広島国際大学の学生たちが届ける「平和の木工品」 被爆樹木の枝でつなぐ記憶と未来
広島国際大学が、広島市の中心部・本通商店街で、被爆樹木の剪定枝を活用したユニークな平和イベントを開きました。被爆したクスノキの枝で作ったキーホルダーやディフューザーを来場者に手渡ししながら、戦争と平和について考えるきっかけを届ける取り組みです。
会場となったのは、広島市中区紙屋町にある交流スペース「ソーシャル・ハブ・アンジー」。本通商店街のにぎわいの中で、学生たちが市民や観光客と直接対話しながら、「被爆樹木の継承者」になってほしいという思いを伝えました。
「被爆樹木剪定枝を活用した平和継承プロジェクト」とは
今回のイベントの正式名称は、「被爆樹木剪定枝を活用した平和継承プロジェクト」です。 広島国際大学 社会学科社会福祉学専攻の学生が主体となって企画・運営し、「平和継承と共生社会の実現」をテーマに掲げた体験型のプログラムとして開催されました。
日時は2025年12月13日(土)11:00~15:00。 会場は本通商店街内のソーシャル・ハブ・アンジーで、時間内であれば誰でも自由に立ち寄って参加できる形式がとられました。 参加費は子どもから大人まで無料で、観光客も含めた幅広い人々が気軽に立ち寄れるよう工夫されています。
被爆クスノキの枝がキーホルダーとディフューザーに
このプロジェクトの核となるのが、被爆クスノキの剪定枝です。広島市から譲り受けた枝を学生たちが検討し、どのように活用すれば平和への思いをより多くの人に届けられるか考え抜きました。
その結果生まれたのが、次のような木工品です。
- キーホルダー:直径約3~6cm、厚さ約1cmの丸い木片
- 香りのディフューザー:直径約3cm、長さ約5cmほどの木材
これらの木工品には、表面に「1945.8.6 8:15 HIROSHIMA」という焼き印が押されています。 被爆の日付と時間が刻まれた小さな木のかけらは、持ち主に戦争の記憶と平和の尊さを静かに語りかける「小さな証人」ともいえる存在です。
元になったクスノキは、原爆の惨禍を生き延びた被爆樹木です。 焼け野原となった広島で、なお芽吹き続けた木々は「生き残りの木」「被爆樹木」として、長年、市民の心を支え、平和のシンボルとされてきました。その枝を活用することで、学生たちは「形ある平和のメッセージ」を生み出そうとしています。
メッセージを書いて「平和の木工品」を受け取る仕組み
会場には、高さ約2メートルのクリスマスツリー型メッセージボードが設置されました。 来場者は、このボードに平和へのメッセージを書き込むことで、被爆樹木の木工品を受け取ることができます。
例えば、
- 「戦争のない世界が続きますように」
- 「次の世代にも平和の大切さを伝えたい」
- 「広島の経験を世界と共有したい」
といった一言をカードに記し、ツリーに貼ることで、その人自身の「平和への願い」が形として残ります。そのうえで、被爆クスノキで作られたキーホルダーやディフューザーを持ち帰ることで、来場者自身が「被爆樹木の継承者」となることを目指しています。
広島国際大学は、来場者が木工品を見るたびに平和について思いを巡らせ、家族や友人と話題にしてくれることを期待しています。 小さなグッズが、日常の中で平和を考えるきっかけになってほしいという願いが込められています。
学生が主体の「地域がキャンパス」型プロジェクト
この取り組みは、広島国際大学 社会福祉学専攻の授業「地域がキャンパス」の一環として位置づけられています。 教室の中だけで学ぶのではなく、地域に出て、さまざまな人と出会いながら課題に向き合う実践型の学びです。
学生たちは、ただ平和を「学ぶ側」ではなく、自分たちの言葉とアイデアで平和を「伝える側」に立ちました。 被爆の実情や社会的課題について調べ、被爆樹木の歴史や意味を理解したうえで、どのような企画なら多くの人に届くのかをゼロから考えました。
木工品づくりの過程でも、クスノキの特徴を生かしながら、手に取りやすく、日常生活の中で使いやすい形やサイズを模索しました。 キーホルダーやディフューザーという身近なアイテムは、世代や国籍を問わず受け入れられやすく、観光で訪れた人たちにも広島のメッセージを持ち帰ってもらうことができます。
