福間香奈女流六冠、「妊娠とタイトル防衛の両立を」 将棋連盟に産休規定の見直しを要望

将棋界で前例の少ない大きな動きが起きています。女流六冠として活躍する女流棋士の福間香奈さんが、日本将棋連盟に対し、「妊娠・出産」に関するタイトル戦の規定を見直すよう要望書を提出しました。

背景には、福間さん自身が妊娠中の体調不良によりタイトル戦を不戦敗となり、その後に新しく作られた「産休」に関する規定が、妊娠とタイトル保持の両立を難しくしているという現状があります。

タイトルを6つ保持するトップ女流棋士が直面した現実

福間香奈女流六冠(33)は、女流棋界の中でも特に多くのタイトルを持つトップ棋士です。現在、8つある女流タイトルのうち6冠を保持しており、将棋ファンからの注目も高い存在です。

妊娠が分かったのは2024年4月ごろ。当時、将棋界には妊娠や出産に関する明確な規定がほとんどなく、福間さんは体調不良や胎盤の異常の可能性などの不安を抱えながら、タイトル戦の運営を担う日本将棋連盟に対局の延期を相談しました。

しかし、結果的に白玲戦女流王将戦といった大きなタイトル戦で、福間さんは体調不良により不戦敗となります。 ファンの前でタイトルを懸けて盤に向かうことができないまま、大切な対局を失うという苦しい経験でした。

その後に設けられた「産休規定」――しかし内容は…

こうした事態を受け、日本将棋連盟は2025年4月、初めて「妊娠・出産」に関する新たな規定を設けました。

その内容は、タイトル戦の日程が「出産予定日の6週間前から産後8週間まで」の期間と1日でも重なる場合、その女流棋士は日程変更の対象とはならず、対局者を変更するというものです。

つまり、この期間にタイトル戦がかかっていると、たとえ現役のタイトル保持者であっても、自分が指して防衛戦に出ることはできず、タイトルは失うことになります。

この規定を知ったときの心境について、福間さんは次のように語っています。
「(ルールを知った時)呆然としたというか。妊娠してしまうと、自分の持っているタイトルは諦めないといけない、というような状況なので、妊娠することを躊躇してしまう」と率直な思いを明かしました。

「対局か、妊娠か」 二者択一を迫られる現状

福間さんは、今の規定では女流棋士が「対局か、妊娠か」を選ばされていると指摘します。

実際、タイトルを複数保持する立場で、「もし再び子どもを望んだら、またタイトルを手放さなければならないのか」と考えると、子どもを持つこと自体をためらってしまうといいます。

また、福間さんは自身だけの問題ではなく、今後女流棋士を目指す子どもたちへの影響を強く懸念しています。

  • 妊娠・出産を考えたときにタイトルを諦めなければならない
  • 長いキャリアの中で、ライフプランと競技生活の両立が難しい

こうした状況が続けば、「将来、女流棋士になりたいと思う子が少なくなるのではないか」という危機感を抱き、「誰かが声をあげなければ変わらない」と感じたことが、今回の要望書提出の大きなきっかけとなりました。

「妊娠・出産を対局に参加できない正当な事由として」――見直しを求める中身

福間さんが連盟に提出した意見書・要望書のポイントは、「妊娠・出産と将棋の両立を認める制度」にしてほしい、というものです。

具体的には、

  • 妊娠・出産そのものを「社会通念上、対局に参加できない事由」として正式に認めること
  • そのうえで、不利益を極力抑える形での配慮を制度として明文化すること

といった方向性が示されています。

現在の規定では、「産前6週間・産後8週間」にタイトル戦の日程が重なる場合、「日程変更は行わず、対局者を変更する」とされています。
つまり、タイトルをもっていても、その期間にかかった対局については、別の棋士が代わりに出場し、自身はタイトルを防衛する機会そのものを失う形になってしまいます。

福間さんは、妊娠中や産後の体調に個人差があることも踏まえつつ、「本人の安全」と「競技としての公平性」の両立を図りながら、柔軟な対応や合理的配慮ができる制度設計を求めています。

将棋連盟の対応とコメント

日本将棋連盟は、今回の福間さんの要望書提出を受け、取材に対して次のような趣旨のコメントを出しています。

  • 当事者の安全性公平性がより保たれ、不利益が生じない制度が求められている
  • そうした中で、規定の明文化を目指し、検討を進めている

と説明しており、規定の在り方について今後も検討を重ねる姿勢を示しています。

ただし、現時点では、具体的にどのような改善案が検討されているのかいつごろまでに結論を出すのかといった詳細は明らかにされていません。

過去にもあった「妊娠による不戦敗」 それでも声が上がらなかった理由

福間さんは、「これまでも妊娠による体調不良で不戦敗になった女流棋士はたくさんいる」と話しています。

しかし、そうした個々のケースは大きく報じられることも少なく、当事者が表立って制度の見直しを求める場面もほとんどありませんでした。

  • 自分だけの問題として受け止め、声をあげにくい
  • 「迷惑をかけてはいけない」という思いから我慢してしまう
  • 将棋界全体としてのルールが整備されておらず、相談の仕方が分からない

