ノーベル賞の現場で広がる「学び」と「挑戦」──日本ゆかりの3つのトピック

2025年のノーベル賞ウィークに合わせて、ストックホルムでは日本ゆかりの話題が次々と生まれています。人気マンガ「はたらく細胞」のノーベル博物館への寄贈ノーベル化学賞受賞者・北川進さんによる子どもたちへの講演、そしてノーベル生理学・医学賞選考委員による「日本の医療研究はまだ強い」との評価——いずれも、「学び」と「挑戦する心」の大切さを改めて考えさせてくれる出来事です。

ここでは、これら3つのニュースをやさしくひもときながら、日本の科学と教育、そして未来への期待について考えていきます。

マンガ「はたらく細胞」がノーベル博物館へ ─ 科学とポップカルチャーの架け橋

まず注目を集めているのが、マンガ「はたらく細胞」がノーベル博物館に寄贈されたというニュースです。「はたらく細胞」は、私たちの体の中で働く細胞たちを擬人化し、白血球や赤血球、血小板などが病原体と戦ったり、酸素を運んだりする様子をわかりやすく描いた作品として知られています。

この作品は、楽しみながら人体の仕組みや免疫の働きを学べる「エデュテインメント(教育+エンターテインメント)」の代表格として、国内外で高く評価されてきました。今回、ノーベル賞の歴史や受賞者の業績を紹介するノーベル博物館に寄贈されたことで、「科学をどう社会に伝えるか」という面でも、日本発のコンテンツが評価された形です。

作者の坂口さんはスウェーデン現地で会見に臨み、作品への思いを語りました。難解になりがちな医学や生理学を、一般の人にどう伝えるかという点で、「はたらく細胞」は一つの成功例と言えるでしょう。ノーベル博物館という舞台に並ぶことで、世界中から訪れる人々が、日本のマンガを通じて人体や免疫、病気の仕組みに興味を持つきっかけになることが期待されます。

また、この寄贈は「基礎医学・生理学」と「サイエンスコミュニケーション」をつなぐ象徴的な出来事でもあります。ノーベル生理学・医学賞の対象となる研究の多くは、細胞や分子レベルでの地道な解明です。しかしその成果が一般の人に伝わらなければ、社会的な理解や支援にはつながりにくくなってしまいます。
「はたらく細胞」が博物館に収蔵されたという事実は、科学研究の“伝え方”自体も重要だというメッセージでもあると言えるでしょう。

ノーベル化学賞・北川進さん、ストックホルムの日本人補習学校で講演

次に紹介するのは、今年のノーベル化学賞受賞者である京都大学特別教授・北川進さんによる、ストックホルムの日本人補習学校での講演です。北川さんは、ノーベル賞授賞式を前に、ストックホルムに暮らす日本人の子どもたちを前にして、自身の研究の歩みや科学の面白さについて語りました。

北川さんは講演で、科学者の魅力について「誰も持っていない物を自分で作れる。説明できるのは私だけしかいないこと」と話し、「パイオニアにならなあかん」と熱く呼びかけました。自分だけの発見、自分にしかできない説明——そこに科学の醍醐味があるというわけです。

さらに、子どもたちに向けて「興味持つことを突き進めることが一番大事」と語り、好奇心を軸にした学びの姿勢を強調しました。受験勉強やテストの点数に追われがちな子どもたちにとって、「自分が本当に面白いと思うことを徹底的に探求してもいいんだ」というメッセージは、大きな励ましになったはずです。

北川さんは、自身の研究生活を振り返りながら、研究拠点を移すことで新たな刺激を受けてきたことにも触れました。近畿大学など、大学を変えながら研究を続けてきたこと、そして「スウェーデンにいるというのは非常に良い」「次はどこに行くか。いろんなところに行って学ぶことが重要だ」と語り、環境を変えながら学び続けることの大切さを子どもたちに伝えました。

講演には、オンライン参加も含めて約100人が参加したと報じられています。小中学生という、これから進路を考え始める世代に対して、世界的研究者が直接メッセージを送る機会は決して多くありません。ノーベル賞受賞という華やかな出来事の裏側で、次世代の人材にバトンを渡そうとする静かな取り組みが行われていることは、非常に意義深いと言えるでしょう。

