「スーパーマリオ」が若者の心を救う? ― 日英共同研究が示した「燃え尽き防止」の可能性

日本とイギリスの研究チームが、「スーパーマリオブラザーズ」や「ヨッシー」シリーズのゲームプレイが、若者の幸福感を高め、その結果として燃え尽き症候群(バーンアウト)のリスクを下げる可能性があると発表しました。
本研究は、現代社会で深刻化する若者のメンタルヘルス問題に対して、「ゲーム」という身近な娯楽が新たな手がかりになりうることを示した点で注目を集めています。

日英共同研究が明らかにした「マリオ」と燃え尽き症候群の関係

この研究は、イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンと、九州産業大学の研究者らによる共同プロジェクトとして行われました。
対象となったのは、大学生を中心とした若年成人で、「スーパーマリオブラザーズ」や「ヨッシー」シリーズのプレイ経験がある人たちです。

研究チームは、まず「スーパーマリオブラザーズ」または「ヨッシー」を遊んだ経験を持つ学生41人に対して、ゲーム体験についての詳細なインタビューを実施しました。
そのうえで、同じくプレイ経験のある336人の大学生を対象に、燃え尽き症候群の程度や、ゲームプレイ中にどのような感情を抱いたかを尋ねる質問票調査を行いました。

分析の結果、特に注目されたのが、ゲームプレイ中に感じる「子どものような驚き(childlike wonder)」という感情です。
この「子どものような驚き」が強い人ほど、人生全体に対する幸福感が高く、その一方で燃え尽き症候群のリスクが低いことが示されました。

研究のまとめとして、マリオやヨッシーのゲームプレイが、直接燃え尽き症候群を治す「薬」になると断定しているわけではありませんが、幸福感の向上を通じて、燃え尽きリスクを下げている可能性が示唆されています。
ある報道では、この「子どものような驚き」が、燃え尽き症候群のリスクをおよそ21%軽減しうるという分析も紹介されています。

なぜマリオやヨッシーが「心の解毒剤」になりうるのか

研究チームは、なぜ「スーパーマリオ」や「ヨッシー」が若者の心に良い影響をもたらすのか、そのメカニズムについても考察しています。

  • ストーリーや世界観のポジティブさ
    マリオやヨッシーのゲームには、「困難を乗り越え、仲間を助け、最終的に目標を達成する」という、わかりやすく前向きなストーリーが一貫して描かれています。
    主人公たちは何度失敗してもあきらめず、プレイヤーもまた、失敗を重ねながら少しずつ上達していく体験を味わいます。
    こうしたポジティブで粘り強い物語は、プレイヤーの気分を明るくし、「自分もがんばれるかもしれない」という感覚を育むと指摘されています。
  • 現実のストレスからの一時的な切り離し
    「スーパーマリオブラザーズ」や「ヨッシー」のゲームは、空間ナビゲーションタイミング問題解決などの要素が組み合わさったアクションゲームで、プレイ中は画面の中の世界に高い集中が必要です。
    この集中が、現実世界のプレッシャーや不安から一時的に心を切り離し、リラックスや気分転換につながると考えられています。
  • 「子どものような驚き」を呼び起こすデザイン
    カラフルな世界、遊び心あふれる仕掛け、予想外のギミックなど、マリオシリーズならではの演出は、プレイヤーの中に幼い頃のワクワク感を呼び覚ますものです。
    研究では、この「子どものような驚き」が幸福感の高さと強く結びついていることが示されました。
    そして、幸福感が高いほど燃え尽きのリスクが低いという関連が確認されており、驚き → 幸福感 → 燃え尽きリスク低下というつながりが示唆されています。
  • 冷笑主義・倦怠感への「解毒剤」として
    研究チームの中心メンバーであるインペリアル・カレッジ・ロンドンのAndreas Eisingerich教授は、「スーパーマリオブラザーズ」や「ヨッシー」のようなゲームは、燃え尽き症候群の特徴である冷笑主義や倦怠感に対する強力な解毒剤となり得るとコメントしています。
    現実の世界で疲れ切ってしまった心に対して、純粋な楽しさ達成感を小さく積み重ねていくことが、心理的な回復に役立つ可能性があるという見方です。

燃え尽き症候群とは? 若者に広がる見えない疲れ

ここであらためて、研究の対象となった燃え尽き症候群(バーンアウト)について簡単に整理しておきます。

  • 燃え尽き症候群の主な特徴
    一般に燃え尽き症候群は、過度なストレスや長時間の負荷が続くことによって、心身が限界まで疲れ切った状態を指します。
    主な特徴としては、以下のようなものが挙げられます。
    ・仕事や勉強への意欲が極端に低下する
    ・何事にも冷笑的、あるいは投げやりな態度になってしまう
    ・慢性的な疲労感や、感情の枯渇を感じる
    研究チームも、燃え尽き症候群における冷笑主義倦怠感を重要な症状として取り上げています。
  • 若者にとっての燃え尽き
    昨今の若者は、学業、就活、バイト、人間関係に加え、SNSなどオンライン上でのプレッシャーにもさらされています。
    「常に何かを頑張っていないといけない」「成果を出し続けなければならない」といった空気が、心の余裕を奪い、燃え尽き症候群の土壌となりやすいと指摘されています。