といった背景があったと考えられます。

そのなかで、今回、現役の女流六冠という立場にある福間さんが、「自分が声をあげなければ変わらない」と覚悟を決めて会見に臨もうとしている点は、将棋界にとっても大きな意味を持ちます。

母となっても一線で戦う決意

福間さんは2024年12月に出産し、現在は母として子育てをしながら、女流棋士としての活動も続けています。

守るべき存在ができたので、もっと自分自身が成長していかなくてはならない」と語り、むしろ子どもの存在が将棋への新たなモチベーションになっているといいます。

また、今月には棋士編入試験に挑戦することも明らかにしており、女流棋士としてだけでなく、一般棋戦の舞台でもトッププロと戦うことを目指しています。
妊娠や出産を経てもなお、競技者としての向上心を失わない姿勢は、多くのファンからも支持されています。

将棋界に広がる議論の輪 他の競技や社会との共通課題

今回の問題は、将棋界だけの話ではありません。スポーツや芸術、学術の世界など、長くキャリアを積み重ねる必要がある分野では、「妊娠・出産と仕事(競技)の両立」は共通の大きなテーマです。

制度づくりにおいては、

  • 当事者の健康と安全の確保
  • 競技の公平性・信頼性
  • タイトル戦や大会運営のスケジュール
  • ほかの棋士や関係者への影響

など、多くの視点をバランスよく考える必要があります。

その一方で、

  • 「妊娠したらタイトルを手放すしかない」
  • 「子どもを望むか、競技を続けるかの選択を迫られる」

といった状況が続くと、若い世代が競技を目指しにくくなるという問題も指摘されています。

福間さんが訴えているのは、妊娠・出産を理由とした不利益をできる限り減らしつつ、公平性も保てる制度を一緒に考えてほしい、ということです。

「将来、女流棋士を目指す子どもたちのために」

福間さんは、今回の要望が必ずしも自分のためだけではないことを、何度も強調しています。

  • これから女流棋士を目指す女の子たちが、「結婚や出産を考えたときに将棋を諦めなければならない」と感じてほしくない
  • 妊娠や出産を理由に、夢をあきらめなくてよい環境を整えたい

といった思いが、行動の根底にあります。

そのうえで、「妊娠・出産と将棋を指すことが両立してできる制度がないと、女流棋士を目指す子もそこで考えることになる」と話し、今回の問題提起が、将棋界全体の未来に関わると訴えています。

今後の焦点――どのような制度見直しが行われるのか

今後の焦点は、日本将棋連盟がどのように規定の見直しを検討し、具体的な制度として形にしていくのかという点です。

現行の「産前6週・産後8週は日程変更なしで対局者変更」というルールは、一見するとわかりやすく明確です。
しかし、その明確さゆえに、「妊娠したらタイトル戦には出られない」「タイトルを失うリスクを必ず負う」という強いメッセージにもつながってしまいます。

今後、検討の中では、

  • 日程変更や対局方式の柔軟化(オンライン対局などを含むかどうか)
  • 代替制度の導入(休場・復帰に関する特例など)
  • 妊娠判明から出産・復帰までの期間の扱い

など、さまざまなアイデアが議論される可能性があります。

もちろん、どのような制度にもメリットとデメリットがあり、他の棋士やファンの理解を得ながら進めていく必要があります。
それでも、今回の福間さんの行動は、「妊娠とタイトル戦の両立は本当に不可能なのか」という問いを、社会全体に投げかけるきっかけにもなっています。

静かな盤上から生まれた、大きな社会的テーマ

将棋は、静かな対局室の中で行われる競技です。しかし、その盤上で戦う棋士たちは、私たちと同じように人生のさまざまな出来事と向き合いながら生きています。

福間香奈女流六冠が今回示したのは、「強さ」の新しい形かもしれません。
タイトル戦で勝つだけでなく、自分や後に続く人たちのために、制度そのものをより良くしようと声をあげる勇気です。

この問題提起をきっかけに、将棋界だけでなく、さまざまな分野で働く人たちが、「妊娠・出産と仕事(あるいは競技)の両立」について考える機会が広がっていくことが期待されます。

そしていつの日か、「妊娠したらタイトルを手放すしかない」ではなく、「妊娠しても、工夫と配慮があればタイトル戦に挑戦できる」という未来が、将棋界にとって当たり前の光景になるのかどうか。
これからの議論と改善の行方が、静かに、しかし確かに注目されています。

参考元