吉野家ホールディングス新社長・成瀬哲也氏が描く「ラーメン提供数、世界一」の未来図
牛丼チェーン「吉野家」を中核に、うどんやカレー、海外展開など多角化を進めてきた吉野家ホールディングスが、新たな大きな一歩を踏み出そうとしています。そのキーワードが、社長・成瀬哲也(なるせ てつや)氏の掲げる「ラーメン提供杯数世界No.1」という挑戦です。
富山で育ち、学生時代のアルバイトから吉野家グループのキャリアをスタートさせた成瀬社長は、長年にわたり国内外の現場を見続けてきた“現場肌”のトップです。 その視線の先にあるのは、牛丼・うどんに続く「第3の柱」としてのラーメン事業の確立です。
富山育ちの成瀬社長とはどんな人物か
成瀬哲也社長は、地方出身ならではの視点と、海外経験を強みとする経営者です。大学在学中に吉野家でアルバイトを始めたことをきっかけに、1988年6月に入社。 その後、国内外のさまざまなポジションを歴任し、2025年5月27日付で吉野家ホールディングス代表取締役社長に就任しました。
社内では、カレーうどん専門店「千吉」の社長、うどんチェーン「はなまる」の社長、さらに中国事業のトップなどを務め、特にアジア市場や現地の食文化に精通した人物として知られています。 海外事業の責任者として培った経験が、今回のラーメン事業強化やグローバル展開の構想にも大きく生かされています。
就任にあたって成瀬社長は、同社が掲げてきた長期ビジョン「ひと・健康・テクノロジー」を受け継ぎつつ、株主・取引先・顧客それぞれの期待に応える経営を続けると表明しています。 経営理念「For the People」を軸に、挑戦を続ける姿勢を明確にしています。
中期経営計画の柱は「変身」と「成長」
吉野家ホールディングスは、2025年度から2029年度までの5カ年中期経営計画を策定し、その中でグループ全体の方向性を示しています。
中期経営計画の主なポイントは次の通りです。
- テーマは「変身」と「成長」(既存事業の変革と、新たな成長ドライバーの創出)
- 2029年度の目標:売上高3,000億円(2025年2月期実績2,049億円)
- 2029年度の営業利益150億円(同73億円)
- 財務健全性を維持しつつ、ROIC7.0%を目指す
- 5年間で1,300億円の投資を計画(既存基盤投資100億円、既存成長投資800億円、インオーガニック投資400億円)
この計画の中で、牛丼を中心とした吉野家事業、うどんのはなまる事業、そして海外事業の「変身」を進めつつ、新たな柱としてラーメン事業を中心に成長を追求する方針が示されています。
牛丼・うどんに続く「第3の柱」ラーメン事業
今回のニュースの核心が、このラーメン事業です。吉野家ホールディングスは、中期経営計画の中で、牛丼・うどんに続く「第3の軸」としてラーメンを位置付けています。
具体的には、2029年度にラーメン事業で売上高400億円を目標としており、これは2024年度の約5倍という、非常に意欲的な数字です。 その実現に向けて、既存のラーメンブランドの積極出店と、複数ブランドを組み合わせたM&A(企業・ブランドの買収・統合)戦略を推し進めるとしています。
さらに、吉野家HDは「ラーメン提供食数世界No.1構想」を掲げ、2034年度の実現を目指すとしています。 これは単に売上高だけでなく、「世界で最も多くのラーメンを提供するグループになる」という、わかりやすく大きな旗印です。
なぜラーメンなのか:薄利多売ではないビジネスモデル
成瀬社長がラーメン事業を推す理由として挙げているのが、「薄利多売ではない」という点です。 牛丼は価格競争に巻き込まれやすく、国内市場では値段勝負になりがちな一面があります。 一方、ラーメンは、国内外問わず「多少高くてもおいしければ受け入れられる」傾向が強く、収益性を高めやすいとされています。
成瀬社長は、以前からの議論として「ヨーロッパではラーメン一杯が2,000円程度でも行列ができている」という事例に注目してきたと語っています。 そのため、吉野家の海外展開においても、牛丼だけでなくラーメンを成長軸とする戦略が加速しているのです。
製造からグローバル展開まで支える「宝産業」の買収
ラーメン事業をスケールさせるうえで重要な基盤が、2024年4月に子会社化した「宝産業」です。 宝産業は、ラーメン店向けの麺・スープ・タレなどの開発・製造・販売を行う企業であり、同社をグループに取り込むことで、ラーメン事業を自社内でしっかり支える体制を整えています。
