ローマ字表記が71年ぶりの大改定 「ヘボン式」が基本に――千葉は「tiba」から「chiba」へ
日本語をローマ字で書くルールが、約70年ぶりに大きく変わることになりました。政府は、これまでの「ローマ字のつづり方」を見直し、「ヘボン式」を基本とする新しい内閣告示を出す方針を決定しました。これにより、地名の「千葉」が「tiba」から「chiba」になるなど、私たちの身近な表記にも影響が出てきます。
新しいルールは、2025年12月22日に告示され、同日から適用される予定です。戦後まもなく定められた現行のローマ字表記が、約70年ぶりに改定されることになり、社会や教育現場、観光案内、パスポート表記など、さまざまな場面での表記の見直しが進むと見られます。
そもそも「ヘボン式」とは?
ヘボン式ローマ字は、19世紀に来日したアメリカ人宣教師・医師のジェームス・カーティス・ヘボン(James Curtis Hepburn)が、日本語をローマ字で表すために整理した表記法です。彼の編んだ英和辞典などを通じて広まり、特に下記のような特徴を持つ表記として知られています。
- 「し」→ shi
- 「ち」→ chi
- 「つ」→ tsu
- 「しゃ」→ sha
- 「ちゃ」→ cha
これに対して、現行の内閣告示では、「訓令式」と呼ばれる方式を基本にしてきました。訓令式では、「し」→si、「ち」→ti、「つ」→tuといった表記が用いられています。戦後の学校教育では、主にこの訓令式が教科書等で使われてきましたが、パスポートや駅名標、観光案内など、日常生活の多くの場面では、むしろヘボン式の方が広く使われてきたという実態があります。
なぜ今、「ヘボン式」への改定なのか
文化審議会国語分科会は、ローマ字表記について長年にわたり議論を重ね、「ローマ字のつづり方」のあり方を見直す必要性を指摘してきました。特に次のような点が問題視されてきました。
- 社会の実態とのずれ:駅名表示や英語版地図、パスポート、人名表記など、実際にはヘボン式が広く使われている。
- 国際的な分かりやすさ:英語話者をはじめとする外国人には、ヘボン式の「shi」「chi」「tsu」などの方が読みやすい場合が多い。
- 表記の混在による混乱:訓令式とヘボン式が場面によって使い分けられており、学習者や訪日客にとって分かりにくい状況が生じていた。
こうした背景から、国語分科会は、「改定ローマ字のつづり方(答申)」として、新たな表記案を取りまとめ、政府に答申しました。政府はこれを受け、内閣告示を改定し、ヘボン式を基本とする形へ移行することを閣議決定しました。
「千葉」は「tiba」から「chiba」へ――地名の表記はどう変わる?
今回の改定で、特に注目されているのが地名の表記です。現行の内閣告示では、訓令式を基本としているため、「千葉県」のローマ字表記は「tiba」とされてきました。しかし、実際の看板や観光案内、鉄道駅名などでは、ほとんどの場合「Chiba」と表記されています。
ヘボン式では「ち」を「chi」と書くため、新しい告示でも「chiba」が標準的な表記として位置付けられます。これは、社会で既に定着している書き方を、国として正式に認める形とも言えます。
同様に、ほかの地名や駅名でも、以下のような変化(もしくは確認)が行われると考えられます。
- 「し」を含む地名:例)「しずおか」→ siではなくshiを用いる方向
- 「つ」を含む地名:例)「つくば」→ tuではなくtsuを用いる方向
- 「しゃ・しゅ・しょ」など:例)「しゃこたん」→ syaではなくshaを用いる方向
これらは、既に観光パンフレットや英語表記の交通案内などで使われている形に近く、実態に表記を合わせるという意味合いが大きいといえます。
改定ローマ字のつづり方のポイント
文化審議会の答申「改定ローマ字のつづり方」では、ヘボン式を基本とする新たな表を提示し、従来よりも分かりやすく整理しています。その主なポイントを、やさしく整理してみましょう。
1. 基本はヘボン式だが、日本語の音を大切に
新しい表記では、ヘボン式を基本としつつ、日本語の音の特徴を丁寧に示すことが重視されています。たとえば、促音(「っ」)は、これまで通り子音字を重ねて表すことが明確にされています。
- 「てっぱん」→ teppan
- 「にっちょく」→ nicchoku
- 「やっきょく」→ yakkyoku
こうした表記は、現行の内閣告示とも共通しており、学習者にもなじみやすい形がそのまま活かされています。
2. 長音(「おう」「えい」など)の表記
長音の表し方は、これまで長い間、分かりにくく、ばらつきも大きかった部分です。答申では、長音符号(マクロン)「¯」を用いる方法を基本とする考え方が示されました。
- 「じゅうごや」→ jūgoya
- 「ねえさん」→ nēsan
