ノーベル賞・坂口志文さん、人気漫画「はたらく細胞」をノーベル博物館へ寄贈 京大の北川進さんと“椅子サイン”も

大阪大学特別栄誉教授で、今年のノーベル生理学・医学賞受賞者の坂口志文(さかぐち しもん)さんが、スウェーデン・ストックホルムのノーベル博物館に人気漫画「はたらく細胞」などを寄贈しました。また、同じく今年のノーベル化学賞を受賞した京都大学特別教授の北川進(きたがわ すすむ)さんとともに、博物館のカフェで恒例となっている「椅子の裏へのサイン」も行い、温かい拍手に包まれました。

ノーベル博物館に「はたらく細胞」 科学を親しみやすく伝える象徴として

ストックホルム中心部にあるノーベル博物館では、歴代受賞者ゆかりの品々が展示され、受賞者が自ら持参した品を寄贈する慣習があります。今回、坂口志文さんが選んだのが、体の中で働く免疫細胞などをわかりやすく描いた人気漫画「はたらく細胞」でした。

「はたらく細胞」は、白血球や赤血球などを擬人化し、体内で起こる免疫反応や病気との戦いを楽しく学べる作品として、日本だけでなく海外でも高い人気を集めてきました。坂口さんは、免疫の仕組みをやさしく伝えるこの漫画が、自身の研究テーマと通じると考え、寄贈品として選んだとされています。

ノーベル博物館では、これまでにも科学をわかりやすく伝える書籍や教育用教材などが受賞者から寄贈されてきましたが、日本の漫画作品が注目を集める形で加わるのは、日本のポップカルチャーと最先端科学が交差する象徴的な出来事といえます。

受賞前の恒例イベント「椅子の裏にサイン」

ノーベル博物館名物の一つが、カフェに置かれた椅子の裏に受賞者がサインをするという、少しユニークな伝統です。カフェの椅子の裏側には、これまでの受賞者たちが残したサインが無数に並び、訪れた人がそっと椅子をのぞき込むと、思わぬ名前を見つけられることもあるといいます。

今回、坂口志文さんと北川進さんも、この伝統にならってそれぞれ自分が座った椅子の裏にサインをしました。日本からの受賞者が同じ年に2人そろってサインするのは、館にとっても特別な出来事で、周囲の観客からは笑顔と拍手が送られました。

小さな椅子の裏のスペースに、慎重にペンを走らせる2人の姿は、世界的な研究者でありながらも、どこか素朴で親しみやすい雰囲気を感じさせるひとときとなりました。

雨のストックホルムで迎えたノーベルウィーク

授賞式が行われるスウェーデンの首都ストックホルムは、この時期、雨が多く冷え込みも厳しい季節です。報道によると、坂口志文さんは雨の降るストックホルム市内に到着し、ホテルで温かい歓迎を受けました。

到着時の取材に対し、坂口さんは「ノーベル賞の行事を楽しみたい」と、穏やかな笑顔で語っています。長い研究生活を経てたどり着いたノーベル賞の舞台に、肩ひじを張らず自然体で臨もうとする姿が印象的です。

一方、ノーベル化学賞を受賞する京都大学の北川進さんは、坂口さんより一日早く現地入りしました。日本から2人の受賞者が同時期にストックホルムで日程を共にするのは、関係者にとっても感慨深い出来事となっています。

京大での思い出を語る対談「文系への関心、科学を深める」

坂口志文さんと北川進さんは、ノーベル賞受賞決定後、授賞式を前に京都大学で対談形式の共同会見に臨みました。2人はいずれも京都大学出身であり、学生時代の思い出や研究に打ち込んでいたころのエピソードを振り返りながら語り合いました。

この対談では、自然科学の研究に取り組みながらも、文学や歴史、哲学など「文系」への関心が、かえって科学に対する理解を深めるという話題にも触れられました。時事通信などの報道によれば、2人は「文系と理系を厳密に分けてしまうのではなく、幅広い知的好奇心が大切だ」といった趣旨の考えを共有し、若い世代へ向けて学問の垣根を越えた学びの重要性を語ったと伝えられています。

