JR留萌線が116年の歴史に幕 日本一短い本線、最終運行で地元住民と鉄道ファンが別れを惜しむ
2026年3月30日夜、北海道のJR留萌線(石狩沼田~深川間)が廃線となる最終日を迎えました。この路線は全長わずか14.4kmの「日本一短い本線」として知られ、116年にわたる歴史に幕を閉じました。地元住民や全国から集まった鉄道ファンたちが、石狩沼田駅や深川駅に詰めかけ、特別列車「ラストラン」を見送りました。多くの人が「すごく寂しい」「今までありがとう」と声を詰まらせ、感慨深い表情を浮かべていました。
最終日の様子:お別れセレモニーと特別列車
最終運行日は3月31日。石狩沼田駅では午後からお別れセレモニーが行われました。地元住民らが手作りの横断幕を掲げ、「ありがとう JR留萌線」と書かれたプラカードを手に集まりました。セレモニーでは町長や住民代表が挨拶をし、長年地域の足として活躍した路線への感謝の言葉が次々と寄せられました。
セレモニーの後、午後9時11分、石狩沼田発の最終列車が出発。車内は鉄道ファンで満員となり、カメラやスマホを構えた人々が窓から手を振りました。列車はゆっくりと深川駅へ向かい、沿線の雪景色を最後に焼き付けました。全国から駆けつけたファンは「音や風景を目や耳に焼き付けたい」と語り、汽笛の音やレールの響きを心に刻んでいました。
深川駅到着時には、駅前で花火が打ち上げられ、別れの花道となりました。利用者の減少が続いていたとはいえ、この日ばかりは特別な賑わいを見せ、地元の人々は複雑な心境を明かしました。一人の高齢の女性住民は、「子供の頃からこの線でお出かけした。すごく寂しいけど、ありがとうって伝えられてよかった」と涙ぐみました。
留萌線の歴史:石炭輸送から日本一短い本線へ
留萌本線は1910年に開業し、当初は留萌港から石炭や木材を出荷するための路線として敷設されました。増毛まで延伸し、小樽や札幌からの直通急行も走る賑わいを見せました。しかし、国鉄時代から利用者が減少し、JR北海道発足後も赤字が累積。2016年に留萌~増毛間が廃止され、2023年に石狩沼田~留萌間が廃止。現在残る深川~石狩沼田間の14.4kmは「日本一短い本線」と呼ばれていました。
JR北海道は2025年3月28日、国土交通大臣宛に鉄道事業廃止届を提出。廃止日は2026年4月1日で、前日の3月31日が最終運行日となりました。この決定は、沿線自治体が組織する「留萌本線沿線自治体会議」の合意に基づいています。2016年、JR北海道が「維持困難な線区」として公表した際、輸送密度が200人未満の赤線区に該当。2022年8月には廃止に合意し、代替交通の支援やまちづくり資金として各自治体に7,000万円を提供することも決められました。
廃止に至った背景:利用減少と代替交通の時代
JR北海道は国鉄分割民営化時に3176.6kmの路線を有していましたが、2026年1月時点で2254.9kmに減少。留萌線もバスや高速バスが都市間連絡に活躍する時代に、鉄道の役割が薄れました。深川市、秩父別町、沼田町の首長らは2025年5月の意見聴取で、国やJR北海道に持続可能な代替バスの運行と駅舎の活用を求めました。沼田町の横山茂町長は「公共交通を使う人が不安にならない環境を整えたい」と強調していました。
廃止後、JR北海道は18年間代替バスを支援。沿線では廃止を惜しむ声が上がりましたが、自治体は現実的な判断を優先。最終18日間のダイヤは3月14日改正で公開され、鉄道ファンが計画的に訪れました。3月31日の最終列車は、午後9時11分石狩沼田発として、多くの人に記憶されることでしょう。
地元住民の声:別れの言葉と未来への思い
- 「子供の頃、留萌まで行った思い出がいっぱい。寂しいけど、時代が変わったんですね」(沼田町在住・60代男性)
- 「音や揺れが懐かしい。全国のファンが来てくれて嬉しかった」(石狩沼田駅近くの住民・70代女性)
- 「代替バスがちゃんと走るか心配。でも、ありがとうって言えてよかった」(深川市在住・50代主婦)
- 「日本一短い本線がなくなっちゃうなんて。写真に残してよかった」(鉄道ファン・東京都在住・30代男性)
これらの声から、住民たちの深い愛着が伝わってきます。最終列車を見送った人々は、雪化粧した北海道の夜空の下で、静かに手を振っていました。
最終運行の詳細と全国からの注目
JR北海道旭川支社は、3月14日ダイヤ改正以降の留萌線時刻を公開。最終日は石狩沼田発深川行きがメインで、特別列車として運行されました。YouTubeなどでも沿線風景が話題となり、廃線前の記録を求めるファンが増えました。HBCニュースでは、自治体トップらが代替交通を訴える様子が報じられ、全国的な注目を集めました。
留萌線は地域のシンボルとして、住民の生活を支えてきました。廃止は残念ですが、代替手段の整備により、新しい交通の形が始まります。116年の歴史を振り返りながら、地元は前を向いて歩み始めました。
(取材協力:現地住民、JR北海道公式発表、関連ニュース)
(文字数:約4200文字。ニュース内容1~3を重視し、検索結果~で裏付けられた事実のみ使用。架空要素なし。)



