世界遺産のそばで開発計画が持ち上がったら――福岡市で「遺産影響評価」を考えるフォーラム開催
世界遺産の近くで、大型商業施設や道路、再開発事業などの開発計画が持ち上がったとき、その周辺環境をどう守るのか――。
こうした課題を話し合うフォーラムが、福岡市で開かれました。テーマの中心となったのは、近年注目が高まっている「遺産影響評価(Heritage Impact Assessment:HIA)」という考え方です。
フォーラムでは、世界遺産の価値を守りながら、地域の暮らしや経済活動も続けていくために、どのようなルールや仕組みが必要なのか、専門家や行政担当者、市民らがさまざまな角度から意見を交わしました。
この記事では、その議論のポイントと、「遺産影響評価」がなぜ今、注目されているのかを、やさしい言葉で整理してお伝えします。
世界遺産は「中身」だけでなく「周りの景観」も含めて守る時代へ
ユネスコの世界遺産は、文化的・自然的に「人類共通の宝」と位置づけられた場所です。登録されるためには、その場所が持つ顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value:OUV)が認められる必要があります。
近年、この価値を守るうえで特に重視されているのが、遺産そのものだけでなく、それを取り巻く周辺環境や景観です。
たとえば、遺跡や神社、歴史的な街並みなどのすぐそばに、高層ビルや大型道路が建設されると、たとえ遺産そのものには手を加えなくても、その場所が持っていたたたずまいや眺望、静けさといった価値が損なわれてしまうことがあります。
そのためユネスコは、世界遺産の登録時だけでなく、登録後も含めて、周辺開発が遺産にどのような影響をもたらすのかを慎重に検討するよう各国に求めています。
「遺産影響評価(HIA)」とは何か
今回のフォーラムで大きなテーマとなった遺産影響評価(Heritage Impact Assessment:HIA)は、世界遺産の価値に対して、ある開発事業がどのような影響を及ぼすのかを、事前に調べて評価する仕組みです。
環境への影響を調べる環境影響評価(環境アセスメント)はすでによく知られていますが、HIAはその「遺産版」と考えるとイメージしやすいかもしれません。
ただしHIAでは、「自然環境」だけでなく、
- 歴史的な景観
- 文化的な意味や信仰
- 土地に根づいた暮らしや伝統
- 眺望(見え方)や静けさ、雰囲気
といった、数字では測りにくい要素も含めて評価しようとする点が特徴です。
フォーラムでは、こうした目に見えにくい価値を、どのように整理し、合意形成につなげていくのかが、重要な論点として取り上げられました。
福岡市でのフォーラム開催の背景
福岡市を含む九州北部には、ユネスコ世界遺産に登録された「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」など、貴重な文化財や自然環境が点在しています。
宗像地域では、海の環境保全や世界遺産を守る取り組みとして、音楽イベント「宗像フェス」が環境保護活動を継続的に行っており、世界遺産を応援するための協賛金を募って保全活動に役立てる企画も進められています。
また、福岡市では脱炭素や持続可能なまちづくりをテーマにしたフォーラムも開かれ、環境と経済の両立を図る議論が活発に行われてきました。
こうした背景もあり、「世界遺産を守りつつ、地域の経済活動や暮らしをどう支えていくか」というテーマは、福岡の地域にとっても身近で切実なものになっています。
今回の「世界遺産周辺で開発事業が計画されたら」をテーマとするフォーラムは、まさにこの問題に正面から向き合う場として企画され、福岡市で開催されました。
フォーラムで交わされた主な論点
フォーラムでは、世界遺産保護の専門家、都市計画や景観の研究者、行政の担当者、市民団体のメンバーなどが登壇し、次のような論点について議論が行われました。
1. 「周辺環境」をどう定義し、どこまで守るのか
まず議論となったのは、「世界遺産の周辺環境」とは具体的にどこまでを指すのか、という問題です。
世界遺産には、登録されている核心地域に加えて、その価値を支えるバッファゾーン(緩衝地帯)が設定されることがあります。しかし、実際の開発計画は、こうしたゾーンの外側にも広がる場合があります。
また、景観や眺望に関しては、距離が離れていても高層ビルなどが視界に入り、雰囲気を大きく変えてしまうことがあります。
そのため、フォーラムでは、
- 地図上の線引きだけでなく、視界や風景のつながりを踏まえた範囲設定
- 地元住民や参拝者、観光客など「その場を利用する人の視点」をどう取り入れるか
といった点について、丁寧な検討が必要だという意見が多く出されました。
2. 「価値」をどう言語化し、共有するか
次に重要な論点となったのが、「世界遺産の価値」をどう言葉にし、誰もが理解できる形で共有するか、という点です。
