が評価されたものです。
その受賞から1年を迎えた節目に、ストックホルム市庁舎には原爆ドームの映像が投影され、平和への願いとともに、日本の被爆者たちの歩みが静かにたたえられました。この演出は、日本人研究者2人のノーベル賞受賞と時期を同じくして行われたことで、「科学」と「平和」の両面で、日本が世界にメッセージを発する象徴的な光景となりました。
原爆ドームは、広島に投下された原子爆弾の惨禍を今に伝える建物であり、世界遺産にも登録されています。そのシルエットがストックホルム市庁舎の壁面に浮かび上がる様子は、「過去の悲劇を忘れず、未来の平和と安全な技術をどう築くか」という、深い問いを投げかけるものでもあります。
ノーベル賞と日本人:27人の自然科学系受賞者
ノーベル賞は、世界中の研究者にとって「最高の栄誉」とされる賞です。日本人が初めてノーベル賞を受賞したのは、1949年、物理学賞を受賞した湯川秀樹氏でした。以来、日本人研究者は物理学・化学・生理学・医学の分野で着実に成果を上げてきました。
化学賞では、1981年に「化学反応のフロンティア軌道理論」で福井謙一氏が受賞し、その後も多くの日本人研究者が続きました。今回の北川進氏の受賞は、その系譜に連なるものとして位置づけられています。
2025年の坂口氏(生理学・医学賞)と北川氏(化学賞)の受賞決定により、日本人の自然科学3賞の受賞者は、外国籍を取得した人も含めて合計27人となりました。これは、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスに次ぎ、世界で5番目に多い人数とされています。
また、京都大学は今回の2人を含めると、自然科学系のノーベル賞受賞者を10人輩出しており、日本の大学の中で最多となっています。自由な校風と基礎研究を重んじる環境が、世界で評価される成果につながっていると言えるでしょう。
若い世代へのメッセージ:「知的好奇心を大切に」
ノーベル賞受賞が発表されたあと、2人の研究者は国内外の記者会見に臨みました。その場で語られた言葉の中には、若い世代に向けた温かいメッセージも含まれていました。
北川氏は、研究者を目指す学生や高校生に対して、「知的好奇心を大切にし、面白いと思うことに挑戦してほしい」と語りました。これは、京都大学の伝統でもある「自由な発想」と「自分の興味に素直であること」を重んじる姿勢を象徴する言葉です。
また、坂口氏の研究人生を支えてきた家族、とくに共に留学し、論文にも名を連ねた夫人の存在も紹介されています。長年にわたる地道な研究の裏側には、支え合う家族や、議論を交わせる仲間の存在があったことがうかがえます。
2人のストーリーは、「華やかなノーベル賞」の裏に、何十年にも及ぶ試行錯誤や失敗、そしてそれを乗り越えていく粘り強さがあることを教えてくれます。「自分には関係ない世界」と感じがちなノーベル賞ですが、その原点にあるのは、「なぜだろう?」「もっと知りたい」という、誰もが子どもの頃に抱く素朴な疑問と好奇心なのかもしれません。
「日本人のノーベル賞」が示すもの
今回の日本人2人のダブル受賞は、日本の研究力や教育、そして基礎科学の大切さを改めて問い直すきっかけにもなっています。ノーベル賞級の成果は、一朝一夕に生まれるものではなく、長い時間をかけた基礎研究の積み重ねによって生まれます。
しかし、基礎研究はすぐには目に見える利益を生まないため、予算や人材の確保が難しくなることもあります。今回の受賞は、「目先の成果だけでなく、長期的な視点で知の蓄積を支えることの大切さ」を社会全体で考える機会にもなっています。
さらに、前年度のノーベル平和賞で日本被団協が受賞し、今年は原爆ドームの映像が市庁舎に投影されたこととあわせて考えると、「平和で安全な社会をどう築き、その中で科学をどう活かしていくか」という問いも浮かび上がってきます。がん治療や環境問題といった人類共通の課題に対し、日本発の研究が重要な役割を果たしていることは、多くの人にとって誇りであり、同時に責任でもあります。
関西出身の2人のノーベル賞受賞者をめぐるニュースは、単なる「おめでたい話」にとどまらず、「知ること」「考えること」「平和を守ること」の意味を改めて私たちに問いかけています。これをきっかけに、科学や歴史に少しでも興味を持ち、ニュースの背景にある物語に目を向けてみるのも良いかもしれません。



