米AI企業パープレキシティへの抗議:日本の大手報道機関が著作権侵害で一斉に異議
2025年12月1日、日本の大手報道機関である共同通信社、産経新聞社、毎日新聞社が米国のAI企業パープレキシティに対して、記事の著作権を侵害しているとして抗議書を送付しました。これは生成AI時代における報道機関とAI企業の対立が深刻化していることを象徴する出来事です。
パープレキシティとは何か
パープレキシティは、米国カリフォルニア州に拠点を置くAI企業で、「Perplexity」および「Perplexity Pro」というサービスを提供しています。このサービスは、ユーザーからの質問に対して、インターネット上から関連する情報を無断で収集し、それらを生成AI(人工知能)に読み込ませることで、回答を生成・提供する仕組みになっています。つまり、AIがウェブ上の様々なコンテンツを学習データとして活用しているわけです。
利用者にとっては、検索エンジンのように質問を入力すれば、すぐに回答が得られる便利なサービスに見えるかもしれません。しかし、その背後には、新聞社や報道機関の記事が許諾なく大量に活用されているという現実があります。
報道機関が指摘する問題点
今回抗議書を送付した3社は、パープレキシティのサービスにおいて、自社の記事コンテンツが以下のような形で不正利用されていると主張しています。
無断での複製と保存:パープレキシティは許諾を得ずに、報道機関の記事を無断で複製・保存していると指摘されています。これは著作権法第21条に定められた「複製権」の侵害にあたります。
公衆送信権の侵害:保存された記事内容がAIの回答として利用者に提供される行為は、著作権法第23条の「公衆送信権」の侵害とも言えます。
信用毀損行為:さらに重大な問題として、パープレキシティが報道機関の記事内容と異なる事実を回答として出力している場合があり、これが報道機関の信用を損なう行為として不正競争防止法違反にあたる可能性も指摘されています。
3社は、これらの行為を「記事に対価を支払わず、『ただ乗り』を繰り返すもので、断じて容認できない」と強く批判しています。
ジャーナリズムの基盤を揺るがす問題
なぜ報道機関はこれほどまで強硬な態度をとるのでしょうか。それは、生成AI企業による無断利用が、ジャーナリズムの基盤そのものを破壊する可能性があるからです。
報道機関は、取材に多くの時間と費用を投じ、記者が現地に赴いて情報を収集し、編集・検証を経て初めて記事を世に出しています。その過程で多大な労力が費やされるのです。しかし、生成AI企業がそうした記事を無断で利用すれば、報道機関の投資が報われず、やがてコンテンツ制作のインセンティブが失われていきます。
3社が加盟する日本新聞協会も2025年6月4日付で「生成AIにおける報道コンテンツの保護に関する声明」を発表し、このような「フリーライド」が報道機関全体の機能を破壊する「極めて深刻な権利侵害」であると指摘しています。つまり、個別の企業の問題ではなく、日本のジャーナリズム全体の危機として捉えられているのです。
先例となる読売新聞の訴訟
実は、パープレキシティをめぐっては、さらに深刻な法的紛争も進行しています。2025年8月7日、読売新聞社がパープレキシティを著作権侵害で提訴しました。これは日本の大手報道機関による生成AI企業への初の提訴であり、極めて象徴的な事例です。
読売新聞社の主張によると、パープレキシティは2023年9月から2024年6月までの間に、読売新聞オンライン(YOL)から実に11万9467件もの記事情報を無断で取得し、自社のAI検索サービスで利用していたとされています。読売新聞は、記事1件あたり1万6500円の損害賠償を求めており、仮にこの計算が認められれば、巨額の損害賠償請求となります。
この訴訟では、robots.txtという技術的な指示を無視してデータを収集する行為や、ステルスクローリング(正体を隠してデータを収集する行為)、さらには過度なサーバー負荷をかける行為なども問題とされています。
生成AI時代の著作権をめぐる課題
今回の抗議と訴訟は、生成AI時代における著作権保護の重要な転換点を示しています。従来、AI学習であれば著作権侵害にあたらないという解釈もありましたが、裁判例の蓄積により、その考え方が変わりつつあります。
特に重要なのは、技術的な処理であることを理由とした自動的な適法化は認められないという原則です。つまり、「機械学習だから著作権侵害ではない」という主張は、もはや通用しなくなっているのです。
日本の著作権法においても、第30条の4では「著作権者の利益を不当に害する場合」は例外として機械学習が制限されます。また、生成段階での侵害責任も明確化されつつあり、既存著作物との実質的な類似性がある場合は侵害と判断されるケースが増えています。
パープレキシティへの要求事項
共同通信、産経新聞、毎日新聞が送付した抗議書では、パープレキシティに対して以下のことを求めています。
1. 無断利用の即時停止:すべての記事コンテンツの複製・公衆送信、その他あらゆる手段による無断利用を直ちに中止すること
2. 情報の完全削除:パープレキシティが保存・蓄積した報道機関の記事情報およびそれを利用した学習データなど、関連するすべての情報を削除すること
3. 期限内の文書回答:抗議書到着後14日以内に対応方針を文書で回答すること
もしパープレキシティが適切に対応しない場合には、法的措置が検討されることが明示されています。
今後の展望
今回の抗議と読売新聞の訴訟は、生成AI企業と報道機関の対立の序章にすぎない可能性があります。今後、以下のような点が焦点となっていくでしょう。
著作権法の解釈の明確化:第30条の4や第47条の5など、既存の法律の条文をどう解釈するのか、あるいは新たな規定が必要なのか、という点が争点になります。
国際的な判例動向:米国をはじめとする海外での判例動向も、日本の判断に大きな影響を与えるでしょう。
業界全体への波及効果:この問題が解決する方向性によって、ほかの生成AI企業の行動や日本のAI産業全体の発展方向が大きく左右される可能性があります。
ジャーナリズムと生成AI技術は、互いに対立する存在ではなく、本来は補完関係にあるべきです。しかし、報道機関の適切な対価なしに記事が利用されるようなことが続けば、信頼できる情報源としての新聞社の経営基盤が揺らぎ、結果として社会全体が受ける損失は計り知れません。
今後、パープレキシティがどのように対応するのか、また日本の裁判所がこのような問題をどう判断するのか、その動向が注視されています。生成AI時代における著作権保護のあり方は、日本の情報産業とジャーナリズムの未来を左右する重要な課題なのです。
