「コメバブル」の行方と神明ホールディングスの危機感 ―高止まりする米価、備蓄政策、主食の未来を考える
いま、日本のコメ市場が大きく揺れています。スーパーでは5キロ数千円という過去にない高値が続く一方で、数年先には「暴落」の懸念も語られはじめました。こうしたなか、コメ卸最大手の神明ホールディングスが発する警鐘や、政府・JA・生産者の動きが注目されています。
本記事では、
- 鈴木憲和農林水産相の「おこめ券」発言
- JAによる政府備蓄米買い上げ見込みと価格高止まり問題
- 「コメクライシス」と呼ばれる揺れるコメ政策の現状
- 神明ホールディングス藤尾益雄社長の「暴落」警告と提言
といったニュースを手がかりに、いま起きていることをやさしく整理しながら、コメの未来を一緒に考えていきます。
高すぎるコメの値段と消費減退
まず、家計を直撃しているのが、コメの店頭価格の高止まりです。農水省の調査では、スーパーで販売される精米5キロあたりの平均価格は約4300円とされています。東京都内のデータでは、コシヒカリが5キロ5400円台、それ以外の銘柄も5300円台と、いずれも高値が続いています。
現場の感覚としても、「5キロ4000円を切る米も時々見かける」が、依然として高い水準だという声が伝えられています。こうした高値は、
- JAが農家から買い取る際の概算金(前払い金)が大きく上がったこと
- 2025年産米の集荷価格が、24年産と比べて1.5倍程度に跳ね上がったこと
などが背景にあります。JAが高値で集めたコメは、卸に渡る段階でも高くなり、最終的にスーパーの販売価格や、外食・中食向けの業務用米価格にも影響しているのです。
その結果、消費者は
- パンや麺など他の主食へシフト
- 外食業者は外国産米への切り替え
を進めており、コメの消費量は8カ月連続で前年割れという状況まで伝えられています。この「高すぎて売れない」状態が、のちほど述べる価格暴落のリスクにつながっていきます。
「おこめ券」発言と政治の動き
こうした中で話題となったのが、鈴木憲和農林水産相による「おこめ券」活用の発言です。物価高対策として、生活者に現金給付だけでなく「おこめ券」のような形でコメ消費を下支えする案が語られ、注目を集めました。
鈴木氏は自民党内でも農水族エリートと評され、旧茂木派の出身という政治的背景も相まって、その発言は与党内評価を二分する形になっています。コメをめぐる政策が、
- 物価対策としての「家計支援」
- 農業・農村を守るための「生産者支援」
のどちらに比重を置くのかという、難しいバランスの中で論じられていることがうかがえます。
JAと政府備蓄米:なぜ価格が下がらないのか
次に、ニュースで取り上げられているのが、JA(農協)による政府備蓄米買い上げの見込みと、それを背景にした価格維持の問題です。
専門家の解説によれば、いま市場には「コメが余っている」のに、なかなか価格が下がっていません。その理由の一つとして、
- JAが「政府が備蓄米として買い上げてくれるだろう」と見込み
- 余剰気味の古いコメについても、価格を大きく下げずに対応
- 「古いコメは食用向きでない」などと説明しつつ、安売りを抑制
といった構図が指摘されています。このように、政府による備蓄政策が、結果として市場価格の高止まりを支えている側面があるわけです。
一方で、備蓄米の買い入れには、
- 国内の食料安全保障を守る
- 不作年や災害時に備える
- コメ価格の急落を防ぐ「セーフティーネット」として機能する
という重要な役割もあります。ですから、「備蓄米が悪い」という単純な話ではなく、どの水準で・どのタイミングで・どれだけ備蓄するのかが政策の腕の見せどころになります。
神明ホールディングス藤尾社長の「暴落」警告
そこで強い危機感を示しているのが、コメ卸最大手の神明ホールディングスです。同社の藤尾益雄社長は、
- 神戸新聞のインタビュー
- 米生産者大会での講演
- 農業専門紙でのインタビュー
などを通じて、相次いで「米価暴落」の可能性を訴えています。
藤尾社長が根拠として挙げるのは、2026年6月末の民間在庫量の見通しです。最大で229万トンと予測され、「過去にないくらい最大になる」と指摘しています。これは、過去10年で最も在庫が高かった2015年の226万トンに匹敵する水準です。
在庫がここまで積み上がる背景には、
- 2025年産米が不足懸念を受けて増産されたこと
- 高値を見込んで作付けが拡大したこと
- さらに輸入米の拡大も重なって、供給量が大きく増えること
- 一方で、高価格が原因で消費が減っていること
があります。つまり、「高値を狙って増産した結果、コメが余って価格が一気に下がる」という、典型的なバブル崩壊のパターンが懸念されているのです。
藤尾社長は、生産者大会で「このままいけば(米価格が)暴落するのは間違いない」とまで発言し、業界内外に衝撃を与えました。
スーパーの価格は下がるのか?
