「沈黙のCEO」が初告白――ピーチが挑む“安かろう悪かろう”からの逆襲戦略とは

ピーチ・アビエーション株式会社(以下、ピーチ)は日本初のLCC(ローコストキャリア)として2012年に誕生し、航空業界に新たな潮流を生み出しました。その10年以上にわたる歴史と、パンデミックを乗り越えた経営改革、そして今大きな転機を迎えつつある背景について、現CEOである大橋氏がついにメディアへ初めて胸の内を明かしました。

ピーチ設立から現在までの歩み

2012年に関西国際空港を拠点に就航を開始したピーチは、アクセスしやすい運賃設定を強みに多くの利用者を獲得します。当初のCEOである井上慎一氏は積極的なメディア露出でブランドの認知度を急速に高め、その後はANAホールディングスのトップへと転じていきました。その強い牽引力が今のピーチの基盤となったのは間違いありません。

しかし、創業から数年で

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による大打撃

が訪れ、航空業界全体が苦しい局面に陥ります。この危機を舵取りしたのが2代目CEO森健明氏であり、事業の縮小・コスト削減などの対応で乗り切りました。

そして2023年春、新たにCEOとなったのが大橋氏です。就任以降、彼は一貫して慎重な経営姿勢を守り抜き、メディア露出をほとんど控えてきました。業界内外から“沈黙のCEO”とも呼ばれ、その戦略に注目が集まっていました。

「モモトレ」公開に込めた思い

2025年7月31日、大阪・関西国際空港近郊にオープンした複合訓練施設「MOMO TRAINING LAB(モモトレ)」は、ピーチにとって次なる成長の出発点となりました。この施設の公開日に、ついに大橋CEOが公式の場で説明責任を果たしたのです。

  • 「事業は安定に向かいつつあるが、次なる困難を乗り越えるには優秀な人材の力が欠かせない」と自らの言葉で強調。
  • 新施設はパイロット、キャビンアテンダント、整備スタッフといった現業職からマネジメント職まで幅広い研修・教育に対応。
  • 安全と品質、ローコスト化のバランスを追求し「安かろう悪かろう」批判を払拭するための象徴的な第一歩と位置付け。

“安かろう悪かろう”イメージとの決別

LCC業界は「運賃は安いがサービスや安全面は二の次」というイメージを持たれやすく、ピーチも例外ではありませんでした。とくに価格競争の中で、快適さや社員のスキル維持にかけるリソースが軽視される懸念が指摘されてきました。しかし大橋CEOは「ローコストだからこそ、無駄の排除と同時に根源的な価値の磨き直しが必要」と繰り返し語ります。

  • モモトレ施設では、シミュレーターによる操縦訓練や緊急時対応訓練、直近の事故・インシデント事例を反映したケーススタディを重視。
  • 定期的なスキルアップ機会を設けることで、「安全こそ最大の商品価値」と再定義。
  • 顧客とのコミュニケーション研修も徹底し、“クレーム=改善の糧”と前向きに受け止める文化醸成を図っている。

沈黙の真意と今後の成長戦略

メディア対応を控えてきた理由について大橋氏は「足元を固め、社員やパートナーと真正面から向き合うことが最優先だった」と説明します。加えて「すでに基礎はできた。これからは積極的な情報発信と巻き込み型の経営にシフトしていく」と今後の方針を明かしました。

  • 今後は国内外の新規就航都市の開拓、従来の地方路線強化、インバウンド需要の回復を見据えたダイヤ再編を積極推進。
  • AIを活用した予約システム導入や、二酸化炭素排出量削減に向けた燃費効率の高い新機材への更新も計画。
  • 社員の多様性と働きやすさを追求し、女性管理職の比率拡大や、外国籍社員の積極採用も目指している。

ピーチ流「進化型LCC」が描く未来像

ピーチはこれまで“ローコストの申し子”として、多くの人に空の旅の魅力を伝えてきました。しかし「安い価格を実現するために質を犠牲にする」という古いLCC像から、安全・品質・効率経営の三位一体を目指す進化型LCCへの挑戦が今本格化しています。

  • 社員一人ひとりが経営の主役になりうる自律的な組織運営。
  • 社会的責任と企業価値のバランスを保ちながら、高齢者や子ども連れ、障がい者の旅行機会も広く提供。
  • アジア圏のLCC各社とのアライアンスやデジタル技術の連携で、グローバル展開にも本格的に着手。

業界と社会からの期待と課題

日本の航空業界もLCCの台頭による変化が加速しましたが、ピーチのこれからの取り組みは国内外のエアラインビジネス全体にとっても大きな示唆を与えるものです。

  • LCCにおける安全管理、サービス品質維持への新たなスタンダードを打ち立てられるか。
  • 「価格」だけでなく「働く人」「利用する人」すべてにとって納得感のある企業モデルとは何か。

ピーチの逆襲シナリオは、単なるコスト競争への原点回帰ではありません。業界の価値基準を問い直す新たな「挑戦状」なのです。その最前線で静かに火蓋が切られた今、今後もピーチの一挙手一投足が注目を集めることになりそうです。

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