終戦記念日にあらためて考える―「火垂るの墓」と戦争の記憶
はじめに
2025年8月15日、日本は戦後80年という節目の年を迎えました。この日、終戦記念日として日本各地で戦争の犠牲者を悼み、平和への思いを新たにする様々な催しが行われています。中でも今年は、スタジオジブリの名作アニメーション映画「火垂るの墓」が7年ぶりに地上波での放送、さらにNetflixでの独占配信も始まり、あらためて多くの人々に強い印象を与えています。
高畑勲監督の「火垂るの墓」―作品の概要とその舞台
「火垂るの墓」は1988年に公開されたアニメーション映画であり、野坂昭如氏の直木賞受賞短編小説を原作としています。終戦間近の神戸を舞台に、14歳の兄・清太と4歳の妹・節子が戦災孤児となり、厳しい現実のなか必死に生き抜こうとする姿を描いています。
本作は、単なる感動物語にとどまらず、「生きること」や「家族の絆」、「戦争の理不尽さ」など、普遍的なテーマを問いかけ、見る者一人一人に深い問いを投げかけてきました。
物語のあらすじ
- 物語の始まりは、終戦間際の神戸。空襲によって清太と節子の兄妹は母親と離ればなれになります。
- 再会した母は変わり果て、頼る家も失った2人は親戚のおばさんの家に身を寄せますが、戦争の長期化、物資不足の中で心身ともに追い詰められていきます。
- やがて清太は妹を守るためおばさんの家を出て、2人だけで防空壕に住み始めますが、子供だけの生活は困難を極め、次第に絶望的な状況へと追い込まれていきます。
作品に込められた高畑勲監督の思い
「火垂るの墓」の監督である高畑勲さんは、戦争の悲惨さをストレートに伝えるだけでなく、人がどのように社会と向き合い生き抜いていくかというテーマを大切にしていました。
実際、高畑監督は、美術監督の山本二三氏が「家の中の柱の角が擦れて丸くなっている様子など、生活の感じを細部に描きたい」と提案した際、「この映画にヒューマニズムはありません」と厳しく却下したエピソードがあります。「戦争という極限状況下では、やさしさや温もりだけでは語れない、厳しい現実があることを伝えたかった」といわれています。山本氏は「高畑監督だからこそ、徹底した冷静な目線で戦時下の悲哀が描かれ、作品に高い芸術性と真実味が宿った」と語りました。
忘れられない“キーアイテム”―節子のドロップ缶
「火垂るの墓」の象徴的なアイテムとなっているのが、節子が大切に持っているドロップ缶です。ドロップ缶は清太と節子が空腹を紛らわせるため、一粒一粒大切に舐めていたお菓子の缶であり、作中では彼らの暮らしのささやかな救いと希望を表現しています。この缶は今日も兵庫県の博物館などで保存されており、戦時下の子供たちの苦難を静かに語りかけています。
神戸の街と「火垂るの墓」
「火垂るの墓」の舞台となった神戸市や西宮市は、作者・野坂昭如氏自身の戦争体験の地でもあります。作中では神戸ゆかりの実在する場所や地名が数多く登場し、今日でもファンや平和学習のためにゆかりの地を巡る人たちが絶えません。清太と節子が歩いたルートを辿ることで、戦争の記憶や平和への願いを現地であらためて感じる方も多いです。
戦後80年、今こそ再び「火垂るの墓」を観る意味
2025年は戦後80年という特別な年。各地で特集番組やイベントが盛んに行われ、「火垂るの墓」も原作や映画のメッセージが一層見直されています。金曜ロードショーが公式X(旧ツイッター)で「戦後80年 今こそかみしめたい命の物語」と紹介したように、戦争を知らない世代にも“命の物語”として深く届く作品です。
また、本作は「戦争はなぜなくならないのか」「私たちは今をどう生きるのか」と問いかける原作小説の根本的なテーマを、世代と時代を越えてつないできました。
平和の価値と家族のきずなを見つめ直す
- 「火垂るの墓」は、家族とは何か、社会の中で人はどのように生きていくべきなのか、など現代にも通じる課題を投げかけています。
- 戦争の悲惨さ、家族を思うやさしさ、そして社会から孤立していく兄妹の苦悩は、今この時代においても平和と命の大切さを改めて考えさせられます。
- 平和の尊さは、決して「当たり前」ではなく、多くの犠牲のうえに成り立っていることを、私たちはこの作品を通じて何度でも思い出す必要があります。
視聴者や市民の反応
放送や配信のたびに、SNSやネット上には「涙が止まらなかった」「今、観ることに意味がある」といった感想が多数寄せられています。「火垂るの墓」を観た子どもから大人まで、多様な世代があらためて戦争と平和、生きる意味について語り合うきっかけとなっています。兵庫県各地では子どもたちや家族連れがゆかりの地を巡るスタディツアーも人気で、作品のメッセージを風化させずに伝えていこうという市民の取り組みが続いています。
おわりに―未来を生きる私たちへのメッセージ
「火垂るの墓」は、派手な戦闘シーンや明快な“正義”を描くのではなく、普通の暮らしを奪われた子供たちの声にならない叫び、そして社会の中で生きることの難しさを静かに描き続けています。80年の時を経たいまなお、その痛烈なメッセージは色褪せることなく、現代を生きる私たちの胸を打ち続けています。
この終戦記念日、ぜひご家族や大切な人とともに「火垂るの墓」を観ながら、命の尊さや平和のありがたさについて語り合ってみてはいかがでしょうか。戦争は遠い昔のことではなく、“私たち自身の問い”として何度でも考えていくべきテーマなのです。