中国共産党幹部が日本をけん制 南京事件の記憶と絡み合う対日感情のいま
中国と日本のあいだで、歴史認識や安全保障をめぐる緊張が、あらためて高まっています。最近、中国共産党の幹部が日本の「軍国主義復活の企みは失敗する」と強い言葉でけん制したことに加え、南京事件(南京大虐殺)から88年を迎えるタイミングで、中国国内では歴史をテーマにした映画がヒットし、「南京大虐殺記念館」には多くの参観者が訪れています。さらに南京市内では市民が献花や黙とうを捧げ、「歴史を忘れない」と誓う姿も見られました。
この記事では、こうした一連の動きをつなげてわかりやすく整理し、中国共産党の姿勢や中国社会の対日感情にどのような影響が出ているのかを、できるだけやさしい言葉で解説します。
中国共産党幹部「軍国主義復活の企みは失敗する」と日本をけん制
まず注目されているのが、中国共産党の幹部による強い対日発言です。日本の安全保障政策や防衛力強化の動きに対して、「日本国内で軍国主義を復活させようとする企みは必ず失敗する」といった趣旨の発言を行い、日本を厳しくけん制しました。
ここで使われている「軍国主義」という言葉は、中国側が、かつての日本の侵略戦争と結びつけて批判するときによく用いる表現です。第二次世界大戦前後の日本が、軍部の力を背景にアジア各地へと進出していった歴史を念頭に、「そのような過去に戻ろうとしているのではないか」という疑念や警戒感を示すための言葉だといえます。
この発言は、日本の防衛費増額や安全保障関連政策の見直しに対する、中国側の不信感や警戒心を、国内外に向けて明確に打ち出したものだと受け止められています。同時に、中国国内の世論に対しても、「日本の動きには注意が必要だ」というメッセージを送る役割を果たしています。
88年目の南京事件と「南京大虐殺記念館」への関心の高まり
こうした政治的な発言の背景には、歴史問題、とくに南京事件に対する中国社会の強い関心があります。1937年12月、日本軍が当時の首都・南京を占領した際、多数の民間人や捕虜が殺害されたとされる事件で、中国では「南京大虐殺」と呼ばれています。
南京市にある「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館(南京大虐殺記念館)」は、この事件の犠牲者を追悼し、歴史を伝えるための施設です。中国共産党はこの記念館を「第1次愛国主義教育模範基地」に指定し、中国国内でも特に重要な愛国主義教育の場として位置づけています。ここでは、当時の写真や資料、証言などが展示され、訪れる人に戦争の悲惨さと歴史の教訓を伝えています。
記念館は1985年に開館し、その後も拡張工事が行われてきました。展示スペースは大幅に広がり、南京市内に残る防御陣地(トーチカ)や、当時の街並みを再現したエリア、犠牲者の名簿を刻んだ「嘆きの壁」など、さまざまな形で歴史を体感できるようになっています。資料館内には、日本軍による虐殺や当時の戦闘の様子に関するパネルや史料が多く展示され、中国の小中学生が遠足や修学旅行で訪れるほか、軍や警察の団体、一般市民、外国人観光客など多くの人が見学しています。
中国政府は2014年から、この記念館を「南京大虐殺犠牲者国家追悼」の正式な式典会場と定め、毎年12月には国家的な追悼行事が行われています。このように、南京事件は中国にとって、単なる歴史上の一出来事ではなく、「国家としての苦難」と「反ファシズム戦争の勝利」を象徴する重要な記憶となっているのです。
映画ヒットをきっかけに再び高まる関心と対日感情への影響
最近、中国で公開された南京事件を題材にした映画が大きなヒットとなり、それをきっかけに南京大虐殺記念館を訪れる人が急増していると報じられています。映画の公開によって若い世代を含む多くの人が事件に関心を持つようになり、「実際の現場を見たい」「犠牲者を追悼したい」と考える人が増えているとみられます。
南京大虐殺記念館は、もともと愛国主義教育の重要拠点として、多くの中国人観光客や学生が訪れてきましたが、映画の話題性が重なったことで、改めて注目が高まっている状況です。こうした流れは、歴史の風化を防ぐという面では意義がありますが、一方で、当時の日本軍の行為を感情的に受け止める人が増え、日本に対する感情が悪化するのではないかという懸念も指摘されています。
中国国内のメディアやネット上では、日本の政治家による歴史認識に関する発言や、日本の防衛政策の転換などのニュースと、南京事件の話題がしばしば結び付けられて報じられます。そのため、人びとが映画や記念館を通じて当時の悲惨な出来事を思い起こすことは、ときに現在の日本への不信や反発として表面化する可能性があります。
