村上春樹ワールドが舞台に甦る――『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』開幕と、森田望智・藤原竜也が語る“創作の現場”
日本を代表する小説家・村上春樹さんの長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が、世界で初めて本格的に舞台化され、大きな注目を集めています。原作の独特な世界観を、フランスのクリエイターフィリップ・ドゥクフレが演出・振付を担当し、主演は俳優の藤原竜也さんが務めます。さらに、相手役として出演する女優・森田望智さんは、雑誌インタビューで「クリエイティブな現場で、刺激的な毎日を過ごしています」と語り、その創作現場の熱量が伝わってきます。
この舞台は、2026年1月10日から2月1日まで東京芸術劇場プレイハウスで上演されたのち、全国各地、さらには海外公演へと広がっていく大規模プロジェクトとして展開されています。村上春樹作品ならではの「現実」と「幻想」が入り混じる世界を、ライブパフォーマンスとしてどう立ち上げたのか――出演者のコメントや舞台の見どころとともに、わかりやすくご紹介します。
原作は“二つの世界”が同時に進む異色の長編小説
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、村上春樹さんが36歳のときに発表した長編小説で、国内外で高い人気を誇る作品です。物語はタイトルどおり、「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つの世界が並行して描かれる構成になっています。
「ハードボイルド・ワンダーランド」パートでは、“私”と呼ばれる計算士が主人公です。彼は「シャフリング」と呼ばれる暗号化の技術を駆使し、“組織”に雇われて情報処理を行っています。ある日、“私”は謎の博士の依頼を受け、博士の孫娘に案内されながら地下の秘密研究所を訪れることになります。そこから、世界の終わりと深く関わる危険な仕事に巻き込まれていくのです。
一方の「世界の終り」パートでは、“僕”と呼ばれる人物が、高い壁に囲まれた不思議な街へとやって来ます。この街では、入口で門番によって“影”を切り離され、その影と別々に生きることを余儀なくされます。やがて、“影”が死ぬとともに“僕”は心を失うと知らされ、街の謎と自分の存在意義を探る物語が展開していきます。
この二つの世界はまったく異なるルールで動きながらも、次第に深く結びついていきます。そして「世界が終わるまで残された時間」とともに、主人公たちはどこへ向かうのか――という哲学的な問いが、読者に静かに投げかけられます。発売から40年近く経った今でも、時代や言語の壁を越えて読み継がれている理由が、この多層的な構造にあると言えるでしょう。
フィリップ・ドゥクフレ演出×藤原竜也主演で世界初舞台化
今回の舞台版では、原作:村上春樹、演出・振付:フィリップ・ドゥクフレ、脚本:高橋亜子という布陣で、新たな「村上ワールド」が立ち上げられています。藤原竜也さんが“私”役として主演を務め、“世界の終り”パートの“僕”役には若手俳優がダブルキャストで参加するなど、実力派と新世代が共演するキャスティングも話題です。
演出を担当するフィリップ・ドゥクフレは、ダンスやサーカス、映像表現を組み合わせた独創的な舞台作りで知られるアーティストです。今回の舞台でも、「世界の終り」パートでは影絵を活用して背景世界を立ち上げ、「ハードボイルド・ワンダーランド」パートではモノクロ基調の映像を多用するなど、視覚的にも強い印象を残す工夫が凝らされています。
主催のホリプロによると、この作品は世界で初めての本格的な舞台化であるとされ、村上春樹作品の新たな表現形態としても注目されています。村上さんの小説がもつ「読む者の想像力をかき立てる力」を、いかに舞台上で可視化し、観客に体験させるか――そのチャレンジ自体が、このプロジェクトの大きな魅力となっています。
森田望智が語る「クリエイティブな現場」の手応え
“ハードボイルド・ワンダーランド”パートでは、地下研究所へと“私”を案内する博士の孫娘役を、女優の森田望智さんが務めています。森田さんは、雑誌「ananweb」のインタビューで、「クリエイティブな現場で、刺激的な毎日を過ごしています」と語り、この舞台の現場について次のような印象を語っています。
- 日々、新しい演出のアイデアや表現方法が試される、変化に富んだ稽古場
- 俳優一人ひとりが、役の捉え方や身体表現を細かく探り続けるプロセス
- 言葉だけではなく、動きや音楽、光などを総合して「村上ワールド」を体現する作業
