「デフレ完全克服」と「2%物価安定」――そもそも何が問題になっているの?

日本では長いあいだ、物価がほとんど上がらない、あるいは下がりやすい「デフレ」の状態が続いてきました。政府は「デフレを完全に克服する」ことを掲げ、日本銀行(日銀)は「2%の物価安定目標」を達成することを目指して、さまざまな政策を実施してきました。

ところが、エコノミストの解説によると、政府の掲げる『デフレ完全克服』も、日銀の『2%物価安定』も、当面のあいだは達成が難しい目標だとみられています。一方で、財務大臣からは「かじ取りを誤れば再びデフレに戻る可能性がある」という発言もあり、政府・日銀ともに微妙なかじ取りを迫られています。

この記事では、こうした最近の議論を踏まえながら、

  • なぜ「デフレ完全克服」と「2%物価安定」が当面難しいのか
  • なぜ「デフレに戻るリスク」が話題になっているのか
  • 日銀が「物価安定」と同時に「バランスシート縮小」という二つの課題に直面している背景

を、やさしい言葉で整理していきます。

政府と日銀、似ているようで違う「目標」の中身

政府の目標:デフレ「完全」克服とは何を指すのか

政府は、「日本経済はもはやデフレではない状況になった」としながらも、「まだデフレを完全に克服できていない」と説明してきました。この「完全克服」とは、単に物価が上がるだけではなく、

  • 物価以上に賃金がしっかりと上昇している
  • 雇用情勢が改善し、人々が仕事を得やすい
  • 個人消費や経済全体が力強く成長している
  • 国民が将来に明るい展望を持てる状況になっている

といった、もう一段踏み込んだ状態を意味すると解説されています。そのため政府は、「デフレ完全克服」という言葉を使うことを慎重に避け、代わりに「デフレに後戻りしない」「成長型経済への移行」といった表現を用いています。

また、政府は自ら定義した「デフレ脱却」の要件として、「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと」を挙げています。最近では、賃金上昇や価格転嫁の状況などにも注意を払うなど、「もう二度とデフレに戻らないか」を重視しているのが特徴です。

日銀の目標:2%の「物価安定」とは何か

一方で、日銀の目標は「デフレ完全克服」そのものではなく、『物価安定のもとでの持続的な経済成長』を実現するための手段として、2%の物価安定目標を掲げているという位置づけです。

これは、2013年の政府・日銀の共同声明でも示されており、政府と日銀がそれぞれ異なる手段でそれぞれの目標達成を目指すという構図になっています。つまり、

  • 政府:財政政策や構造改革などを通じて「デフレ完全克服」「持続的成長」を目指す
  • 日銀:金融政策を通じて「2%前後の物価安定」を実現し、経済成長を支える

という役割分担です。

なぜ「当面達成できない目標」と言われるのか

エコノミストの見方:両方ともハードルが高い

NRIのエコノミストの解説では、「政府のデフレ完全克服」と「日銀の2%物価安定」は、ともに当面達成できない目標だと位置づけられています。

背景には、次のような事情があります。

  • インフレ率は2%台に接近しているものの、エネルギーや輸入物価要因の影響が大きく、賃金主導の安定した物価上昇にはなり切っていない
  • デフレ脱却後も、再びデフレに戻らないと自信を持って言えるほど、賃金・物価の好循環が安定しているわけではない
  • 日銀は、大規模な金融緩和からの「正常化」に踏み出しており、金利引き上げと物価安定の両立が非常に難しい局面にある

IMF(国際通貨基金)の最新の見通しでも、日本のインフレ率は「2025年終盤に日銀の2%目標に収れんする」とされる一方、潜在成長率は中期的に0.5%程度にとどまると見込まれており、物価と成長の両方を理想的に達成するのは簡単ではありません。

政府が「デフレ脱却宣言」をためらう理由

政府の経済対策の説明ぶりを見ると、「長きにわたったコストカット型経済から脱却し、デフレに後戻りせず、『賃上げと投資が牽引する成長型経済』に移行できるかどうかの分岐点にある」と評価しており、実質的には「デフレからは脱却した」と考えているようにも読めます。

それでもなお、「デフレ脱却」をはっきり宣言していないのは、

  • 賃金や物価の動きが、まだ一時的な要因に左右されやすいこと
  • 「デフレ完全克服」と宣言してしまうと、積極財政の根拠が弱まりかねないこと
  • 「もうデフレには戻らない」と言い切れるほど、国民のデフレマインドが払拭されていないこと

などが理由と見られています。こうした点から、政府が「デフレ完全克服」を宣言する可能性は、少なくとも近い将来には低いと専門家はみています。

「かじ取りを誤るとデフレに戻る」リスクとは何か

財政・金融のかじ取りが難しい理由

政府の文書や有識者の分析では、「少なくとも2025年度にデフレに後戻りすることは考えていない」としつつ、同時に「デフレに後戻りするリスク」を強く意識していることがうかがえます。

とくに重要なのは、次の2つです。

  • 財政運営:過度な歳出削減や増税が早すぎると、需要が冷え込み、デフレ圧力を高めるおそれがある
  • 金融政策:金利引き上げや金融緩和縮小を急ぎすぎると、景気や物価が再び弱含み、デフレ懸念が再燃しかねない