実際、日本国内でも南京事件をめぐる発言や動きが、いまなお議論を呼んでいます。例えば、2025年12月には名古屋で「南京大虐殺名古屋証言集会2025」が開かれ、日本軍による南京での行為を証言や資料から検証し、犠牲者を追悼する催しが行われました。この集会は、南京事件を否定する見解に反対し、歴史を正面から見つめようという市民団体によって続けられているものです。こうした取り組みは、日本国内にも歴史を直視しようとする動きがあることを示す一方、中国側に十分に伝わらない面もあり、日中の認識のギャップは依然として残っています。
南京市民の「歴史を忘れない」という誓いと追悼の形
南京事件から88年を迎えるにあたり、南京市では市民による追悼行事が行われました。記念館や関連施設周辺では、市民が花を手向け、犠牲者を悼む光景が見られました。南京市内の街頭では、正午のサイレンに合わせて黙とうが捧げられ、一部ではドライバーがクラクションを鳴らして追悼の意を示す様子も伝えられています。
多くの市民が語るのは、「歴史を忘れない」という思いです。これは、単に過去の苦しみを繰り返し思い出すという意味ではなく、「二度と同じ悲劇を起こさない」「平和を守るために歴史から学ぶ」という決意と結びついています。市民のなかには、日本に留学した経験や日本人との交流を通じて、「日本のすべてが悪いわけではない」と感じている人も少なくありません。しかし同時に、「歴史を否定されたり軽んじられたりするとつらい」という声も根強くあります。
こうした市民レベルでの追悼や語り継ぎは、中国共産党が主導する国家的な記憶政策とも重なっています。南京大虐殺記念館が「国家追悼」の場として位置づけられ、学校教育やメディアを通して記憶が共有されるなかで、市民一人ひとりの体験や感情が、国家としての歴史認識と絡み合っていきます。
中国共産党の歴史観と対日メッセージ
中国共産党は、自らの正統性を支える重要な柱として「抗日戦争の勝利」と「ファシズムとの闘い」を強調してきました。南京大虐殺記念館が「第1次愛国主義教育模範基地」に指定されていることは、その象徴的な例です。ここで語られる歴史は、「中国人民は日本軍国主義の侵略に苦しめられたが、団結してこれを打ち破った」という物語と結びつけられています。
そのため、南京事件の記憶が改めて注目されるタイミングで、中国共産党幹部が日本の「軍国主義復活」を強く批判することは、国内向けにも大きな意味を持ちます。過去の侵略と現在の安全保障政策を関連付けることで、「中国は再び犠牲者になってはならない」「強い中国が必要だ」というメッセージを国民に訴えかける効果があります。
一方で、日本政府は、戦後の日本が平和国家として歩んできたことを強調し、自衛隊や防衛政策はあくまで防衛目的だと説明してきました。しかし中国側からは、軍備増強や安全保障関連法制の変化などを、「再軍備」や「軍事大国化」として懸念する見方が根強くあります。今回の「軍国主義復活の企みは失敗する」という発言も、そうした警戒感を背景にしたものと考えられます。
歴史と現在の政治が交差する中で求められるもの
現在起きていることは、「過去の記憶」と「現在の安全保障や外交」が複雑に交差している状況だといえます。南京事件から88年を経ても、中国社会にとってこの出来事は今なお生々しい記憶として残っており、映画や記念館、追悼行事を通じて世代を超えて語り継がれています。その記憶が、日本の政策や政治家の発言を評価するときの重要な背景となっているのです。
一方で、日本国内でも、南京事件に向き合おうとする市民や研究者の活動が続いています。名古屋での証言集会では、日本軍関係の資料や埋葬記録に基づいて犠牲者数を検証し、国際軍事裁判や南京軍事法廷の判決を踏まえて、「歴史を直視すること」の大切さが訴えられました。このような取り組みは、日中間の歴史認識のギャップを少しでも埋めるために欠かせないものです。
しかし、政治レベルでは、安全保障をめぐる対立や互いへの不信感が、歴史問題をさらに複雑にしています。歴史の教訓を平和のために生かすのか、それとも相手を非難する材料として用いるのかによって、社会の雰囲気や相互理解の可能性は大きく変わってしまいます。
中国共産党幹部の強い対日発言、映画ヒットによる南京事件への関心の高まり、南京市民の「歴史を忘れない」という誓い――これらはすべて、過去の記憶が現在の政治や感情に深く影響を与えていることを示しています。歴史に対する向き合い方が、今後の日中関係の行方にも少なからず影響していくでしょう。


