約40年ぶりの大改正が先送り 高市首相が労働基準法改正で方針転換
2026年の通常国会での提出が予定されていた約40年ぶりの労働基準法の抜本的な見直しが、当初の目標から先送りされることが明らかになりました。高市首相は総裁選の演説で「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てます。働いて働いて働いて働いて働きます」と述べるなど、働くことへの強い姿勢を示してきました。しかし、今回の改正延期の決定には、政権が掲げる「働きたい人がもっと働ける社会」という方針と、厚生労働省が進める長時間労働の是正という二つの異なる流れが影響しているとみられます。
厚労省と政権で対立する労働時間規制の方向性
労働基準法改正をめぐり、現在、大きな方向性の違いが浮き彫りになっています。
厚生労働省の立場としては、約40年ぶりとなる大幅見直しに向けて、以下のような長時間労働の是正に重点を置いた改正を検討しています。
- 勤務間インターバル制度の義務化(原則11時間を軸とした議論)
- 14日以上の連続勤務を禁止するための規制整備
- 「つながらない権利」を踏まえた勤務時間外の連絡の扱い
- 一人親方・フリーランスの「労働者性」の見直し
一方、高市政権の立場は労働時間規制の緩和に前向きで、以下のような方針を示しています。
- 「働きたい人がもっと働けるようにする」
- 「残業規制で収入が減り、慣れない副業で体調を崩す人がいる」という問題提起
- 労働時間規制の見直し・緩和
この対立する二つの方向性が、改正の先送りという結果につながったと考えられます。
改正案に盛り込まれていた主な内容
今回の労働基準法改正では、働き手の心身を「守る」視点と、多様な働き方を「支える」視点の両立が掲げられていました。具体的には以下のような改正が検討されていました。
フレックスタイム制の柔軟化
現行のフレックスタイム制は、すべての日に適用する必要がありました。改正案では、例えば月・水・金は通常の勤務時間で、火・木はフレックスが使えるハイブリッド方式「部分フレックス制度」の導入が検討されていました。これにより、企業と働き手の両方のニーズに対応できる柔軟な制度設計が可能になるはずでした。
「週44時間特例措置」の撤廃
小売業や飲食業、病院や介護施設などの小規模事業場(10人未満)では、法定労働時間が週40時間から週44時間となる特例が認められていました。しかし、すでに約9割近くの企業が週40時間以下で運用している実態もあり、これに合わせて週40時間へ移行する検討が進められていました。
勤務間インターバル制度の導入促進
終業から始業までに一定の間隔(休息時間)を置く制度です。一部を除いて2019年に9時間~11時間の間隔を設けるよう努力義務化されていましたが、欧米を参考に原則11時間のインターバルを義務化することで議論されていました。
有給休暇制度の改善
改正では、有給休暇を取得し安心して休めるよう、原則として「所定時間働いた場合に支払われる通常の賃金」を支払う方式へ統合していく方向が検討されていました。
高市政権が目指す「規制緩和」の可能性
一方で、高市政権が新たに立ち上げた日本成長戦略会議と足並みを揃え、国際競争力を高めるために、以下のような一歩踏み込んだ改正が行われる可能性も指摘されています。
- 残業時間そのものの上限規制撤廃または労働時間の柔軟化
- 一部の業務に限定されている裁量労働制の拡大
- 集(組織)でなく個(従業員個人)ごとの同意による労働時間のカスタマイズ化
これらの方針を反映した議論が来年以降に行われ、労基法改正に盛り込まれるのではないかと予想されています。
経済団体からの要望も改正方向に影響
2025年11月、経済団体が高市総理に提出した要望書には、労働時間規制の見直しに関する内容が含まれていました。経団連からの要望には「健康への十分な配慮を前提とした、柔軟で自律的な働き方を可能とする労働時間法制への見直し(裁量労働制の拡充)」、日商からの要望には「中小企業の実態を踏まえた働き方改革の効果検証および労働時間規制の見直し」といった内容が含まれています。
こうした経済界からの要望も、高市政権の規制緩和方針の背景にあるものと考えられます。
中小企業が直面する現実
労働時間規制の見直しが議論される背景には、中小企業が直面する厳しい現実があります。
- 「人が少なすぎて、今でもギリギリで回している」
- 「社長や管理職が自分の健康を削って帳尻を合わせている」
- 「求人を出しても、長時間労働のイメージで応募が来ない」
こうした課題を抱える企業にとって、労働時間規制の緩和は、経営を維持するための重要な施策と考えられているのです。
短期と長期の時間軸のズレ
今回の改正先送りの背景には、時間軸の違いも影響していると考えられます。
厚生労働省が進める労基法改正は、長期的な健康・持続可能性を重視し、2~3年先を見据えた制度設計を目指しています。一方、規制緩和的な発言・政策は、目先の景気・税収・成長率など、比較的短期の数字を意識したものになっています。
この短期と長期の時間軸のズレが、改正方針の決定を難しくしている要因の一つとなっているのです。
今後の見通し
労働基準法の改正は、単なる法律の変更ではなく、私たちの日常の働き方に直結するものです。来年度以降、改正に関する議論がさらに進められることが予想されます。
今回示された改正案のポイントは、以下のような方向性を持っています。
- 画一的な働き方を時代に合わせてより柔軟性を持たせること
- 働き手が自分の意思で働き方を選択できる制度を広げること
改正が実現されれば、企業だけでなく個人に対しても、「どう働きたいのか」、「どうありたいのか」を問われることになるでしょう。
労働基準法の基本理念である「①最低基準を定めて働き手の生活を守る」「②労使で対等な立場でルールを決める」を残しつつも、今後の大改正がどのような形で実現されるのか、その動向に注目が集まっています。



