サンタのふるさとにNATO兵士――フィンランドとロシア国境で深まる緊張と、市民の「守る意志」

ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、北欧フィンランドは長く続けてきた軍事的中立政策を大きく転換し、2023年4月4日にNATO(北大西洋条約機構)に正式加盟しました。 これにより、NATOの防衛ラインはフィンランドとロシアの約1,300キロに及ぶ国境地帯にまで一気に拡大し、北欧とバルト海地域の安全保障環境は大きく変化しています。

こうした地政学的な変化は、サンタクロースの「故郷」として知られる観光地や、ロシアと国境を接する地域の人々の日常にも影を落としています。一方で、フィンランド国内では自国を守る覚悟を示す世論調査の結果も出ており、市民の安全保障意識はかつてないほど高まっています。

サンタクロースの町にNATO兵士 観光地に迫る「戦争の影」

フィンランド北部ラップランド地方には、「サンタクロースの故郷」として世界的に知られる町があります。クリスマスシーズンには世界中から観光客が訪れ、雪景色の中でサンタと記念撮影をしたり、トナカイぞりを楽しんだりと、穏やかで夢のあるイメージが広がる場所です。

しかし、ロシアのウクライナ侵攻とフィンランドのNATO加盟以降、この「サンタの町」は新たな役割も担うようになりました。北極圏に近いラップランドは、ロシアとの国境や北極ルートに近い戦略的な要衝でもあり、NATO加盟国としての訓練や兵士の受け入れ場所として注目されているのです。

これまで観光客と地元住民でにぎわっていた空港や施設の一部では、NATO加盟国の兵士たちが訓練や共同演習のために集まる光景も見られるようになりました。サンタクロースのイメージと軍事的な風景が同居するこの町は、いまや「平和」と「抑止力」が交差する象徴的な場所となりつつあります。

地元の人々の声は複雑です。観光業に携わる人々の中には、「軍事的な緊張が高まれば、観光客が減るのではないか」という不安を口にする人もいます。一方で、「NATOの存在があるからこそ、ロシアとの国境地帯でも安心して暮らせる」と、防衛力の強化を歓迎する声も少なくありません。

長年の中立から一転 フィンランドのNATO加盟の背景

フィンランドは第二次世界大戦後、ソ連(後のロシア)と微妙なバランスを保ちながら、約80年にわたって「軍事的中立」や「非同盟」の路線を維持してきました。 この姿勢は国際関係の中で「フィンランド化」と呼ばれ、東西両陣営の間で独自の生存戦略を模索する政策として知られてきました。

冷戦終結後、フィンランドは1995年にEU(欧州連合)に加盟し、西側との経済・政治面での結びつきを強めましたが、軍事同盟であるNATOへの加盟はあえて見送ってきました。 代わりに1994年にはNATOの「平和のためのパートナーシップ(PfP)」に参加し、一定の協力関係を保ちながらも、正式加盟は避けてきたのです。

転機となったのが2022年のロシアによるウクライナ侵攻でした。 それまでNATO加盟に慎重だったフィンランド世論は一気に変化し、多くの国民が「ロシアからの脅威」を現実的なものとして受け止めるようになりました。 フィンランド政府は2022年5月、スウェーデンと共にNATO加盟を正式に申請し、加盟国による承認プロセスを経て、2023年4月4日に31番目の加盟国となりました。

フィンランド政府は、NATO加盟がバルト海と北欧地域全体の安定と安全を強化するものであり、自国の防衛能力や危機対応力の向上がNATO全体の抑止力にも貢献すると評価しています。 同時に、政府はNATOが目標とする国防費GDP比2%の達成にコミットし、必要な追加支出を見込んで防衛力増強を進めています。

ロシア側の国境地帯・カレリアで深まる「心の分断」

フィンランドがNATO加盟を決断したことで、大きな影響を受けているのがロシア側のカレリア地方です。カレリアは歴史的にフィンランドとのつながりが深く、第二次世界大戦以前はフィンランド領だった地域も含まれます。戦後の国境線の変更によりロシア領となった経緯があり、いまも文化的・民族的なつながりを感じる人は少なくありません。

しかし、フィンランドがロシアと対立する側に位置づけられるNATOに加盟したことで、カレリアに住む人々の間には複雑な思いと分断が生まれています。フィンランドとの交流に親しみを感じてきた人々にとって、かつての「親しい隣人」が軍事同盟の一部となり、ロシアと対峙する構図に組み込まれたことは、大きな心理的変化を伴うものです。