京都大学での会見では、

  • 学生時代の研究環境や、指導教員との出会い
  • 失敗や行き詰まりを乗り越えてきた経験
  • 世界トップレベル研究拠点(WPI)での研究体制
  • 次世代の研究者に伝えたいメッセージ

などについても話が及びました。会場は和やかな雰囲気ながら、研究者としての真剣な姿勢や深い洞察が感じられる時間となったとされています。

免疫研究の第一人者・坂口志文さんとは

今回ノーベル生理学・医学賞を受賞する坂口志文さんは、免疫学の分野で世界をリードしてきた研究者です。大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)などを拠点に、免疫の暴走を抑える仕組みや自己免疫疾患の理解に大きく貢献してきました。

とくに、免疫の働きを「アクセル」と「ブレーキ」に例えて、アレルギーや自己免疫疾患、がん免疫療法など、多くの病気の仕組みを解き明かすうえで重要な手がかりを提供してきた点が高く評価されています。これらの研究成果が土台となり、現代の医療や創薬に新たな道を開いたことが、今回のノーベル賞受賞につながりました。

その一方で、坂口さんは、自身の専門分野だけにとどまらず、教育や科学コミュニケーションにも関心を持ち続けてきた研究者としても知られています。一般の人にも免疫の仕組みを知ってもらいたいという思いから、講演や解説書、メディア出演なども積極的に行ってきました。今回の「はたらく細胞」寄贈も、そうした姿勢の延長線上にあるといえるでしょう。

多孔性材料の世界的研究者・北川進さん

一方、ノーベル化学賞を受賞する北川進さんは、気体や分子を取り込むことができる多孔性材料(多孔体)の研究で世界をリードしてきた化学者です。金属と有機分子を組み合わせた金属有機構造体(MOF)など、新しい素材の開発に取り組み、その成果はエネルギー貯蔵や環境浄化など、多くの分野で応用が期待されています。

京都大学高等研究院のiCeMS(アイセムス)を拠点として、物質の構造を原子・分子レベルで精密に設計し、新たな機能を生み出す研究に挑んできました。坂口さんと同じくWPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)の拠点に所属し、国際的な研究ネットワークの中で成果を上げてきたことも特徴です。

2人は分野こそ異なりますが、

  • 京都大学で学んだ経験
  • 世界トップレベル研究拠点での活動
  • 若い研究者へのメッセージ

といった点で多くの共通点を持ち、対談や共同会見でも互いの歩みを尊重しながら語り合ってきました。

「文系・理系」の垣根を越えるメッセージ

今回のニュースで印象的なのは、「文系への関心が科学を深める」という2人の言葉です。時事通信の報道では、坂口さんと北川さんが、

  • 自然科学だけでなく、文学や歴史、哲学にも興味を持ってきたこと
  • 幅広い読書や芸術体験が、研究の発想や柔軟な思考につながったこと
  • 若い世代にも「好きなことを広く学ぶ」姿勢を大切にしてほしいこと

などを語ったと伝えています。

日本では、進路選択の段階で「文系」「理系」ときれいに分けられてしまうことが多くありますが、2人の経験は、学問の世界は本来もっと自由で、互いに影響し合うものであることを教えてくれます。たとえば、免疫の仕組みを物語として伝える「はたらく細胞」は、まさに科学と物語世界が交じり合った作品だといえるでしょう。

日本発の科学とポップカルチャーが世界へ

ノーベル博物館に寄贈された「はたらく細胞」は、今後、展示や収蔵の形で、世界中から訪れる人々の目に触れることが期待されます。日本発のポップカルチャー(漫画)と、坂口志文さんが切り開いてきた最先端の免疫研究が、ノーベル賞という舞台で結びついた今回の出来事は、科学を「難しいもの」と感じがちな人々にとっても、親しみやすく興味を持つきっかけになりそうです。

また、京都大学での対談を通じて発信された、「文系・理系を問わず、広く学ぶことが科学を深める」というメッセージは、これから進路を考える学生や、再び学び直そうとする大人にとっても、大きな励ましとなるでしょう。

雨のストックホルムで始まったノーベルウィーク。椅子の裏に刻まれた2人のサインと、一冊の漫画本は、日本の研究者たちが歩んできた長い道のりと、これから続く新しい世代へのバトンを静かに物語っています。

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