歌舞伎座が年の瀬に魅せる“超歌舞伎”10周年――初音ミクと歩んだ十年のキセキと、新たなXR体験
東京・東銀座の歌舞伎座が、この冬あらためて大きな注目を集めています。
きっかけとなっているのは、2025年12月4日~26日に上演される「十二月大歌舞伎」と、その第一部を飾る「超歌舞伎十周年記念 超歌舞伎 Powered by IOWN『世界花結詞(せかいのはなむすぶことのは)』」、そして館内施設・歌舞伎座ギャラリーで行われる「裸眼XRあいせき with 初音ミク」という、最先端技術を駆使した体験型企画です。
古典芸能の殿堂である歌舞伎座が、バーチャルシンガー初音ミクとタッグを組んだ“超歌舞伎”は、2025年でついに10周年を迎えました。 ニコニコ超会議で産声を上げたこの試みは、今や年末の歌舞伎座を彩る一大イベントとして、多くのファンに親しまれています。
十周年を迎えた「超歌舞伎」――歌舞伎座での集大成『世界花結詞』
2025年の「十二月大歌舞伎」第一部では、超歌舞伎の10年を総括する作品として、『世界花結詞』が上演されています。 会場はもちろん歌舞伎座で、12月4日(木)から26日(金)までの公演日程が組まれています。
『世界花結詞』は、平安時代の承平天慶の乱の後日譚として描かれる壮大な物語です。 平将門の息女・七綾姫と、藤原純友の血をひく鬼童丸が、物の怪たちと力を合わせ、仇敵である源頼光・頼信を討とうと企むところから物語が動き出します。 その前に立ちはだかるのが、源氏方の武将である袴垂保輔。古典歌舞伎らしい勧善懲悪と因果応報の世界観に、光や映像、デジタル演出が重なり合うのが、超歌舞伎ならではの魅力です。
本作の脚本は松岡亮、演出・振付は藤間勘十郎が務め、古典の骨格を守りながらも、現代の観客が没入できるスピード感と華やかさを備えた舞台となっています。 また、NTTの先端デジタル技術を取り入れた「Powered by IOWN」の公演として、光の表現や映像演出が大きく進化している点も見どころです。
中村獅童×初音ミク――二人三脚で歩んだ“超歌舞伎”の10年
“超歌舞伎”と聞いて、多くの人が思い浮かべるのが、俳優の中村獅童とバーチャルシンガー初音ミクの共演ではないでしょうか。
2016年にニコニコ超会議で初の超歌舞伎が上演されて以来、獅童は作品ごとにさまざまな役柄を演じ、同時に初音ミクとともに舞台表現の可能性を押し広げてきました。
2025年の『世界花結詞』でも、獅童は源朝臣頼光/袴垂保輔という重要な役どころを担います。 一方、初音ミクは初音姫実は白鷺の精霊として物語世界に登場し、歌声とデジタル映像を駆使した存在感で、舞台に幻想的な彩りを添えます。 このデジタルキャラクターと人間の俳優が同じ舞台に立ち、掛け合いや共演を行うスタイルこそ、超歌舞伎の象徴的な光景となっています。
こうした舞台表現は、歌舞伎に馴染みのなかった若い観客層にも届きやすく、劇場には初音ミクのファンと歌舞伎ファンが一緒に足を運ぶ姿も見られます。
「歌舞伎って難しそう」と感じていた人にとっても、初音ミクという入り口から物語や演技に親しめるのは、大きな魅力と言えるでしょう。
息子たちも共演へ――中村陽喜・夏幹兄弟の出演
2025年の十二月大歌舞伎では、“超歌舞伎10周年”にふさわしいもうひとつの話題があります。それが、中村獅童の息子である中村陽喜・中村夏幹兄弟の共演です。
歌舞伎座公式情報によると、『世界花結詞』の配役には陽喜、夏幹の名前が並び、源氏方の若武者や、物語世界に生きる少年として出演しています。 世代を超え、父と息子、さらにバーチャルキャラクターである初音ミクまでもが一堂に会する舞台は、歌舞伎の伝統と未来を象徴する、きわめて象徴的な構図です。
歌舞伎の世界は、家ごとの名跡や芸の継承が重んじられてきました。獅童がこれまで積み上げてきた挑戦的な作品に、次世代である陽喜・夏幹が同じ舞台で参加することは、「家の芸」を新しい形で未来に手渡していく姿として、多くの観客の胸を打つことでしょう。
「十二月大歌舞伎」の華やかなラインナップ
「十二月大歌舞伎」は、歌舞伎座にとって一年の締めくくりにあたる特別な公演です。2025年は松竹創業百三十周年という節目の年でもあり、そのラストを飾る12月公演には、とりわけ華やかな演目が並びました。
- 第一部:超歌舞伎十周年記念『世界花結詞』
- 第二部:『火の鳥』(火の鳥 ヤマヒコ ウミヒコ ほか)
