安藤サクラ主演『まっすぐな首』が映し出す「からだ」と「こころ」――空音央監督が見つめるいま

俳優・安藤サクラが主演を務める短編映画『まっすぐな首』(英題:A Very Straight Neck)が、国内外で大きな注目を集めています。 本作は、空音央(そら・ねお)監督がメガホンを取り、第78回ロカルノ国際映画祭で最優秀短編映画賞を受賞した話題作です。 さらに、日本では大阪アジアン映画祭での上映が決定し、映画ファンの期待が高まっています。

同時に、空音監督はオムニバス映画『ショート・パルス 5つの鼓動』にも参加しており、今もっとも注目されるクリエイターのひとりとして、映像表現の幅を広げています。 ここでは、安藤サクラが体現する『まっすぐな首』の世界、そして空音監督のまなざしを、やさしく紐解いていきます。

悪夢から目覚めた「からだ」が語りだす物語『まっすぐな首』

『まっすぐな首』は、およそ10分という短い時間の中で、ひとりの女性の身体と記憶が揺らぎ、世界そのもののバランスが崩れていく様子を描いた作品です。

物語の出発点は、ある朝の目覚めです。女性は悪夢から目覚めた直後、首に走る激しい痛みに襲われます。 しかし、彼女には休んでいる暇がありません。そばには、元気いっぱいの幼い娘がいて、日常の家事や育児は待ってはくれません。

首の痛みと向き合いながらも、女性は懸命に娘の世話を続けます。その中で、ふとしたきっかけから亡くなった昔の友人のことを思い出し、彼女の内側で「過去」と「現在」がゆっくりと混ざり合っていきます。 そして、次第に彼女の世界は、現実と記憶、痛みと日常の境目を失いながら、少しずつバランスを失っていくのです。

首の痛みという、とても具体的で身体的な感覚を通じて、心の記憶や喪失感、そして日々を生きることのしんどさが、静かに浮かび上がる物語です。

安藤サクラの「身体性」にフォーカスした企画から誕生

『まっすぐな首』が生まれたきっかけは、中国の動画プラットフォームNOWNESSからのオファーでした。 NOWNESSが「安藤サクラの身体性に焦点を当てた作品」を空音監督に依頼したことから、この短編企画が動き出します。

原作となったのは、イラストレーター・楢崎萌々恵によるショートストーリー(ショートコミック)『I Will Go Ahead』。 現代社会に生きる私たちが抱える不安や違和感、ニュース映像と日常生活とのギャップなどを繊細に捉えた作品であり、空音監督はこの原作について「現代の私たちが直面している状況をとても正確に捉えている」と語っています。

約10分の短編でありながら、日本と中国の共同製作として制作され、日本語で演じられつつ英語字幕が付く形で世界に発信されています。 主演の安藤サクラに加え、舞台監督としても知られる北方こだちが出演している点も、作品に独特の空気を与えています。

ロカルノ国際映画祭で最優秀短編映画賞を受賞

『まっすぐな首』は、スイスで開催される歴史ある映画祭、第78回ロカルノ国際映画祭の「パルディ・ディ・ドマーニ(Pardi di domani)」部門に正式出品されました。 この部門は、新進気鋭の監督による短編・中編作品を紹介する場として知られ、世界各国から多様な作品が集まります。

同年は25カ国から40作品が集まり、国内、国際、作家という3つのコンペティションに分かれて上映されました。 その中で『まっすぐな首』は作家部門における最優秀短編映画賞を獲得。 空音監督と安藤サクラのコラボレーションが、国際的にも高く評価されたことになります。

授賞式に寄せたビデオメッセージの中で、空音監督は原作への共感とともに、日々スマートフォンに流れ込んでくるガザやパレスチナの惨状について触れ、「何事もなかったかのように日常を過ごせと求められるこの時代」への違和感を言葉にしました。 そして、「ガザの状況は日々悪化しており、私たち一人ひとりがこの狂気とジェノサイドを止める役割を果たすべきだ」と、パレスチナ解放への思いも込めてスピーチを行っています。

こうしたメッセージからも、『まっすぐな首』は単に個人の心象風景を描くだけでなく、「世界で起きていること」と「自分の身体感覚」とのあいだにある緊張を見つめる作品であることが伝わってきます。

大阪アジアン映画祭で日本初上映へ

国際映画祭での受賞を経て、『まっすぐな首』は第21回大阪アジアン映画祭日本初上映を迎えます。 会場は大阪・大阪中之島美術館 1Fホール。同映画祭のインディ・フォーラム部門の一作として、短編プログラムCに組み込まれています。