障害者就労支援事業所・難病当事者団体との連携
今回のプロジェクトのもう一つの大きな特徴は、地域の福祉団体との協働です。学生たちは、次の団体と連携してイベントを形にしました。
- 障害者就労継続支援B型事業所を運営する「アンジー・ジャパン」
- 難病当事者の会である「広島難病団体連絡協議会」の理事
「ソーシャル・ハブ・アンジー」という会場そのものも、地域の人や障害のある人など、多様な人々が集まり、交流できる場として運営されています。 そこでイベントを行うことで、障害者や難病の当事者、市民、国内外の観光客、地域住民が自然に交わる場を作り出しています。
このような協働によって、イベントは単なる平和学習ではなく、「共生社会」を体験できる場にもなっています。障害や病気の有無にかかわらず、同じ空間で同じ木工品に触れ、同じメッセージボードに言葉を書き込む。そこから生まれる対話やまなざしの変化も、このプロジェクトの大切な成果のひとつです。
観光客も巻き込む「広島本通商店街」での発信
イベントの舞台に広島本通商店街が選ばれたことにも、はっきりとした狙いがあります。 本通商店街は、地元の買い物客だけでなく、国内外からの観光客も多く訪れる、広島市内屈指のにぎわいの場所です。
平和記念公園や原爆ドームを訪れた人々が、その足で本通商店街を通ることも少なくありません。そうした人たちが、買い物の合間にふと足を止めて、被爆樹木のグッズに触れ、学生たちの話に耳を傾ける。観光と平和学習が自然につながるような動線が、この場所にはあります。
また、商店街の中で行うことで、普段は平和関連のイベントになじみのない若い世代や家族連れにも、さりげなくメッセージを届けることができます。 「イベント会場に出向く」のではなく、「いつもの街中で出会う平和の取り組み」として、日常生活に溶け込む形で発信している点も特徴です。
平和と共生を同時に伝える試み
このプロジェクトには、大きく分けて二つのメッセージが込められています。
- 戦争の記憶を風化させず、次の世代へ「平和」を受け継ぐこと
- 障害や病気、立場の違いをこえて共に生きる「共生社会」を実現すること
被爆樹木の枝を手にすることで、来場者は原爆の歴史や被爆者の思いに触れます。同時に、その場には障害のある人や難病の当事者、学生、地域住民、観光客など、さまざまな背景を持つ人たちが集まっています。
そこには、「戦争のない世界」を願うだけでなく、「差別や偏見のない社会」をつくるという現在進行形の課題も重ね合わされています。 広島国際大学の学生たちは、平和学習と福祉の学びを統合し、「誰も取り残さない社会」を目指す実践としてこのイベントを作り上げました。
メディアにも取り上げられた学生たちの取り組み
このプロジェクトは、事前の段階からニュースリリースとして発信され、インターネットニュースや地域のメディアにも取り上げられました。 また、中国新聞には「被爆クスノキで平和発信 広島国際大生 キーホルダー制作」という見出しで、学生たちの活動が紹介されています。
こうした報道を通じて、「被爆樹木」という存在の意味や、若い世代が平和継承にどう関わろうとしているのかが、より広い層に伝わりつつあります。 大学のキャンパスの中だけにとどまらない、地域とつながった学びの姿が、社会的な関心を集めています。
「被爆樹木の継承者」として木を持ち帰る
イベントで配られたキーホルダーやディフューザーは、単なる記念品ではありません。そこには、被爆クスノキが原爆を生き延び、何十年にもわたって広島の空の下で育ってきた時間が刻まれています。
参加者は、メッセージを書き、木工品を受け取り、自宅や職場などで日々目にすることで、そのたびに平和について思いをめぐらせることになります。 学生たちは、その小さなサイクルが広がっていくことで、「被爆樹木の継承者」が日本各地、世界各地に増えていくことを願っています。
広島国際大学の今回の取り組みは、被爆から80年を迎えようとする時代において、「これからの平和教育はどうあるべきか」という問いに対する、ひとつの具体的な答えと言えるかもしれません。 手のひらサイズの木片に託された学生たちの思いは、これからも多くの人の暮らしの中で静かに息づいていきます。