第二部で上演される『火の鳥』は、手塚治虫の代表作を原作とする壮大な物語で、演出・補綴を坂東玉三郎が手がけています。 病に伏せる大王の命で、不死と再生の象徴である火の鳥を探す旅に出る二人の王子・ヤマヒコとウミヒコ。そこで出会う人々との関わりを通して、「永遠とは何か」というテーマが浮かび上がる作品です。
「十二月大歌舞伎」のチケットは、歌舞伎座および各種プレイガイドで特等席17,000円から3階B席4,500円まで、幅広い席種が用意されています。 歌舞伎座の歴史ある客席で、超歌舞伎から『火の鳥』まで一日を通して楽しめる構成は、年の瀬の観劇としても特別な体験となりそうです。
歌舞伎座ギャラリーで体験する「裸眼XRあいせき with 初音ミク」
劇場での観劇とあわせて注目されているのが、歌舞伎座タワー内の歌舞伎座ギャラリーで行われている「裸眼XRあいせき with 初音ミク」です。 歌舞伎座公式サイトでは、十二月大歌舞伎の開幕にあわせて、関連グッズや飲食メニューとともにギャラリー企画も紹介されており、劇場全体で「超歌舞伎10周年」を盛り上げる構成になっています。
「裸眼XR」とは、専用ゴーグルやヘッドセットを装着することなく、肉眼のまま立体的な映像表現を楽しめる技術の総称です。
「あいせき with 初音ミク」では、来場者がまるで初音ミクと同じ席に座っているかのような感覚で、映像と音楽を楽しめる体験が用意されています。歌舞伎座ギャラリーならではの展示演出と相まって、劇場での観劇とはひと味違う「近さ」を感じられるのが魅力です。
超歌舞伎の舞台上では、ミクは大きなスクリーンや立体映像の中で輝く存在ですが、ギャラリーでの「裸眼XR」体験では、よりプライベートで、距離の近いコミュニケーション感覚が味わえます。
公演の前後にギャラリーを訪れれば、ステージでのミク、展示空間でのミクと、異なる二つの表情を楽しむことができます。
劇場全体で楽しむ「十二月大歌舞伎」――グッズやお食事も充実
歌舞伎座公式サイトでは、十二月大歌舞伎の開幕にあわせて、関連グッズや限定メニューも次々と紹介されています。
- 超歌舞伎『世界花結詞』のオリジナル公演グッズ
- 第二部『火の鳥』のアクリルスタンドなどの記念グッズ
- 公演にちなんだ特別なお弁当「芝浜御膳」の提供
これらは、観劇の思い出を形として残すだけでなく、作品世界への理解を深める手がかりにもなります。
たとえば、芝居に登場する小道具や場面をモチーフにしたグッズは、ストーリーの印象的な瞬間を日常生活の中でも思い返すきっかけになりますし、公演名を冠したお弁当を味わうことで、劇場という空間そのものをより豊かに楽しむことができます。
また、歌舞伎座地下2階の木挽町広場では、12月の注目お土産として、公演関連商品や季節の和菓子などが取り上げられており、観劇しない人でも気軽に立ち寄って十二月大歌舞伎の雰囲気を味わえるようになっています。
歌舞伎の「これから」を映す鏡としての十二月大歌舞伎
2025年の十二月大歌舞伎は、松竹創業百三十周年という節目の年の掉尾を飾る公演であると同時に、歌舞伎という芸能がこれからどのように時代と向き合っていくのかを映し出す舞台でもあります。
超歌舞伎の10周年記念作『世界花結詞』では、古典の物語と最新のデジタル技術が一体となり、初音ミクという現代のポップカルチャーアイコンが物語世界に溶け込んでいます。 一方で第二部の『火の鳥』は、手塚治虫が描いた「永遠」や「生命の循環」という普遍的なテーマを、歌舞伎の演出美と所作で立ち上げる試みです。
さらに、歌舞伎座ギャラリーでの「裸眼XRあいせき with 初音ミク」は、劇場の外側、いわば「周辺体験」においても新しい試みを行うことで、観客との接点を増やし、観劇のハードルを下げていく役割を担っています。 舞台、展示、グッズ、食事――そのすべてを通じて、歌舞伎座という空間全体が「体験の場」としてデザインされていると言えるでしょう。
一つひとつの取り組みは、古典歌舞伎のあり方を変えてしまうものではありません。むしろ、伝統を守りながら、どのように現代の観客と出会い直すかという問いに対する、さまざまな答えを示しているように見えます。
中村獅童と初音ミクが紡いできた10年の歴史、そこに加わる陽喜・夏幹兄弟の姿、そして歌舞伎座ギャラリーでのXR体験――2025年の歌舞伎座は、まさに世代と技術と芸が交差する場となっています。
年の瀬に東銀座を訪れれば、舞台の上でも、ギャラリーでも、売店でも、歌舞伎の「いま」と「これから」に触れられるはずです。歌舞伎座が見せる新たな挑戦を、ぜひ自分の目で確かめてみてはいかがでしょうか。




