エヌビディアが描く「フィジカルAI」時代──インフラリセットからロボット、自動運転まで

AIの話題というと、これまではチャットボットや画像生成など、画面の中で完結する「デジタルAI」が中心でした。ところが、今世界の注目は、人やモノが動く現実世界にAIを浸透させる「フィジカルAI」に一気に向かい始めています。その中心にいるのが、GPU(画像処理プロセッサ)でAIをけん引してきたエヌビディア(NVIDIA)です。

ラスベガスで開かれているテクノロジーイベント「CES 2026」では、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが、次世代AIインフラ「Rubin(ルービン)」プラットフォームやフィジカルAI向けの新モデル群を次々と発表しました。また、自動運転や産業ロボットなど、現実世界のあらゆる分野を巻き込む「エコシステム戦略」も明らかになっています。

フィジカルAIとは何か?──「AIが現実世界で動き出す」転換点

フィジカルAIとは、簡単に言えば「AIが現実世界のモノを動かし、環境を理解しながら行動するためのAI」のことです。ロボット、自動運転車、工場の自動化機械、建設機械、物流ロボット、サービスロボットなど、物理的な世界で動くあらゆる機械にAIを組み込んでいく考え方です。

  • カメラやセンサーで周囲を「見る」
  • AIが状況を理解し、「どう動くか」を決める
  • モーターやアーム、車輪などを制御して実際に「動く」

この一連の流れを担うAIと、そのためのインフラ・開発ツール・半導体・ロボット群までを含めて「フィジカルAI」と呼んでいると考えると分かりやすいでしょう。

フアンCEOは2025年の講演で「フィジカルAI」という言葉を前面に出し、その後1年でこのフレーズは一気に広まりました。そしてCES 2026では、単なるスローガンではなく、具体的な製品・プラットフォーム・パートナー企業を伴った「本格的な事業構想」として提示されています。

AI時代の「インフラリセット投資」──10兆ドル規模の大転換

今回の発表で特に重要なのが、フアンCEOが語った「インフラリセット」という視点です。彼は、今AIの波の中で起きていることを「コンピューティングのプラットフォームが10〜15年ごとにリセットされる流れの最新ラウンドだ」と説明しました。

これまで企業やクラウド事業者は、主にCPUを前提としたサーバーやデータセンターに、累計で約10兆ドル規模の投資を行ってきたとされています。しかし、生成AIの普及により、膨大な計算を必要とするAI処理の比重が急速に高まり、中心はCPUからGPUへ移りつつあります。

フアンCEOは、AI需要が年単位で5倍、10倍というペースで増えていると指摘し、こうした需要に応えるために、世界中のコンピューティング資産がGPU中心のアーキテクチャへと「モダナイゼーション(近代化)」されていると説明しました。つまり、新しいお金が湧いているというより、既存のIT投資の行き先がAIインフラへと大きく振り替わっているという構図です。

AI投資が「バブルではないか」という懸念もありますが、フアンCEOは直接それを否定するというより、「今は過去に例のない規模のプラットフォーム・リセットの真っ最中であり、インフラ刷新に必要な投資だ」と位置づけています。この議論の延長線上にあるのが、次世代プラットフォーム「Rubin」です。

次世代プラットフォーム「Rubin」──AIインフラの新しい土台

NVIDIAはCES 2026のタイミングで、サーバー向けの新しいAIプラットフォーム「Rubin」の生産開始と、2026年後半の出荷計画を発表しました。Rubinは、AI処理に最適化された次世代GPUと、それを前提としたシステム全体の設計思想を含むプラットフォームとして位置づけられています。

Rubinの登場により、従来のCPU中心のデータセンターは、より高性能で電力効率の高い「AIファクトリー」へと作り変えられていくとされます。このAIファクトリーが、クラウド上の生成AIだけでなく、フィジカルAIで動くロボットや自動運転車の「頭脳」を支えます。

つまり、Rubinは画面の中のAIだけでなく、現実世界を動かすフィジカルAIまでを支える共通インフラの役割を担っているのです。

フィジカルAI向けのオープンモデルと開発基盤

CES 2026では、NVIDIAはフィジカルAI向けのオープンモデル群と、それを支える開発・評価基盤も発表しました。これらは、ロボットや自律機械が物理世界を理解し、行動に移すための「頭脳の部品」に相当します。

主なモデルやツールは次の通りです。

  • Cosmos Transfer 2.5 / Cosmos Predict 2.5:物理ベースの合成データを生成し、ロボットの評価を行うためのモデル群。実世界でいきなり試すのではなく、仮想空間で大量の試行錯誤ができるようにする役割を持ちます。
  • Cosmos Reason 2:インテリジェントマシンが物理世界を理解し、行動を決定できるようにする視覚言語モデル。カメラ映像などを取り込みながら、「ここに段差がある」「人が近づいてきた」など状況を把握し、次の行動を考えます。
  • Isaac GR00T N1.6:ヒューマノイドロボット向けの視覚言語行動モデル。人型ロボットが複雑な環境の中でタスクをこなすための「基礎能力」を提供するモデルとされています。
  • Isaac Lab-Arena:ロボットのトレーニングと評価を大規模に行うためのシミュレーション環境。仮想空間内で多くのロボットを同時に動かし、性能評価やベンチマークを行うことができます。
  • OSMO:クラウドネイティブなオーケストレーション基盤。研究開発から実運用までの開発パイプラインをつなぎ、断片化しがちなワークフローを統合するための土台です。