森田さんが「刺激的」と表現するのは、単に忙しさやプレッシャーという意味にとどまりません。村上春樹作品の内面性の強い世界を、個々の俳優がどのように身体に落とし込むか。しかも、フィリップ・ドゥクフレによるダイナミックな演出の中で、物語の軸を見失わないように演じる必要があります。そうした密度の高い創作の場が、森田さんにとっても大きな挑戦であり、学びの連続になっていることがうかがえます。
藤原竜也、「本人が見に来ていると思うとオーディションみたい」
主人公“私”を演じる藤原竜也さんは、これまでも数多くの舞台・映像作品で強烈な存在感を放ってきた俳優です。今回の舞台では、村上春樹さん本人が客席から舞台を見守る日もあったと報じられており、その緊張感について藤原さんは「ご本人が見に来ていると思うと、オーディションを受けているみたいで緊張する」と語っています。
村上春樹さんは、これまでにも自作の舞台化や映画化の際、一定の距離を保ちつつも作品づくりを尊重するスタンスで知られています。その村上さんが会場で舞台を見つめる中で、原作の“私”という人物像をどう掴み取り、どう現代の観客に届けるのか。藤原さんにとっても、これまでのキャリアの中で特別な意味を持つチャレンジになっていると言えます。
一方で、「村上春樹原作の舞台」という大きな看板がありながらも、藤原さんはあくまで一人の俳優として、“私”という人物の孤独やユーモア、揺らぎを丁寧に掘り下げているようです。1980年代の東京を舞台にしながらも、現代の観客にも通じる“生きづらさ”や“世界との距離感”を、どのように演じているのかも見どころの一つです。
上演スケジュールと会場――全国から世界へ
舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、2026年1月10日から2月1日まで、東京芸術劇場プレイハウスで上演されたのち、各地の劇場へと巡回しています。
- 東京公演:2026年1月10日(土)〜2月1日(日)、東京芸術劇場プレイハウス
- 地方公演:兵庫・仙台・福岡など各地の劇場で上演(例:北九州J:COM芸術劇場、兵庫県立芸術文化センターなど)
さらに、この舞台は2026年4月以降、シンガポール、中国、イギリス、フランスなどを巡るワールドツアーも予定されており、村上春樹作品の世界的な人気を裏付けるプロジェクトとなっています。日本発の舞台作品が、原作小説とともに海外の観客にどう受け止められるのかも注目されています。
“村上ワールド”を舞台で味わうということ
村上春樹さんの小説は、言葉のリズムや登場人物の独白、細部の描写によって独特の空気感が生み出されるのが大きな特徴です。そのため、映像化や舞台化のたびに「どうやってこの世界観を再現するのか」という点が常に議論の的になってきました。
今回の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、物語の構造そのものが「二つの世界の同時進行」であることから、舞台表現としての相性も高い作品だと言えます。影絵や映像、音楽、身体表現を組み合わせることで、観客は文字通り「二つの世界の間」を行き来するような体験を味わうことになります。
また、“世界の終り”パートに漂う静かな孤独感と、“ハードボイルド・ワンダーランド”パートにある都市的でスリリングな空気の対比は、舞台上でも明確に表現されています。その違いを感じながら、「生きる意味」や「心のありか」を問いかける物語に身を委ねてみると、原作を知っている人にも、初めて触れる人にも、それぞれ違った発見があるはずです。
おわりに――創作の現場から観客へ
森田望智さんの「クリエイティブな現場で、刺激的な毎日を過ごしています」という言葉には、この舞台づくりに関わる人々の熱量が凝縮されています。日々の稽古で積み重ねられた試行錯誤が、本番のステージで一つの世界として立ち上がり、観客の心に届いていきます。
そして、村上春樹さん本人が客席から見守る中で、「オーディションを受けているようで緊張する」と語る藤原竜也さんの姿には、原作への敬意と、観客に対する誠実さが感じられます。世界中で愛されてきた物語を、いまこの瞬間の舞台として再構築する作業は、俳優やスタッフにとっても大きな挑戦であり、また大きな喜びでもあるのでしょう。
村上春樹さんのファンはもちろん、「小説は読んだことがないけれど、村上作品の世界に触れてみたい」という人にとっても、この舞台は絶好の入り口となるはずです。二つの世界が交差する不思議な物語を、ぜひ劇場という“いま・ここ”の空間で味わってみてはいかがでしょうか。



