映画『国宝』、アカデミー賞へ一歩前進 “歌舞伎映画”を世界が見つめる理由
歌舞伎を題材にした日本映画『国宝』が、第98回米アカデミー賞で2部門のショートリストに選出され、大きな話題になっています。国際的な映画賞の本丸ともいえるアカデミー賞の舞台で、日本発の骨太な人間ドラマがどこまで食い込めるのか、国内外から注目が集まっています。
この記事では、
- 『国宝』がどのような快挙を達成したのか
- アカデミー賞のショートリストやノミネーションの仕組み
- 「候補入りの可能性」はどれくらいなのかという専門家の見立て
- 日本コンテンツ全体にとって、この出来事が持つ意味
を、分かりやすく丁寧に解説していきます。
『国宝』とはどんな映画? 李相日監督が挑んだ“歌舞伎と俳優の生き様”
『国宝』は、李相日監督がメガホンを取り、吉沢亮が主演を務める日本映画です。
作品は歌舞伎の世界を舞台に、芸に人生を捧げる俳優たちの葛藤や絆、伝統と現代がせめぎ合う中で「何を守り、何を変えるのか」というテーマを、濃密な人間ドラマとして描いています。
主演の吉沢亮に加え、横浜流星、渡辺謙、田中泯らが出演し、歌舞伎舞踊シーンの迫力と身体表現の凄みが国内の公開時から大きな評判を呼びました。 特に、役作りのための長期訓練や所作の徹底した作り込みは、海外の映画関係者からも高く評価されていると伝えられています。
脚本は奥寺佐渡子が担当し、伝統芸能を扱いながらも、現代の観客にも強く響く人間ドラマとして成立させている点が評価されています。
アカデミー賞で『国宝』が選ばれた2つの部門
今回、『国宝』がショートリスト入りしたのは、以下の2部門です。
- 国際長編映画賞(International Feature Film)
- メイクアップ&ヘアスタイリング賞(Makeup & Hairstyling)
まず、国際長編映画賞は、かつての「外国語映画賞」にあたる部門で、アメリカ以外で制作された長編映画が対象となります。 日本からは毎年1本だけ「日本代表」としてエントリーされますが、2025年はこの枠に『国宝』が選ばれていました。
そのうえで、『国宝』は国際長編映画賞のショートリスト15作品の1本として選出されています。 つまり、各国から多数の作品が送られた中から、「最終候補に残る可能性のある15本」にまで絞り込まれたということになります。
さらに注目すべきなのが、メイクアップ&ヘアスタイリング賞です。『国宝』はここでもショートリスト10作品に入りました。
この部門は、俳優の変身ぶりやキャラクター造形、世界観作りにおけるメイク・ヘアの貢献を評価するもので、時代劇やファンタジー作品、特殊メイクを駆使した作品が強い傾向にあります。 歴史劇や伝統衣装を扱う作品にとっては、非常に重要な部門と言えます。
日本作品が国際長編映画賞と技術部門の両方でショートリスト入りするケースは多くなく、今回の『国宝』の2部門選出は、各メディアから「快挙」と報じられています。
ショートリストとは? アカデミー賞の仕組みをやさしく解説
ニュースでは「候補入り」として伝えられることも多いショートリストですが、その位置づけはやや分かりにくいかもしれません。
アカデミー賞には、多数のエントリー作品の中から、最終的に「ノミネーション(正式候補)」を選び、その後に受賞作を決めるというプロセスがあります。
このうち、撮影賞や音楽賞、国際長編映画賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞など、一部の12部門では、正式ノミネーションの前に「ショートリスト」が発表されます。
ショートリストとは、
- 多数の候補作を絞り込んだ「事前選抜リスト」
- 部門ごとにおおよそ10〜20作品程度が選ばれる
- このリストの中から、後日最終ノミネート作品が決まる
といった位置づけになります。
つまり、『国宝』は現時点で「オスカー候補の最終選考手前に残っている作品」という段階にあり、まだノミネーションは確定していないものの、「オスカーを狙える土俵にしっかり上がった」と言える状態です。
『国宝』の「候補入りの可能性」はどれくらい? 部門別に見通しを整理
では、映画『国宝』は、この先どこまで進めるのでしょうか。各メディアの分析やアカデミー賞の仕組みから、部門別に整理してみます。
国際長編映画賞:競争は激しいが、近年の日本勢の追い風も
国際長編映画賞のショートリストは15作品とされており、この中から例年5作品前後が正式ノミネーションとして選ばれます。
シネマトゥデイなどの解説によれば、この部門は年々レベルが上がっており、ヨーロッパやアジア、南米など世界各国から質の高い作品が集まる「激戦区」です。 そのなかで、ショートリスト入りを果たしただけでも「大きな一歩」と評価されています。
一方で、日本作品はこの部門で近年存在感を増しており、
- 滝田洋二郎監督『おくりびと』(2008年)
- 濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』(2021年)
など、実際に受賞まで至った例もあります。 こうした「日本映画への信頼感」は、『国宝』にとっても追い風と考えられます。
ただし、具体的なノミネーションの可能性については、シネマトゥデイも「ライバル作品のレベルが高く、単純な確率論では測れない」としつつも、「ショートリスト入りの段階で十分に健闘している」といった、冷静かつ慎重なトーンで伝えています。
メイクアップ&ヘアスタイリング賞:専門家も「勝算は比較的高い部門」と分析
もう一つのメイクアップ&ヘアスタイリング賞は、『国宝』にとってより現実的なチャンスがある部門と見られています。