- 「ほおずき」→ hōzuki
- 「とうほく」→ Tōhoku
ただし、実際には長音符号を入力するのが難しい場面も多く、母音字を重ねる方法(例:juugoya, neesan, hoozuki, Touhoku)も、補助的な方法として認められています。これにより、デジタル機器やフォント環境などに応じて、ある程度柔軟に表記できるよう配慮されています。
3. 「ん」の表記と「m」の扱い
撥音「ん」の表記についても、ヘボン式では、b・m・pの前では「m」を用いる慣習が一部で見られます。例えば「しんぶん」を「shimbun」と書くかどうか、といった問題です。
答申では、ヘボン式で見られるこうした用法も検討対象としつつ、日本語の音韻構造と実際の表記習慣の両方を踏まえた整理が試みられています。公共表示などでは、分かりやすさや統一性を優先し、どのような表記を採るか、今後さらに具体的な運用が示されていくと見られます。
4. 「oh」のような長音表記は採用せず
人名や地名などでは、長音を「oh」のように表す慣習も一部で見られますが、新しい「改定ローマ字のつづり方」では、この方法は採用されません。理由としては、次のような点が挙げられています。
- 「oh」が「おひ」と読まれてしまう可能性があるなど、日本語の音との対応が分かりにくい。
- 長音を示すための表記が複雑化し、学習者にとって負担が大きくなる。
そのため、長音はあくまでマクロン付きの母音(ā, ī, ū, ē, ō)、または母音字を並べる方法で示すことが整理されています。
5. カタカナとの対応を明確に
これまでの内閣告示では、基本的にローマ字のつづりだけが示されていました。改定案では、それぞれのつづりに対応するカタカナを表に付すこととし、日本語の音とローマ字の対応が視覚的にも分かりやすく示されます。
これにより、日本語学習者や外国人にとっても、「どのローマ字が、どの音に対応するのか」が学びやすくなることが期待されています。
22日から何が変わる? 私たちの生活への影響
政府は、2025年12月22日に新たな内閣告示を出し、それ以降、ローマ字表記の公式な基準をヘボン式に改めることとしています。ただし、この日を境にすべての表記が一斉に変わるわけではありません。
- 新しく作成される公的文書や案内表示では、徐々に新しい基準に沿った表記への切り替えが進むと見られます。
- 既存の看板や標識は、更新のタイミングで順次変更される可能性があります。
- 学校教育では、教科書の改訂サイクル等に合わせて、学習内容の見直しが図られることが予想されます。
一方で、すでに社会の多くの場面ではヘボン式が使われているため、日常の感覚としては「急に何かが大きく変わる」というよりも、これまでの表記がようやく公式にも追認される、というイメージに近いかもしれません。
教育・観光・IT分野への影響
今回の改定は、単なる表記ルールの変更にとどまらず、さまざまな分野に波及すると考えられます。
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教育現場:
小学校で教えるローマ字学習の内容や、国語教育全体の中でのローマ字の位置づけに影響します。訓令式とヘボン式が併存していた状況から、ヘボン式を基本とする方向が明確になれば、児童・生徒にとっての混乱も減る可能性があります。 -
観光・インバウンド:
すでに駅名や観光案内ではヘボン式風の表記が主流ですが、国として基準を明示することで、自治体や民間事業者が表記を統一しやすくなります。訪日外国人にとっても、案内表示の一貫性が増すことで、移動や情報収集がしやすくなると期待されます。 -
IT・デジタル分野:
検索エンジンや地図アプリ、ナビゲーションシステムなど、ローマ字表記を扱うシステムでは、新旧表記への対応が課題となります。長音符号(マクロン)の扱いについても、文字コードや入力方法など、技術的な工夫が求められる場面が出てくるでしょう。
「日本語をローマ字でどう書くか」を考え直すきっかけに
今回の改定は、単に「ヘボン式に変わる」というニュースにとどまらず、日本語とローマ字との関係を、社会全体で改めて考えるきっかけともなりそうです。
ローマ字は、日本語の発音をそのまま正確に表すには限界もありますが、外国人に日本語を紹介する入口として、また、日本人がアルファベットを使う際の橋渡しとして、これからも重要な役割を果たしていきます。今回整理された「改定ローマ字のつづり方」は、そのための共通ルールとして、今後長く使われていくことになるでしょう。
「Chiba」「Tokyo」「Osaka」など、私たちが普段何気なく目にしているローマ字表記。その背景にあるルールが、71年ぶりに大きく見直されることは、日本語と世界とのつながり方を見直す一つの節目とも言えます。