こうした背景のなかで、「マリオ」や「ヨッシー」のようなゲームが、心に一時の休息と楽しさをもたらす存在として、研究者からも注目されているのです。

研究が示すこと・示していないこと ― 誤解しないために

今回の研究は、多くの人にとって身近な「スーパーマリオ」が科学的な文脈で取り上げられたことで、大きな話題となりました。
一方で、結果を受け取る際には、いくつか大切なポイントも押さえておく必要があります。

  • 「遊べば必ず燃え尽きを防げる」という話ではない
    研究を紹介する記事でも、「この研究は、ゲームで遊べば必ず燃え尽きが防げるといった因果関係を断定するものではない」と明記されています。
    今回示されたのは、
    ・マリオやヨッシーのゲームで子どものような驚きを感じる人ほど幸福感が高い
    幸福感が高い人ほど燃え尽きリスクが低い
    という関連(相関)の関係です。
    つまり、「マリオをすれば絶対に燃え尽きなくなる」わけではなく、「こうしたゲーム体験が、幸福感を通じて燃え尽きリスクの低下とつながっている可能性がある」という慎重な結論にとどまっています。
  • 適度なゲームプレイが前提
    報道では、今回の結果を踏まえながらも、「適度なゲームプレイ習慣」を身につけることが大切だと強調されています。
    ゲームのやり過ぎが生活リズムの乱れや睡眠不足を招けば、かえって心身に負担をかけてしまいます。
    研究も、あくまで現実の生活を維持しながら楽しむ範囲でのプレイを前提にしています。
  • 専門的な治療の代わりにはならない
    燃え尽き症候群やうつ状態が深刻な場合には、医師やカウンセラーなど専門家による支援が欠かせません。
    今回の研究は、「スーパーマリオ」や「ヨッシー」のゲームが、心のケアの一助となるかもしれないという可能性を指摘したものであり、専門的治療を置き換えるものではないことも、記事の中で注意喚起されています。

マリオで「自分を取り戻す」小さな習慣

今回の研究内容や、それを受けた論考の中では、「スーパーマリオ」が「心の解毒剤」という言葉で表現される場面もあります。
それは、仕事や学業、日常生活で溜まったストレスや疲れを、ほんのひととき忘れさせてくれる存在として、マリオが捉えられているからです。

たとえば、

  • 一日中勉強や仕事に追われたあと、短い時間だけマリオで遊んで頭を切り替える
  • むずかしいステージを何度も挑戦して、クリアしたときの達成感を味わう
  • ヨッシーと一緒に冒険する、色鮮やかで柔らかな世界観に浸る

こうした時間が、研究で言うところの「子どものような驚き」ささやかな喜びを呼び起こし、自分らしさを取り戻すための小さな助けになるのかもしれません。

ゲームとどう付き合うか ― 研究から見えてくるヒント

「スーパーマリオ」や「ヨッシー」に限らず、ゲームとの付き合い方については、長年さまざまな議論があります。
今回の日英共同研究は、その中で「ゲームが心にとってプラスに働く側面」を具体的なデータとともに示した点で、重要な一歩と言えます。

  • 休むことに「罪悪感」を抱かないきっかけに
    多忙な毎日の中で、「遊んでいる暇なんてない」「ゲームなんかするのは悪いことだ」と感じてしまう人も少なくありません。
    しかし研究では、「喜びを取り戻すこと」そのものが、若年層の燃え尽き対策のひとつの道筋になりうると指摘されています。
    短時間のゲームプレイを、自分を守るための休息の一つの形として考えてみることも、心の健康にとって意味があるかもしれません。
  • 自分に合う「ほどよい距離感」を探す
    どれくらいゲームに時間を使うのか、どんなゲームならリフレッシュにつながるのかは、人によって異なります。
    「やめどきがわからなくなる」「生活リズムが崩れる」といった状態にならないよう、時間を決めて遊ぶ生活の優先順位を守るなど、自分なりのルールを設けることも大切です。
  • 「楽しい」が心のサインになることも
    もし、以前は大好きだったマリオのゲームをしてもまったく楽しく感じられない、何をしても心が動かない、という状態が続くようであれば、それは心の不調のサインかもしれません。
    そんなときは無理をせず、信頼できる家族や友人、医療・相談機関に気持ちを打ち明けてみることも大切です。

「スーパーマリオ」が映し出す、私たちの心の風景

今回の研究と、その後の報道や論考は、「スーパーマリオ」や「ヨッシー」という多くの人に愛されてきたゲームが、ただの娯楽以上の意味を持ちうることを教えてくれました。

ゲームの中で、マリオは何度穴に落ちても、敵にやられても、そのたびにスタート地点から再び走り出します。
プレイヤーである私たちも、仕事や勉強で失敗したり、疲れ果てて立ち止まったりしながらも、少しずつ前に進んでいく存在です。

日英共同研究が示した、「子どものような驚き」と「幸福感」、そして「燃え尽き予防」のつながりは、
「マリオの世界を楽しむこと」が、単にゲームをクリアするだけでなく、現実の自分の心を守ることにもつながるかもしれないという、やさしいメッセージとして受け取ることができるでしょう。

忙しい日々に少し疲れを感じたとき、
コントローラーを手に取り、
マリオと一緒にブロックを壊し、コインを集め、ピーチ姫や仲間たちのもとへ向かう――。
そんなささやかな時間が、あなたの心に小さな「驚き」と「幸福感」を取り戻してくれるかもしれません。

参考元