シネマトゥデイによると、この部門のショートリストは10作品で、その中から5作品前後がノミネートされるため、「単純計算では五分五分」と分析しています。
さらに同記事では、
- ライバル作品には、ヴァンパイアものなど特殊メイクを強く打ち出した話題作も含まれている一方で
- 『国宝』は、歌舞伎の隈取や舞台化粧、時代をまたぐ人物造形など、「伝統芸能+リアルな人間ドラマ」を支えるメイク表現が高く評価されている
と指摘し、「部門の性質を考えると、『国宝』はこのカテゴリーで比較的優位に立てる可能性がある」とも述べています。
また、メイク&ヘア部門のショートリストは、映画芸術科学アカデミーに所属するメイクアップアーティストとヘアスタイリストの専門家によって選ばれているため、職人の目から見た技術的価値が認められた形でもあります。
こうした点を踏まえ、各メディアは「『国宝』にとっては、メイク&ヘアスタイリング賞のほうが、オスカー像に手が届く可能性は高い」と見立てています。
ハリウッドでのキャンペーンと海外からの評価
『国宝』は、アカデミー賞に向けてハリウッドやニューヨークでの上映キャンペーンも積極的に展開してきました。
2025年11月には、吉沢亮と李相日監督が現地入りし、アカデミー会員や業界関係者を対象とした上映会に参加。トークセッションなどを通じて、作品の魅力や制作の背景を丁寧に伝えました。
なかでも大きな話題となったのが、ハリウッドスタートム・クルーズの応援です。
トム・クルーズは、過去に『ラスト サムライ』で共演した渡辺謙から『国宝』を紹介され、映画を鑑賞。ショートリスト選出の投票期限が迫るなか、自ら司会役を買って出て特別上映会を開催したと報じられています。
同上映会でトム・クルーズは、
- 「渡辺謙ほか、本作に出演する俳優は一人残らず際立っている」
- 「彼らは役作りのために18か月間かけて訓練した」
- 「日本の若手俳優が、非常に優れた演技を見せている」
と絶賛し、会場の聴衆は静まり返ってその言葉に耳を傾けていたと伝えられています。
世界的スターからのこうした言葉は、単なる“話題作り”にとどまらず、アカデミー会員に対する強い推薦のメッセージとして作用した可能性もあります。 海外メディアも、東アジアの映画に対するハリウッドの関心の高まりを象徴する出来事として、この動きを報じました。
アカデミー賞の歴史の中で見る『国宝』の位置づけ
『国宝』のショートリスト入りは、日本映画史の中でどのような意味を持つのでしょうか。
まず、監督の李相日にとっては、アカデミー賞との関わりは今回が初めてではありません。2006年の『フラガール』も、日本代表作品としてアカデミー賞にエントリーされていますが、ショートリスト入りは叶いませんでした。
その李監督が、約20年のキャリアを経て、満を持して放った『国宝』で初のショートリスト入りを果たしたことは、監督自身の歩みとしても大きな意味を持つ出来事です。
また、国際長編映画賞では、日本はこれまでに何度か受賞やノミネートを経験してきましたが、技術部門との“ダブル選出”は珍しく、日本映画に対する評価の幅が広がっている兆しとも受け取れます。
歌舞伎という日本固有の伝統芸能を扱いながら、アカデミー賞の舞台で評価されているという事実は、日本発の物語が、言語や文化の壁を越えて「普遍的な人間ドラマ」として受け止められていることを示しているとも言えるでしょう。
社説が指摘する「日本コンテンツ飛躍の好機」とは
新聞などの社説では、今回の『国宝』ショートリスト入りを受けて、「日本コンテンツ飛躍の好機」といった論調も生まれています。
その背景には、
- 映画だけでなく、アニメ、ドラマ、ゲーム、音楽など、幅広い分野で日本発コンテンツが海外の注目を集めていること
- 配信プラットフォームの拡大により、日本作品が世界同時に届けられる環境が整いつつあること
- アカデミー賞をはじめとする国際的な賞レースで、日本やアジアの作品が存在感を高めている流れ
があります。
こうした中で、伝統芸能を真正面から描いた『国宝』がアカデミー賞のショートリストに入ったことは、
- 「日本らしさ」と「世界に伝わる普遍性」を両立させた作品づくり
- 本格的な現場訓練や長期的な役作りなど、俳優やスタッフの“職人仕事”
- 海外との共同プロモーションやキャンペーンのノウハウ
といった点で、今後の日本コンテンツ産業全体が学ぶべきモデルケースになり得ます。
社説は、「一つの作品の快挙にとどめるのではなく、次世代の映画人やクリエイターにつなげていくことが重要だ」といった視点から、制作環境の整備や人材育成の必要性にも言及しています。
今後のスケジュールと注目ポイント
第98回アカデミー賞に向けては、今後、
- 来月:最終ノミネーション作品の発表
- 2026年3月15日:授賞式の開催
というスケジュールで進んでいきます。
まずの焦点は、国際長編映画賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞の正式ノミネーションに、『国宝』の名前が残るかどうかです。
ノミネートされれば、日本国内での再上映や特別企画など、作品への注目はさらに高まることが予想されます。また、結果のいかんにかかわらず、今回のショートリスト入りの意味はすでに大きく、今後の日本映画やドラマが海外を目指す際の重要な前例となるでしょう。
歌舞伎という「日本の古典」が、アカデミー賞という「世界の舞台」と出会ったとき、そこにどのような化学反応が生まれるのか――。その答えを見届ける日も、そう遠くありません。