「日本の医療研究はまだ強い」──ノーベル生理学・医学賞選考委員の評価

三つ目のニュースは、ノーベル生理学・医学賞の選考委員が「日本の医療研究はまだ強い」と評価したというものです。近年、日本の科学技術力については、研究費や人材流出などの課題が指摘され、「かつてほどの勢いがないのではないか」と不安視する声も聞かれます。

そうした中で、ノーベル賞の選考に直接関わる立場の委員が、日本の医療・生理学研究について肯定的な見方を示したことは、国内の研究者にとっても大きな励みとなる発言です。基礎医学・生理学分野における日本の存在感や、質の高い研究が今もなお続いていることを、国際的な視点から裏付けた形だからです。

これまで日本からは、iPS細胞の山中伸弥さん、免疫チェックポイント阻害の本庶佑さんなど、世界で医療を一変させた成果が次々に生まれてきました。ノーベル賞級の研究には、10年、20年以上にわたる地道な積み重ねが不可欠です。その意味で、現在進行中の研究が真価を問われるのは、これからの10年先、20年先とも言えます。

選考委員の「まだ強い」という表現には、現在のレベルを認めつつも、今後も持続的に力を発揮してほしい、という期待も含まれていると考えられます。研究環境の整備や人材育成、国際共同研究の推進など、国内外の支えがあってこそ、その「強さ」は維持・発展していきます。

3つのニュースに共通するキーワードは「学び」と「伝える力」

ここまで見てきた3つのニュースには、共通するキーワードがいくつかあります。

  • 好奇心から始まる学び──北川進さんの「興味持つことを突き進めることが一番大事」という言葉は、学びの原点を端的に表しています。
  • 科学をやさしく伝える工夫──「はたらく細胞」がノーベル博物館に受け入れられた背景には、難しい内容を楽しく理解しやすくした工夫があります。
  • 世界から見た日本の研究力──ノーベル生理学・医学賞選考委員による「日本の医療研究はまだ強い」という評価は、日本の研究者たちの努力が国際的に認められている証です。

これらはすべて、「研究する人」と「学ぶ人」、そして「その橋渡しをする人」の存在があって初めて成り立つものです。ノーベル賞のような華やかな舞台の背後には、研究者たちの日々の試行錯誤はもちろん、教育現場で子どもたちに科学の面白さを伝える教師や、作品を通じて科学を広めるクリエイターたちの努力があります。

今回のニュースは、日本の科学や教育が、国際社会とどのようにつながっているのか、そしてこれからの世代が何を学び、何に挑戦していけるのかを考える、良いきっかけを提供してくれます。

次の世代に受け渡される「ノーベル賞の精神」

ノーベル賞は、単に「世界一すごい研究に贈られる賞」というだけではありません。その根底には、人類の平和と幸福に貢献する発見や発明を讃え、次の世代へと希望をつなぐという精神があります。

「はたらく細胞」の寄贈は、医学や生理学への興味を、多くの人に広げる入口となります。北川進さんの講演は、子どもたちが自分の興味を信じて進む勇気を与える時間となりました。そして、ノーベル生理学・医学賞選考委員の評価は、日本の研究者たちが世界の最前線でなお挑戦を続けていることを示しています。

これら3つの出来事は、別々のニュースでありながら、ひとつの物語としてつながっています。それは、「科学を学び、伝え、次の世代に渡していく」という連鎖です。

ノーベル賞受賞者や選考委員は、特別な人たちに見えるかもしれません。しかし、彼らもかつては、目の前の不思議に心を動かされた一人の子どもでした。今回のニュースに触れた私たち一人ひとりが、身近なところから「なぜだろう?」「もっと知りたい」という気持ちを大切にすること。それこそが、未来のノーベル賞級の発見を生み出す土壌になるのかもしれません。

ストックホルムで交わされた言葉、ノーベル博物館に収められた一冊のマンガ、そして日本の医療研究への信頼の声。そこには、国境や世代を超えてつながる「知のリレー」が確かに息づいています。

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