こうしたバランスの難しさから、財務大臣が「かじ取りを誤るとデフレに戻る可能性がある」と発言した趣旨は、財政と金融の正常化を進めつつも、景気や物価を冷やしすぎないよう慎重に運営する必要がある、という警戒感だと理解できます。

政府文書にもにじむ「デフレに戻さない」強い意識

政府の「新しい資本主義」の実行計画でも、「日本経済を絶対にデフレ時代に後戻りさせることのないように、官の取組を進めなければならない」と明記されています。また、総合経済対策でも「デフレに後戻りすることのない物価安定の下での持続的な経済成長」を強調しており、政策の根底に「二度とデフレに戻さない」という強い意思があることが分かります。

一方で、民間シンクタンクなどは、「今の日本経済にデフレに後戻りするリスクは本当にあるのか」を問い直し、「少なくとも政府自身は、2025年度にデフレに戻るとは想定していない」と指摘しています。つまり、リスクとしては強く意識しつつも、ベースラインのシナリオとしては『デフレには戻らない』という見通しが共有されつつあると言えます。

日銀が直面する「二兎」:物価安定とバランスシート縮小

異次元緩和の「後始末」という課題

日銀は、アベノミクス以降、長く続いた大規模な金融緩和によって、国債やETFなどを大量に購入し、自らのバランスシート(資産・負債の規模)が大きく膨らんだ状態にあります。2024年以降、日銀は「2%の物価安定の目標が、持続的・安定的に実現していくことが見通せる状況に至った」と判断し、異次元緩和に一つの区切りをつけました。

しかし、ここから先は、

  • 物価安定を損なわないようにしながら
  • 膨らみ切ったバランスシートを、時間をかけて縮小(正常化)していく

という、新たな課題に直面しています。これが、よく言われる「物価安定とバランスシート縮小という二兎を追う日銀」という構図です。

なぜ二兎を同時に追うのが難しいのか

バランスシートを縮小するには、国債購入額を減らしたり、保有残高を徐々に減らしたりする必要があります。その過程で、金利が上昇しやすくなり、

  • 企業の借入コストが上がる
  • 住宅ローンなど家計の負担が増える
  • 株価や不動産価格に下押し圧力がかかる

といった副作用を通じて、景気や物価の下押し要因となる場合があります。

一方、金融緩和を続けすぎると、円安を通じて物価が過度に押し上げられたり、資産価格のバブルを招いたりするおそれがあり、逆に「2%の物価目標」から上振れしてしまうリスクも指摘されています。

そのため日銀は、

  • 過度な金融緩和を縮小するために政策金利を引き上げつつ
  • それが景気や物価の腰折れにつながらないよう、ペースやタイミングを慎重に調整する

という、非常に繊細なかじ取りを求められています。この調整に失敗すると、「デフレに戻る」あるいは「過度なインフレ」に傾くリスクがあるため、まさに「二兎を追う」難しい局面だと言えます。

暮らしへの影響:私たちは何を押さえておけばよいか

賃金と物価の「順番」が重要

政府が「デフレ完全克服」を慎重に扱う理由のひとつは、賃金より先に物価だけが上がる状況は、決して望ましいとは言えないからです。

IMFの分析では、日本では1990年代以来最も力強い賃金上昇が見られる一方で、インフレ率は2年以上にわたり日銀目標の2%を上回ってきたとされています。この動きが、

  • 一時的なコスト上昇(円安・輸入価格の上昇など)にとどまるのか
  • 賃金と物価の好循環に結びついていくのか

が、今後の日本経済にとって非常に重要なポイントです。

「デフレマインド」からの脱却という長期戦

政府文書には、「官民で消費者のデフレマインドを払拭していく」との記述もあり、人々の意識や行動を変えていくことも課題とされています。

長年のデフレ環境のもとで、

  • 「値上げは悪いこと」という感覚
  • 「給料はなかなか上がらない」というあきらめ
  • 「どうせ物価は上がらないから、今は買わなくていい」という先送り

といった意識が根付いてきました。これらを変えていくには、時間も経験も必要です。物価が安定して緩やかに上がり、それ以上に賃金が上がる状態を、私たち自身が何年にもわたって実感できるかどうかが、大きな鍵となります。

おわりに:当面は「慎重なかじ取り」が続く

まとめると、

  • 政府の「デフレ完全克服」も、日銀の「2%物価安定」も、現時点では達成のハードルが高いとみられている
  • ただし、政府や国際機関は、少なくとも直近で「デフレに逆戻りする」とは想定しておらず、むしろ「戻さない」ことに強い意志を示している
  • 日銀は、「物価安定」と「バランスシート縮小」という二つの難しい課題を同時に進める局面にあり、そのかじ取りが日本経済全体に大きな影響を与える

しばらくのあいだ、日本経済は「デフレでもないが、デフレ完全克服とも言い切れない」微妙な状態が続くとみられます。その中で、政府・日銀の政策運営がどれだけ丁寧に行われるか、そして企業や家計がどれだけ前向きに賃上げや投資・消費に踏み出せるかが、次のステージへの分かれ道になっていきます。

参考元