宝産業子会社化による主な効果
- 2027年には麺やスープなどの製造能力を現行比150%に拡大
- 保管能力も現行比200%まで増強
- 外注に頼らないことで粗利益率の向上が期待できる
- ハラル対応スープの開発など、海外市場向けの商品開発にも対応
- 欧州でのスープ製造拠点の拡大など、グローバルな供給網の構築
こうした体制整備により、ラーメンを「世界中で展開できるプロダクト」として育てていく構想が具体化し始めています。
「ラーメン提供杯数世界一」へ、海外戦略をどう進めるのか
吉野家グループは、すでに牛丼やうどん業態で海外出店のノウハウを積み上げてきました。成瀬社長は、「店舗物件の選定、人材確保、調達、製造、物流など、海外展開に必要な知見はグループとして蓄積している」とした上で、そのノウハウをラーメン事業にも活用すると語っています。
また、ラーメンは牛丼以上にローカルな味の調整がしやすいメニューであることも強みです。中国・東南アジアなどで現地の味付けや食文化に精通している成瀬社長の経験は、各国の嗜好に合わせたラーメンメニューづくりに直結します。
同社は、「国内だけでは限界がある」とし、最初からエリアを限定せず、グループシナジーを発揮できる地域を中心に、世界一を目指していくとしています。 ラーメンという商品を通じて、インバウンド需要や欧州・アジアなどのマーケットを取り込み、世界での存在感を高めていく狙いです。
既存事業とのシナジーと客数拡大への取り組み
もちろん、ラーメン事業だけに偏るわけではありません。吉野家ホールディングスは、創業125周年を迎えた「吉野家」ブランドをはじめ、既存事業の客数拡大にも注力しています。
成瀬社長は「客数はお客様からの支持のバロメーターであり、最優先事項」と位置付け、新しい客層の開拓に取り組む方針を示しています。 具体的には、以下のような取り組みが進められています。
- インバウンド(訪日外国人)を意識したメニュー開発
- 女性やファミリー層にも利用しやすい店舗体験の向上
- 「吉野家×はなまるうどん」のコラボ店舗の展開
- 牛かるび丼・スンドゥブ専門店「かるびのとりこ」の開業(2023年2月)
- 唐揚げ専門店「でいから」、ビーフカレー専門店「もう~とりこ」などの新業態拡大(2024年12月など)
これらの新業態やコラボ店舗にラーメンを組み合わせることで、グループ横断のシナジーを高め、客数と売上の両方で成長を狙っています。
「ひと・健康・テクノロジー」とラーメン事業の関係
吉野家ホールディングスの長期ビジョンである「ひと・健康・テクノロジー」は、ラーメン事業とも無関係ではありません。
「ひと」は、お客様や従業員、取引先など、事業に関わるすべての人を指し、「健康」は食としての安心・安全や栄養バランス、「テクノロジー」は店舗運営やサプライチェーン、デジタルサービスの高度化を意味します。
ラーメン事業においても、例えば以下のような形でこのビジョンが反映されていくと見られます(ここからは、公表済みの方針を踏まえた一般的な整理です)。
- 各国の生活者の嗜好に合った味や量のラーメンを提供し、「ひと」に寄り添うメニュー開発
- スープや具材の工夫により、健康や栄養バランスを意識した商品ラインアップ
- 麺・スープ製造の効率化や、グローバルな物流網におけるテクノロジーの活用
成瀬社長は、株主には還元、取引先には取扱量の増加、そしてお客様には「同じ価格でより高品質な商品」を届けることで、期待に応えていきたいとしています。 ラーメン事業も、その一翼を担う存在として位置付けられています。
吉野家グループのこれからに注目
富山で育ち、アルバイトからキャリアをスタートさせた成瀬社長が率いる吉野家ホールディングスは、今まさに大きな転換点に立っています。 牛丼・うどんという既存の強みを生かしながら、ラーメンを第3の柱とし、「ラーメン提供杯数世界No.1」というわかりやすくも大きな目標に挑もうとしています。
その裏側には、中期経営計画に基づく着実な投資、麺・スープ製造体制の強化、海外展開のノウハウ、そして「ひと・健康・テクノロジー」を重視した長期ビジョンがあります。
今後、国内外のどの地域で、どのようなラーメンブランドが展開されていくのか。牛丼チェーンのイメージが強い同社が、ラーメンの世界でどこまで存在感を高めていけるのか。吉野家ホールディングスの動きから、目が離せません。




