資生堂が520億円の過去最大赤字へ転落——低価格ブランド売却とM&A戦略の迷走が招いた構造的危機

化粧品大手の資生堂が、2025年12月期の連結最終損益の見通しを520億円の赤字へと大幅に下方修正した。従来は60億円の黒字を見込んでいただけに、その落差は劇的だ。この赤字転落は2年連続となり、会計基準の変更を考慮しない比較では過去最大の赤字幅となる。日本を代表する化粧品メーカーが直面する経営危機の背景には、過去の戦略的な判断ミスと現在の市場環境の悪化が複雑に絡み合っている。

赤字転落の最大の要因は、アメリカの化粧品ブランド「ドランク・エレファント」の販売不振に伴う約468億円の減損損失だ。同ブランドは2019年に約900億円で買収されたものの、新興ブランドの台頭により苦戦が続いてきた。身体や環境にやさしい成分を謳ったコスメとして当初は支持を集めたが、市場の競争激化の中で存在感を失っていった。この巨額の減損計上により、資生堂の経営体質の脆弱さが一気に露呈することとなった。

相次ぐ人員削減と構造改革の加速

藤原憲太郎社長兼CEOは11月10日、この業績下方修正に伴う構造改革の一環として、本社の社員を対象に約200人の希望退職募集を決定したことを明かした。これは2024年9月の日本事業での約1500人の人員削減、そして2025年7月のアメリカ事業での約300人の人員削減に次ぐものだ。三段階にわたる大規模な人員施策により、資生堂は年間250億円のコスト削減を見込んでおり、2026年にはこうした改革効果の実現を目指している。

特別加算金などの退職費用として約30億円を計上する予定であり、募集期間は12月8日から26日までとされている。退職日は2026年3月31日の予定だ。こうした人員削減に加えて、ブランドの選択と集中が重点施策として掲げられている。

アジアの革新施設閉鎖と文化施設の再編

構造改革はグローバル拠点の整理にも及んでいる。資生堂は、アジアの生活者を対象とした新製品開発に取り組んできたシンガポールの「アジアパシフィックイノベーションセンター」と韓国の「コリアイノベーションセンター」の閉鎖を決定した。また、静岡県掛川市にある「企業資料館・アートハウス」の一般公開機能も終了する予定だ。アート&ヘリテージ機能の一部は、横浜のグローバルイノベーションセンターと銀座の資生堂ギャラリーへと移管される方針である。

売上高の見通しも9950億円から9650億円へ下方修正され、営業損益は従来の135億円の黒字から420億円の赤字へと転換した。これは中国市場やトラベルリテール事業の減収に加え、米国事業でのスキンケアブランドの販売不振が影響している。

戦略的失敗の積み重ね——「TSUBAKI」と「uno」売却の後悔

現在の危機的状況を招いた根本的な原因は、前社長・魚谷雅彦時代の経営判断にさかのぼる。特に2021年に国内の日用品・ヘアケア事業の看板ブランドである「TSUBAKI」と「uno」を、投資ファンドに1600億円で売却したことが、その後の経営を大きく制約することになった。

業界関係者からは、この売却判断への後悔の声が漏らされている。国内の日用品・ヘアケア事業は低価格で利幅は薄いものの、ブランド力により需要の底割れを防ぐことができたはずだという指摘だ。固定費をカバーできるだけの安定した売上を確保できていたにもかかわらず、経営の多角化を名目にこれらの優良ブランドを手放してしまったのである。

皮肉にも、これらのブランドを引き継いだファイントゥデイグループ傘下では「TSUBAKI」などが売上好調を続けており、資生堂が失った利益を他社が享受する形となっている。この戦略的失敗は、単なる過去の判断ミスではなく、現在の経営危機の源流として機能し続けているのだ。

中国市場の不振と地政学的リスク

売上高の下方修正には中国市場やトラベルリテール事業の減収も大きく影響している。中国は化粧品メーカーにとって重要な成長市場であるはずだが、資生堂にとっては課題となっている。かつて資生堂は中国で不買運動に直面した経験を持ており、地政学的リスクと市場環境の不確実性が常に付きまとっている。

日中関係が悪化の局面にある現在、こうした過去の経験が再び表面化する可能性も懸念される。グローバル企業として中国市場への依存度を考えれば、政治的な変動が経営に直結する構造的な脆弱性を抱えているといえるだろう。

グローバルトランスフォーメーションと再生への道

藤原社長は「苦しい構造改革期を経て、新たな成長軌道へと舵を切る」と強調している。今回発表された人員削減やコスト削減は、いわば「グローバルトランスフォーメーション」という大型施策の総仕上げという位置付けだ。2026年には250億円の削減効果の実現が見込まれており、これを基盤として次のフェーズへの移行を目指すということであろう。

しかし、こうした改革の成功は決して確実ではない。過去の戦略的誤判断がもたらした構造的な脆弱性を、短期的なコスト削減だけで乗り越えられるのか。グローバル市場での競争が加速する中で、資生堂が本当の意味での競争力を取り戻せるのか。市場関係者の間では、慎重な見方が多く広がっている。

資生堂の株価は、こうした一連の経営危機を反映して変動を続けることになるだろう。投資家にとって重要なのは、当面の赤字転落ではなく、その先にある企業の再生戦略が本当に機能するのかという点である。構造改革による250億円のコスト削減効果がどの程度実現されるのか、そして海外事業の回復がいつ訪れるのか——これらが資生堂の将来を左右する重要な指標となるはずだ。

経営危機の渦中にある資生堂は、今、本当の意味での変革を迫られている。低価格ブランドの売却による短期的な利益確保、そしてM&A戦略の失敗による構造的な競争力低下から脱却できるかどうか。その答えが出るまで、市場の目は資生堂から離れることはないだろう。

まとめ——試される改革実行力と経営判断

資生堂が直面する520億円の過去最大赤字は、単なる一年の経営成績の悪化ではなく、過去の戦略的失敗と現在の市場環境悪化が複合的に作用した結果である。低価格ブランドの売却、米国のM&Aの失敗、中国市場の不振——これらが層状に積み重なった時、企業の経営体質は大きく揺らぐ。

今後の資生堂の再生は、発表された構造改革がいかに実行されるか、そして新たな成長戦略がいかに機能するかにかかっている。投資家と市場は、その試行錯誤の過程を注視し続けることになるだろう。

参考元