南鳥島レアアース泥に高まる期待と、中国依存をめぐる揺れる思惑
日本の最東端に位置する南鳥島周辺の海底で見つかった「レアアース泥」をめぐり、いま国内外で大きな注目が集まっています。日本の資源安全保障にとって「切り札」とも言われる一方で、中国との関係悪化や国際情勢への影響を懸念する声も出てきました。
この記事では、南鳥島のレアアース泥とはどのような資源なのか、中国依存からの脱却は本当に可能なのか、そして中国側の動きや日中関係への影響まで、できるだけやさしい言葉で整理してご紹介します。
南鳥島とはどんな場所?日本のEEZとレアアース泥
南鳥島は、東京都に属する日本の最東端の島で、東京からおよそ1900キロ離れた太平洋上に浮かぶ小さな島です。この島の周辺は、日本の排他的経済水域(EEZ)にあたり、日本が海底資源の探査・開発を行う権利を持つ重要な海域です。
この南鳥島周辺の深海で、2013年に東京大学や海洋研究開発機構(JAMSTEC)などのチームが、高濃度のレアアースを含む「レアアース泥」を発見しました。水深およそ5500〜6000メートルの海底に広く分布しており、「世界最高品位」と言われるほどレアアースの含有量が高い場所もあると報告されています。
東京大学の研究グループは、このレアアース泥について次のような特徴を挙げています。
- レアアースの含有量が高く、特に重レアアースやスカンジウムに富んでいる
- 深海底に広く分布し、資源量が非常に多い
- 層状に分布しているため、資源の探査が比較的しやすい
- トリウムやウランなどの放射性元素がほとんど含まれないクリーンな資源
- 比較的弱い酸(希塩酸)でもレアアースを抽出しやすい
これらの特性から、研究者たちは南鳥島のレアアース泥を「夢の泥」と呼び、日本の将来の資源として大きな期待を寄せています。
どれくらいの量があるのか ― 「レアアース大国」になりうる埋蔵量
南鳥島周辺のレアアース泥について、研究チームは日本のEEZ内の有望海域(およそ2500平方キロメートル)に約1600万トンものレアアース資源が確認されたとしています。この量を世界の埋蔵量に加えると、日本は世界第4位の「レアアース大国」になりうるという試算も示されています。
また、東洋経済などの報道によれば、日本のEEZで確認されているレアアース量は世界3位規模に相当するとされ、従来は資源の乏しい国とされてきた日本にとって大きな転機になりうると伝えています。
ただし、これらはあくまで資源量の推計であり、「経済的に採算がとれるかどうか」「技術的に本格採掘が可能かどうか」は、今後の試掘や実証実験で慎重に評価する必要があるとされています。
2026年から試掘へ 日本政府の動きとプロジェクトの現状
日本政府は、レアアースの中国依存からの脱却を目指し、南鳥島沖のレアアース泥の実用化に向けた取り組みを加速させています。報道によると、政府は2026年1月から南鳥島沖(水深約6000メートル)の海底に眠るレアアース泥の試掘に着手する予定とされています。
このプロジェクトを統括しているのが、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)です。SIPは、2027年度上期に実証的な採掘を行い、採算性なども含めて評価する方針を示しています。
すでに、海底からレアアース泥をくみ上げるための長さ約6000メートルの管の納品が完了しており、遠隔操作の無人探査機の搬入も進められていると報じられています。また、海洋研究開発機構(JAMSTEC)は2025年にも南鳥島海域で調査航海を行い、資源分布や採掘技術の検証を進めています。
レアアースとは?なぜそこまで重要なのか
レアアース(希土類)は、ネオジムやジスプロシウムなど17種類の元素の総称で、次のような最先端製品に欠かせない素材です。
- 電気自動車(EV)やハイブリッド車のモーター用磁石
- 風力発電の大型発電機
- スマートフォンやパソコンなどの電子機器
- ミサイルやレーダーなどの軍事技術
特に、カーボンニュートラルに向けてEVや再生可能エネルギーが急速に広がる中で、レアアースは「脱炭素のカギを握る資源」ともいわれています。そのため、各国はレアアースの安定調達を安全保障上の重要課題として位置づけています。
なぜ「中国依存」が問題なのか ― 世界の供給網を握る「レアアースの都」
現在、世界のレアアースの採掘・精錬・輸出を大きく支配しているのが中国です。埋蔵量という意味では他国にも資源がありますが、採掘コストや環境規制、精錬技術などの面で、中国が圧倒的な競争力を持ってきました。
