三菱商事、国内洋上風力発電から撤退 ─ 価格偏重入札制度が招いた波紋
はじめに
経済産業省が推進する再生可能エネルギー政策の中でも、洋上風力発電は日本の脱炭素社会への重要な一歩として注目されてきました。しかし、2025年8月27日、国内最大手の総合商社である三菱商事が、国内3海域における洋上風力発電プロジェクトから撤退する決定を発表しました。このニュースは業界に大きな衝撃を与え、多くのメディアや専門家がその背景と今後への影響を議論しています。
撤退の概要
三菱商事は、秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖の3海域で洋上風力発電事業を推進してきました。これらは政府の公募による選定を経て、地域経済への波及効果も期待されていました。しかし、2024年度にすでに減損損失524億円を計上していたことに加え、将来的にも事業採算の見通しが立たなくなったため、三菱商事は最終的に撤退を決断しました。撤退違約金として保証金200億円が国に没収される事態となりました。
経産省の反応と地域の影響
三菱商事が経済産業省に撤退を報告した際、武藤容治経産相は「地元の期待を裏切るものであり、洋上風力の信頼を揺るがしかねない」と懸念を表明しました。地域住民や自治体は、雇用創出や関連産業の活性化などの効果を期待していましたが、撤退によりこれらの期待は大きく損なわれることとなりました。
価格偏重の入札制度がもたらした落とし穴
今回の撤退の背景には、政府の入札制度における「価格偏重」の姿勢があります。経済産業省の洋上風力公募では、事業者の選定にあたり価格(発電コスト)の安さが大きく評価される仕組みが採用されてきました。三菱商事も業界トップとして「絶対に成功させる」と意気込んでいたものの、実際の運営を始めると、資材価格の高騰、為替変動、人材・技術の不足、海域ごとの環境調査コストなど、様々な不確定要素に直面しました。
「価格ありき」に傾斜した入札制度は、事業者に過度な低価格提案を強いることとなり、長期的な事業安定性や地域貢献、持続可能性を疎外する結果となったのです。
三菱商事トップのコメント
三菱商事の中西勝也社長は記者会見で、「3海域すべて撤退という判断に至ったことは日本の洋上風力導入に後れをもたらすもので遺憾である」と述べるとともに、「地元関係者の協力と努力に感謝しつつも、これ以上の損失リスクは企業責任として避けざるを得なかった」と説明しました。
実際、事業環境は当初の想定を大きく上回る困難に直面し、2月には「事業性の再評価」を迫られる事態となっていました。その結果、公募時の前提が崩れ、持続的な採算性の確保が困難と判断されたのです。
波及する市場の動き ─ レノバ株が大幅反発
- 三菱商事撤退の報道を受けて、国内再生可能エネルギー事業者レノバの株価が大幅反発しました。これは市場参加者による「撤退によって競合(レノバなど)の機会が広がる」といった思惑からくる動きだと考えられています。
- 一方で、事業リスクが顕在化したことで、他の事業者も今後の収益性や参加意欲を再検討する可能性が高い状況です。
経済産業省と洋上風力政策の課題
今回の撤退騒動は、経産省の再エネ政策フレームワークそのものの見直しを世論に突きつける形となりました。洋上風力事業は設備投資と維持管理に莫大なコストが発生し、また日本特有の漁業権調整や沿岸自治体との合意形成も重要です。そのため、単に価格競争だけに焦点を当てた入札制度では、継続的かつ現実的な事業運営が困難なことが今回明らかになりました。
- 今後は事業安定性・地域貢献・長期的なサステナビリティなどを重視した新たな評価軸の導入が急務とされています。
- さらに、技術開発や国内部材調達の強化、運営支援体制の構築など、企業・自治体・国の三位一体による総合的な取り組みが必要です。
日本の洋上風力発電と今後の展望
日本政府は、2050年のカーボンニュートラルの実現を目指し、洋上風力を重要戦略に位置付けてきました。しかし、今回の三菱商事撤退は事業者へのリスク負担増大とその限界を改めて浮き彫りにしました。今後、発電コストだけでなく、「地域との共創」「安定した運営」「持続可能性」という多面的な視点が求められています。
本件をきっかけに、経済産業省は入札制度や公募手続きの見直しに着手する可能性が高まっています。日本のエネルギー政策は大きな転換点を迎えたと言えるでしょう。
まとめ
- 三菱商事の洋上風力撤退は、政府および業界にとって非常に残念な出来事ですが、これを起点とし、制度・運用面の課題を根本から問う重要な契機となりました。
- 経済産業省の責任ある対応と、産業・地域・企業の協調による新たな洋上風力ビジネスモデルの構築が強く期待されています。