  • 上映プログラム:短編プログラムC
  • 会場:大阪中之島美術館 1Fホール
  • 上映時間:約10分

予告編はYouTube上でも公開されており、道路に横たわる安藤サクラの姿が印象的な映像として紹介されています。 それは、首の痛みや身体の重さ、世界との接続のしづらさを、視覚的に強く示すショットでもあります。

「思考や感情、身体感覚に正直でいたい」空音央監督の視点

CINEMOREの監督インタビュー企画「Director’s Interview Vol. 541」では、『まっすぐな首』を手がけた空音央監督が、「思考や感情、身体感覚に正直でいたい」というテーマについて語っています。 (インタビュー本文はCINEMOREの公式記事に掲載)

インタビューでは、作品づくりにおいて、頭の中で組み立てた理屈だけでなく、「からだがどう感じているか」を大切にしている姿勢が示されています。 スマートフォンを通じて世界の残酷な現実が流れ込み続けるなかで、見てしまう自分、目をそらしてしまう自分、その両方の感覚を誤魔化さずに見つめようとする態度が作品にも反映されています。

『まっすぐな首』の主人公も、首の痛みというごく個人的で身体的な不調を抱えながら、幼い娘の世話というとても現実的なタスクをこなしていきます。 その様子は、日常生活の中で心身のバランスを取り続けようとする多くの人々の姿と重なって見えるでしょう。

安藤サクラが体現する「揺れる身体」と「揺れないまなざし」

安藤サクラは、これまで数々の映画で、繊細で生身の感情を持つ人物を演じてきました。『まっすぐな首』でも、その「身体性」が大きな鍵になっています。

首の痛みは、目に見えない感情や過去の記憶が「からだ」に現れたかのような症状として描かれます。安藤は、その痛みを単なる演技的な「仕草」としてではなく、重心のかかり方、歩き方、娘を抱き上げるときのわずかな動きのためらいなど、細やかな身体の変化を通して表現していきます。 (これらは予告編や作品紹介から読み取れる表現です)

一方で、母としての日常をこなそうとするまなざしには、揺るぎない強さも感じられます。痛みや記憶に翻弄されながらも、今日を生き抜こうとする姿は、特別なヒロインではなく、どこにでもいるひとりの人間としてのリアリティを宿しています。

安藤サクラという俳優だからこそ成立する、「揺れる身体」と「揺れないまなざし」の同居。それが10分という短い時間に凝縮されていることが、この作品の大きな魅力だといえるでしょう。

オムニバス映画『ショート・パルス 5つの鼓動』で広がる表現

『まっすぐな首』で注目を集める空音央監督は、2026年公開のオムニバス映画『ショート・パルス 5つの鼓動』でも監督・脚本として名を連ねています。 映画.comのプロフィールによると、同作は2026年公開作品として紹介されており、複数の短編がひとつの長編映画を形づくる企画として位置づけられています。

空音監督はこれまで、『HAPPYEND』(2024年公開)や、音楽ドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto | Opus』などにも携わってきました。 撮影、助監督などさまざまなポジションで経験を積みながら、フィクションとドキュメンタリーの両方のフィールドで独自の視点を培ってきたクリエイターです。

『ショート・パルス 5つの鼓動』は、そのタイトルが示すように、「鼓動」や「瞬間」に焦点を当てた短編群で構成されると紹介されています。 『まっすぐな首』で見せたような、時間の揺らぎや身体感覚へのまなざしが、どのような形でこのオムニバス作品に結実していくのか。空音監督の新たな表現を楽しみにしている観客も多いでしょう。

「ニュース」と「日常」のあいだで生きる私たちへ

『まっすぐな首』が描いているのは、一見するととても小さな物語です。悪夢から目覚めた女性が、首の痛みに耐えながら、幼い娘の世話をする。ただそれだけの一日の一部のようにも見えます。

しかし、その背後には、世界で起きている暴力や紛争、スマートフォンの画面を通して流れ込む膨大な情報があります。 それらを前にしながらも、私たちは朝起きて、仕事や家事、育児に向き合い、「何事もなかったかのように」日常を続けることを求められています。

からだは痛みを覚え、心は違和感や罪悪感、無力感を抱えながらも、それでも日常を続けなければならない。その矛盾や苦しさに、作品は静かに寄り添います。空音監督が語る「思考や感情、身体感覚に正直でいたい」という言葉は、そうした時代を生きるすべての人への、小さな提案のようにも聞こえます。

安藤サクラが体現する主人公の姿は、「ニュースの向こう側」で起きている出来事と、「自分の部屋の中」で起きているささやかな出来事が、実は一本の線でつながっているのだという感覚を、観客にそっと手渡してくれることでしょう。

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