「コメが余るなら、店頭価格もすぐ安くなるのでは」と思われるかもしれません。しかし、現場の状況はもう少し複雑です。
藤尾社長は、大阪の小売店で「5キロ3480円」で売られていた例を紹介し、兵庫県でも「5キロ4000円を切る米も時々見かける」と述べています。東京都内でも、ディスカウント店で「ななつぼし」の新米が5キロ3980円、複数原料米(国産)が3760円で販売されるなど、一部では値下がりの兆しも見られます。
しかし、
- 精米で仕入れた量販店は、精米日から1カ月以内に売れないと価格を下げざるを得ない
- 精米後は酸化が進み、おいしく食べられるのは冬場で精米から1~2カ月とされる
といった事情があり、
- 売れ残りそうな商品は値下げ
- 回転の良い銘柄やブランド米は高値維持
という部分的な値下がりにとどまっています。さらに、統計上は依然として高止まりの数字が続いていることから、消費者の実感として「十分に安くなった」とは言いがたい状況です。
「5キロ3500円で売れるように」業界への呼びかけ
藤尾社長が特に強調しているのは、
「みんなで5キロ3500円で売れるようにしていかないと」
というメッセージです。この水準であれば、
- 消費者から見て「高すぎて買えない」とまでは感じにくい
- 生産者にとっても、急激な価格下落で経営が成り立たない、という事態を避けやすい
- 中食・外食産業も、国産米を使い続けられるギリギリのライン
といった、いわば「落としどころ」に近い水準だという問題意識があります。
実際、現状では1キロあたり700円超のコメでは外食産業の採算が合わず、「それなら外国産米でいい」と言われてしまうという現場の声も紹介されています。このまま国産米が高止まりすれば、
- コンビニおにぎりの価格が200円超、プレミアム品なら300円超になる可能性
- パックご飯などコメ関連食品の値上げラッシュ
が予想され、中長期的に国産米離れを加速させかねません。
「備蓄米買い入れを打ち出せ」神明の政策提言
では、どうすれば「暴落」を避け、ほどよい価格帯で安定させられるのでしょうか。藤尾社長は、インタビューの中で、政府に対して備蓄米買い入れの強化を強く求めています。
具体的には、
- 「備蓄米買い入れをもう打ち出せ」と国に言いたい
- 2025年産米については30万トン規模の買い入れ案を提示
- 2026年6月末に見込まれる民間在庫約230万トンから30万トンでも引かれれば、適正在庫に近づくと指摘
しています。つまり、
「高すぎる今のうちに、政府が戦略的に在庫を吸収することで、将来の暴落を防ごう」
という考え方です。これは、一見すると価格を下支えする「農家側寄り」の政策にも見えますが、藤尾社長は、
- 高値が続けば国産米離れが進み
- その反動で一気に価格崩壊が起こる
- 結果として「農家も消費者も困る」
という長期的な悪循環を避けるための方策として提案しています。
新潟の生産者が見つめる「減反」と主食の未来
ニュース特集「コメクライシス」では、新潟の生産者が、かつての減反政策(作付け制限)と向き合ってきた経験から、いまの状況をどう見ているのかが伝えられています。
長年、
- 「作るな」と言われてきた時代から
- 一転して、需要を上回る増産に向かった今
という歴史の振り子を見てきた農家にとって、「また同じことを繰り返しているのではないか」という複雑な思いもあるようです。
特集では、
- 主食としてのコメの位置づけが、人口減少・ライフスタイルの変化で揺らいでいること
- 新潟のようなコメどころでも、後継者不足や高齢化の波が押し寄せていること
- 高価格が続けば、消費減と輸入米シフトが進み、地域ブランドや水田農業そのものが危うくなること
などが語られ、「主食の未来」を真剣に問い直す声が紹介されています。
JAの役割と長期契約の重要性
こうした中で、神明ホールディングスはJAグループに対しても期待と注文の両方を表明しています。
藤尾社長は、
- JAは「農家のインフラ」としての役割がある
- コメの安定供給のためには長期契約が重要だと強調
- 高値・暴落を繰り返さない仕組みづくりに、JAと卸が連携する必要がある
と語っています。実際に、新潟のJAグループでは、
- 2026年産米についても、概算金の「最低保証額」を作付け前に提示する方向で検討
- 生産者が安心して作付けできるようにすることを、JAの役割と位置づけている
といった動きも出ています。これは、
「いくらで買ってもらえるか分からないから作れない」
という不安を和らげるだけでなく、過度な増産・急激な減産を避ける効果も期待されています。
神明ホールディングスの取り組みと「多収米」
神明HDは、単に市場を見守るだけでなく、自社グループとしての取り組みも進めています。その一つが、関連会社神明育種研究所による多収米の研究です。
従来、多収品種は晩生(おそく実る品種)が多く、天候リスクが大きいという課題がありました。そこで、同研究所ではできるだけ早生の多収品種を開発し、「ふじゆたか」という品種を育成したと紹介されています。
多収品種を導入することで、
- 「1俵あたり何円」ではなく「1反あたり何円」という考え方で
- トータルの手取り収入を増やす
という発想への転換を促しています。これは、
- コメ価格が多少下がっても
- 収量を増やすことで、生産者の所得を補える
という意味で、一つのリスク分散策とも言えます。
「コメクライシス」をどう乗り越えるか
ここまで見てきたように、現在のコメをめぐる状況は、
- 高価格による消費減退と輸入シフト
- 増産と輸入拡大による在庫の積み上がり
- 将来の価格暴落リスク
- 減反から増産へと揺れてきた政策の迷い
- 生産者の生活と主食文化の維持
といった、複数の課題が絡み合った「コメクライシス」とも呼べる状況です。
神明ホールディングスは、その渦中で
- 「5キロ3500円」という現実的な価格目標
- 政府備蓄米の戦略的買い入れ
- JAとの連携による長期契約
- 多収米など品種・技術の面からの解決策
を組み合わせて、ソフトランディングを図るべきだと訴えています。
一方で、政治の側では、「おこめ券」など消費者支援策の是非や、備蓄政策のあり方をめぐる議論が続いています。新潟の生産者が語るように、コメは単なる商品ではなく、地域の風景や文化、水田がはぐくむ環境そのものとも深く結びついています。
コメを「高級品」として一部の人だけが食べるものにしてしまうのか、それとも「誰もが日常的に手に取れる主食」として守っていくのか。その分かれ目に、いま私たちは立たされているのかもしれません。