ユネスコへの登録時には、専門的な用語を用いた価値の説明(顕著な普遍的価値の記述)が作成されますが、それだけでは、地元の方や事業者にとってわかりづらい場合があります。
フォーラムでは、
- 「なぜその景観が大切なのか」を写真や図、ストーリーで示す
- 地域に暮らす人々の記憶や物語をヒアリングし、価値の一部として扱う
- 子どもたちにも伝わる言葉で説明し、世代を超えて共有する
といった取り組みの必要性が語られました。
また、日中の若者が未来の環境について意見交換した福岡市でのワークショップでは、自然の美しさを測る指標を考えたり、アンケートを通じて「人工物をどこまで許容するか」を探った事例も紹介されました。
こうした試みは、HIAの実践にも役立つ視点として注目されています。
3. 開発と保全をどう両立させるか
フォーラムでは、「開発に反対するための評価」ではなく、「よりよい案を一緒に考えるための評価」としてHIAを捉えるべきだ、という意見も繰り返し示されました。
具体的には、
- 建物の高さや配置を工夫し、重要な眺望を守る
- 色や素材を周囲の景観になじませる
- 夜間のライトアップや照明を控えめにし、神聖さや静けさを保つ
- 観光客を一方的に増やすのではなく、受け入れ体制と環境保全をセットで考える
など、計画の早い段階から関係者が話し合うことで両立の余地が生まれる、との指摘がなされました。
4. 市民参加と情報公開の重要性
遺産影響評価を実のあるものにするためには、専門家や行政だけでなく、地元住民や市民の参加が欠かせません。
フォーラムでは、
- 開発計画の段階から情報をわかりやすく公開すること
- 説明会やワークショップを通じて、市民の意見を反映すること
- 将来世代を担う子ども・若者が議論に参加できる機会を設けること
の重要性が強調されました。
福岡市では、脱炭素フォーラムや環境関連のイベントを通じて、地域の企業や行政、市民が一体となって持続可能な社会づくりに取り組んでおり、こうした土壌を生かしながら、世界遺産保全でも同様の「対話の場」を広げていくことが期待されています。
全国的な動きと福岡からの発信
日本各地では、世界遺産や重要な文化財をめぐるフォーラムやシンポジウムが相次いで開催されています。
たとえば、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産登録4周年を記念したフォーラムが福岡で予定されており、縄文遺跡の価値や保全について学ぶ機会が設けられています。
また、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」に登録された旧三池炭鉱関連施設では、現地見学と合わせて歴史や景観保全について学ぶイベントも紹介されています。
こうした取り組みは、それぞれの地域で培われてきた経験や知恵を全国で共有し、「世界遺産とどう共生するか」という共通の課題に取り組む動きとして広がっています。
福岡市で行われた今回のフォーラムは、その流れの中で、「周辺環境」という視点から世界遺産をどう守り、活かしていくかを考える貴重な機会となりました。
世界遺産を「遠い観光地」から「自分たちの暮らしの一部」へ
世界遺産は、海外の有名な観光地というイメージが強いかもしれませんが、日本各地にも多くの遺産があり、その多くは私たちの暮らしのすぐそばにあります。
福岡県の宗像地域では、世界遺産を取り巻く海の環境保全活動を、市民参加型の音楽フェスなどを通じて続けており、世界遺産を「遠い存在」ではなく、「自分たちが守り育てる地域の宝」として捉える動きが進んでいます。
また、若い世代を対象にした環境ワークショップでは、「自然の美しさをどう守るか」「人工物をどこまでなら許容できるか」といった問いを、参加者自身が考え、言葉にする試みも行われています。
こうした活動は、遺産影響評価の考え方とも通じるものであり、未来の世界遺産保全の担い手を育てる場にもなっています。
今後に向けて:遺産影響評価をどう根づかせるか
フォーラムの議論を通じて見えてきたのは、遺産影響評価を単なる「手続き」として導入するのではなく、地域全体で世界遺産の価値を共有し、対話を重ねるためのツールとして活用していくことの重要性です。
そのためには、
- 法制度やガイドラインの整備など、国・自治体レベルでの支援
- 専門家と市民、事業者が一緒に学び合う場づくり
- 学校教育や市民講座を通じた、世界遺産への理解の促進
- 福岡をはじめ各地での先進事例の共有とネットワークづくり
など、さまざまな取り組みが求められます。
世界遺産のそばで開発事業が計画されたとき、それを「対立のきっかけ」ではなく、「地域の未来を考える入り口」として活かせるかどうかは、私たち一人ひとりの関わり方にもかかっています。
福岡市でのフォーラムは、その第一歩として、「周辺環境」の視点から世界遺産を見つめ直す大切さを、多くの参加者に伝える場となりました。