これらのモデルやツールは、NVIDIAのロボティクス向けプラットフォーム「Isaac」や、デジタルツイン環境を提供する「Omniverse」と組み合わせて使われます。企業や研究者は、まず仮想空間でロボットを学習させ、その結果を実機に転移させることで、安全かつ効率的にフィジカルAIを育てていくことができます。

「ChatGPT的転換点」──ロボティクスにもついに大きな波

CES 2026において、フアンCEOは「ロボティクスにとってのChatGPTの瞬間(The ChatGPT moment)が到来した」と語りました。これは、チャットボットの世界でChatGPTが登場し、一気に生成AIブームが広がったのと同じようなブレイクスルーが、ロボットの世界でも起きようとしているという意味です。

会場では、NVIDIAの技術を活用した多様なロボットが披露されました。

  • Boston Dynamicsによる高機動ロボット
  • Caterpillarによる建設・鉱業向けの大型機械の自律化
  • Franka Roboticsの協働ロボット
  • Humanoidなどによるヒューマノイドロボット
  • LG Electronics、NEURA Roboticsなど各社の産業・サービスロボット

これらのロボットは、単なる個別のデモではなく、NVIDIAのGPU、開発プラットフォーム、AIモデルを共通基盤として活用している点が重要です。つまり、PC時代の「Windows+Intel」のように、フィジカルAI時代の「共通OS・共通プラットフォーム」としてNVIDIAを位置づける戦略が見えてきます。

自動運転への展開──フィジカルAIの代表例としてのモビリティ

フィジカルAIの代表的な応用領域が自動運転です。自動運転車は、カメラやLiDARなどのセンサーで常に周囲を監視し、AIが瞬時に判断してアクセルやブレーキ、ハンドルを制御します。この構造は、まさにフィジカルAIそのものです。

CES 2026でNVIDIAは、自動運転向けのAIプラットフォームもあわせて強化し、車載コンピュータからクラウド側の学習インフラまでを一体で提供する姿勢を示しました。これにより、自動車メーカーはNVIDIAのエコシステムに乗ることで、自動運転機能の開発を加速しやすくなります。

ロボットと同様に、自動運転の世界でも、共通のAI基盤を握るプレーヤーは非常に強い立場を得ることになります。NVIDIAは、GPUやチップだけでなく、「開発環境・シミュレーション・モデル・クラウドインフラ」をセットで提供することで、そのポジションを狙っています。

なぜNVIDIAは他社と縦横無尽に提携できるのか

興味深いのは、NVIDIAが一見ライバルにも見える企業とも幅広く提携している点です。たとえば、クラウドやAIの分野ではGoogleなども強力なプレーヤーですが、NVIDIAはそうした大手テック企業とも協業し、自社のGPUやプラットフォームを提供しています。

その背景には、NVIDIAが「最終的なアプリやサービスを奪い合う」のではなく、「AI・フィジカルAIの共通インフラを提供する」というスタンスを取っていることがあります。クラウド事業者やロボットメーカー、自動車メーカーなどは、それぞれ自社のサービスや製品を差別化したい一方で、膨大なAI計算基盤や開発プラットフォームを一から作るのは負担が大きいのが現実です。

そこで、NVIDIAのGPUやRubinプラットフォーム、フィジカルAI向けモデル群を利用すれば、技術的な土台を素早く構築し、その上で各社が独自のサービス開発に集中できます。この「下支えする立場」を取ることで、NVIDIAは多くの企業と利害が一致し、エコシステムを広げやすくなっていると言えます。

また、OmniverseやIsaacといった開発・シミュレーション環境を通じて、ロボットメーカーや産業機械メーカー、自動車メーカーなどが共通の場で開発できるようにしている点も、提携を加速させる要因です。

フィジカルAI時代に向けた「インフラリセット投資」の意味

AIインフラへの投資は、短期的には巨大なコストに見えるかもしれません。しかし、フアンCEOが語るように、これは10〜15年に一度起きるプラットフォーム・リセットの一部であり、フィジカルAI時代に対応するための「土台づくり」とも言えます。

データセンターや企業ITは、これからGPU中心のAIインフラへと再設計されていきます。その上で動くのは、チャットボットや画像生成だけでなく、工場、物流、建設、医療、農業、都市インフラなど、現実世界のあらゆる領域に広がるフィジカルAIです。

NVIDIAは、Rubinプラットフォーム、フィジカルAI向けオープンモデル群、ロボティクス・自動運転・産業AI向けの総合的なソリューションを通じて、この大きな流れの中心に立とうとしています。その戦略は、単なる半導体メーカーから、「AIとフィジカルAIのための産業インフラ企業」への変身とも言えるかもしれません。

これから数年の間に、私たちの身の回りで動く機械やサービスの裏側に、「フィジカルAI」とNVIDIAの技術が当たり前のように組み込まれていく可能性があります。CES 2026で示されたのは、その未来に向けた、ひときわ大きな一歩でした。

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