一方で、ロシア国内では、国営メディアなどを通じて「NATOの東方拡大」を批判的に捉える論調が強く、フィンランドの加盟も「ロシアを包囲する動き」として解説されることが多くなっています。そのため、カレリア地域では、フィンランドに対する親近感と、国家としての対NATO警戒感が入り混じる、複雑な雰囲気が漂っています。

国境を挟んだ交流も、政治状況の変化とともに影響を受けています。これまでビザ取得や小規模な貿易、観光などを通じて人の往来があった地域では、国境管理の厳格化や相互の不信感の高まりにより、接点が減っているとの指摘もあります。こうした動きは、単に安全保障上の対立にとどまらず、人々の生活や文化的な絆にも影を落としています。

フィンランド国民の「守る意志」は依然として高水準

このような国際情勢の緊張が続く中でも、フィンランド国内では自国を守る意志が非常に高い水準を維持していることが、各種の世論調査で示されています。 フィンランドではもともと、徴兵制や予備役制度が整備されており、多くの国民が軍事訓練や防衛の仕組みに直接関わる機会を持っています。

安全保障政策に関する調査では、「必要な場合には自国を守るために行動する覚悟がある」と答える人の割合が高く、NATO加盟後もその傾向は続いていると報告されています。 ロシアとの長い国境を抱え、歴史的に厳しい安全保障環境に置かれてきたフィンランドにとって、「自分たちの国は自分たちで守る」という意識は、単なるスローガンではなく、生活に根ざした感覚だと言えるでしょう。

同時に、NATO加盟により、フィンランドは「他国を守る義務」も負うことになりました。 これは、集団防衛の原則(いわゆるNATO条約第5条)に基づくもので、他の加盟国が攻撃された場合には、自国もその防衛に協力する責任を持つことを意味します。フィンランド国民の間では、この新たな責任を踏まえ、「自国の安全」と「同盟国との連帯」をどう両立させるかが、今後の大きなテーマとなっています。

「抑止」と「日常」のはざまで生きる北欧の人々

サンタクロースの故郷にNATO兵士が滞在し、国境を挟んだカレリアで心の分断が深まる――。これらはすべて、ロシアのウクライナ侵攻という「現代の戦争」がもたらした波紋の一部に過ぎません。

フィンランドにとってNATO加盟は、一方では安全保障の強化と抑止力の向上を意味します。 同時に、ロシアとの関係悪化や国境地帯の緊張、サイバー攻撃や偽情報といった「ハイブリッド攻撃」のリスク増大など、新たな課題も指摘されています。 つまり、「安全を高めるための選択」が、別のかたちのリスクを生み出すというジレンマも存在しているのです。

それでも、フィンランドの人々は、日々の暮らしを続けながら、国としての針路を模索しています。サンタクロースの町では観光客を迎え、学校では子どもたちが雪遊びをし、都市部ではIT産業やスタートアップが活発に動いています。その一方で、国境警備や軍事訓練、防空システムの整備など、防衛面での準備も着実に進められています。

ロシア側のカレリアでも、人々は日常生活を送りながら、かつてより遠くなってしまった隣国フィンランドとの関係を見つめ直しています。政治的な対立やメディアの緊張感とは裏腹に、個人レベルでは「戦争のない安定した暮らし」を望む声が根強く存在します。

これからの北欧とNATOをめぐる展望

フィンランドのNATO加盟は、北欧地域全体の安全保障バランスを変える歴史的な出来事です。 隣国スウェーデンの加盟の行方も含め、北欧が今後どのように安全保障と平和の両立を図っていくのかは、ヨーロッパ全体、さらには世界にとっても重要な関心事となっています。

フィンランドはこれから、NATOの一員として「権利と義務」、「責任と期待」の両方を背負いながら、自国の独立と安全をいかに守るかという新たな段階に入っています。 サンタクロースの町に代表される穏やかな日常と、国境地帯での緊張が共存する状況は、現代ヨーロッパの安全保障の難しさを象徴していると言えるでしょう。

そして何より重要なのは、フィンランド国民の「自国を守る強い意志」が依然として高いレベルで保たれていることです。 この市民の覚悟と国際社会との連帯が、北欧の平和と安定、そして子どもたちが安心してサンタクロースを信じられる未来を支える大きな柱となっています。

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