シャープ、波乱の10年と新たな転機――液晶工場売却の衝撃

かつて「電機王国ニッポン」の象徴といわれたシャープ。2025年5月12日、三重県亀山市の「世界の亀山」ブランドで名高い液晶パネル工場を親会社・台湾の鴻海精密工業に売却すると発表しました。この決断は、シャープの歩みと日本の家電産業の変容を象徴する大きな出来事です。

「世界の亀山」工場、鴻海へ――その背景にある経営の苦境

2000年代前半、日本発の高品質薄型液晶テレビで世界を席巻した「世界の亀山モデル」。その工場こそ、今回売却される亀山第2工場です。しかしスマートフォンや中小型テレビ市場の成長鈍化、そして熾烈な価格競争に伴う収益悪化は、シャープにとって大きな痛手でした。

  • 液晶パネルの生産縮小により、2025年時点で亀山第2工場の稼働率は約25%まで低下
  • 2024年度の売上高は2兆1601億円(前年同期比7%減)。黒字転換したものの、本格的回復とは言えない状況
  • 売却後も、亀山第2工場のパネル供給を受けシャープのブランド販売は続く見通し

今回の売却は、シャープが長年掲げてきた「自社生産によるメイド・イン・ジャパン」の終焉ともいえる大転換であり、液晶事業の構造改革の集大成と位置づけられます。

「台湾・鴻海流改革」10年の軌跡

2016年、経営危機にあったシャープを救ったのは台湾・鴻海精密工業(ホンハイ)です。以降は資本提携を核に、収益改善と事業再構築を進めてきました。この10年は、シャープにとって価値観の転換期でもありました。

鴻海流の「選択と集中」を徹底し、利益率が低い事業の撤退や整理が進みました。堺工場の大型液晶生産は既に終了しており、土地や建物も別企業に売却済みです。また、近年は中小型液晶に関しても鴻海からの調達に切り替え、生産拠点の自社保有にこだわらず、コスト競争力やブランド力で勝負する「経営再設計型モデル」へと舵を切りました。

  • 「日の丸液晶」の象徴であった自社生産から、ファブレス(工場非保有型)ブランド志向へ
  • 鴻海グループの製造力・調達力を最大限活用する体制
  • 今後のディスプレイ事業は、競争優位性の高い車載向け、モバイル向け、産業用途中心に絞り込み

日本発のカリスマ創業経営から、国際経営への転換。この10年間でシャープに訪れた変化は、日本企業のあり方そのものに問いを投げかけています。

シャープ社長インタビュー――生き残り策と未来への布石

市場構造の変化を前にして、シャープはどのような未来像を描いているのでしょうか。最新の社長インタビューでは、次の成長戦略としてAIサーバーや電気自動車(EV)向け事業の育成方針を明らかにしています。

  • AIサーバー事業:高速処理やデータ解析、IoT時代に不可欠な計算基盤分野での新規事業開拓
  • EV分野:電動車両の普及を見越し、車載ディスプレイやパワーエレクトロニクス部品などで強みの確立を目指す
  • 複合機・白物家電事業:「生き残り」をかけて事業再編成。家庭向け・業務用ともに新ソリューションを展開

特に白物家電については、従来のBtoC(一般消費者向け)販売だけでなく、BtoB(業務用)の分野で再成長を目指しています。セブン-イレブンの店内厨房機器を受託製造することで、業務用調理家電の高付加価値化に成功。これが、新たな収益基盤のひとつとなりつつあります。

国内白物家電の新たな戦略――“業務用で再成長”をねらう

一時は中国・東南アジアなど海外勢に押され、苦境が続いた日本の白物家電。しかしシャープは、一般家庭向けだけでなく、企業や小売業をターゲットにした業務用家電分野での巻き返しを図っています。

  • セブン-イレブンをはじめとしたコンビニ業態の厨房機器を手掛け、安定した取引と収益創出
  • 食材管理や調理の自動化に対応したIHクッキングヒーター、冷蔵庫、スチームオーブンなど
  • 脱炭素、省人化ニーズに応えるエネルギー効率の高い商品群を展開

こうしたBtoB志向の強化は、従来の「家電=家庭用」イメージを覆すとともに、同社の製造技術やノウハウを最大限に活かす戦略のひとつです。

本社移転と「ブランド経営」への本格シフト

2026年3月には、堺市南区にあった本社を大阪市中央区へ移転する計画も発表されています。これは、枠組みとしての「ものづくり企業」から、「ブランド力を軸とした総合ソリューション企業」への進化の象徴的な出来事です。

消費者・社会に残る「シャープらしさ」とは?

液晶テレビという主力事業を大きく手放した今、「シャープらしさ」はどこにあるのでしょうか。シャープは、創業以来110年にわたる技術志向・商品開発DNAをいま一度見直し、多様なユーザーへの貢献という理念を掲げています。

  • 最先端のデジタル技術に対応した家電、オフィス機器、産業ソリューションへの注力
  • 「目のつけどころがシャープでしょ。」に象徴される独自性と先進性
  • 生活インフラや社会課題解決に資する商品・サービスによる新たな「信頼ブランド」創造

今後は、グローバル市場をにらみつつも、国内外の「社会課題ソリューション」としての商品開発や事業展開に強みを発揮していくことが期待されています。

まとめ――「シャープの改革」は何を問い、どこへ向かうのか

液晶事業が一時代の終焉を迎え、鴻海流改革を経たシャープは、選択と集中を徹底した新たな事業戦略にかじを切りました。伝統のメーカー型経営から、調達とブランド経営を融合させた多層的な成長を模索しています。

AI時代におけるサーバー分野やEV関連分野、さらには業務用白物家電という“未来志向”の成長領域へ。今なお、「尖った発想力と現場力」で社会の最前線に存在感を示すシャープの動向から目が離せません。

参考元