中国北部の内モンゴル自治区には、「レアアースの都」とも呼ばれる巨大なレアアース産業拠点が築かれており、鉱山から精錬工場、そして輸出拠点までが一体となったサプライチェーンを形成しています。こうした「長い腕」によって、中国は世界のレアアース供給網を事実上コントロールしてきました。
一方で、中国でのレアアース採掘は、山に大量の薬品(硫酸など)をかけて金属を取り出すなど、深刻な環境負荷を伴うケースも指摘されています。採掘による土壌汚染や廃液処理の問題が、地元の住民生活や自然環境に大きな影響を与えてきたと報じられています。
過去には、中国が政治的な対立を背景にレアアース輸出を制限し、日本や欧米諸国が調達リスクに直面したこともありました。こうした経験から、日本を含む各国は「レアアースを中国に依存しすぎることは、経済面だけでなく安全保障上もリスクが高い」と強く意識するようになっています。
中国側の動き:輸出制度の変更と「許可」制
最近のニュースでは、中国がレアアースの輸出管理制度を見直し、新たな許可制を導入したことも報じられています。そのなかで、米自動車大手フォードのサプライヤー企業が、中国当局からレアアース輸出の許可を取得したというニュースもありました。
このように、中国はレアアースの輸出を通じて、各国の産業に対して大きな影響力を持ち続けています。輸出許可を与えるかどうか、その条件をどう設定するかによって、特定企業や国の生産体制に直接影響を与えることができるからです。
一方で、こうした制度変更は、中国自身にとっても諸刃の剣です。輸出制限が強まりすぎると、各国が「脱中国」の動きを加速させ、南鳥島のような新たな資源開発や、リサイクル技術の開発を急ぐきっかけにもなり得ます。
「南鳥島は中国の領土だと言いかねない」懸念の背景
南鳥島レアアース泥への期待が高まるなかで、日本国内では「中国が『南鳥島も中国のものだ』と言い出しかねない」といった懸念を口にする専門家や政治家も出てきました。これは、南鳥島をめぐる具体的な領有権争いが現実に起きているというよりも、「資源をめぐる地政学的リスク」を象徴的に表現した言い方といえます。
実際、南鳥島は日本の領土であり、国際的にもその地位は確立されています。その周辺海域も日本の排他的経済水域として国際法上認められています。ただし、レアアースのような戦略物資をめぐっては、将来的に各国の思惑がぶつかる可能性があるため、「今から慎重に対応しなければならない」という危機感が、誇張気味の表現となって現れているとも言えます。
このような発言の背景には、南シナ海や東シナ海などで、中国が自国の海洋権益を拡大解釈し、実効支配を強めてきた過去の経緯があります。資源が絡む海域では、海洋進出を強める中国に対する警戒感が、日本だけでなく周辺国全体で高まっているのです。
日本は「脱中国依存」を実現できるのか?高いハードルも
では、南鳥島のレアアース泥によって、日本は本当に「中国依存」から脱却できるのでしょうか。専門家の間では、次のような期待と課題が指摘されています。
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期待される点
日本のEEZ内で豊富なレアアース泥が見つかったことで、将来的に自前の供給源を持てる可能性が出てきました。特に、電気自動車やハイテク製品に必要な重レアアースを安定的に確保できれば、産業界にとって大きな安心材料になります。また、放射性物質が少なくクリーンな資源であるため、日本の環境基準の中で国内精錬を進めやすいという利点もあります。 -
技術的・経済的なハードル
南鳥島のレアアース泥は、水深5500〜6000メートルという超深海にあります。この深さから大量の泥を引き上げ、効率的にレアアースを取り出すには、非常に高度な技術と莫大なコストが必要です。また、レアアースの精錬には、依然として高い技術力が求められます。採算が合う価格で安定的に供給できる体制を整えるまでには、時間と投資が必要だと見られています。 -
環境への配慮
南鳥島周辺の深海は、まだ生態系の全容がよく分かっていない貴重な海洋環境です。大量の泥を吸い上げることが、どのような生態系への影響を及ぼすのか、慎重な評価が求められています。中国のレアアース採掘のように環境破壊を引き起こさない、新しい「持続可能な採掘モデル」が必要だとされています。
こうした課題を乗り越えられれば、南鳥島のレアアース泥は、日本だけでなく世界全体の安定供給に貢献する可能性があります。しかし、多くの専門家は「今すぐ中国依存から完全に離れられるわけではなく、中長期的な選択肢を増やす一手として位置づけるべきだ」と冷静な見方を示しています。
国際協力と多角化 ― 日中関係の中でどうバランスを取るか
日本政府は、南鳥島レアアース泥の開発だけでなく、国際協力を通じた供給網の強化にも動いています。例えば、欧州連合(EU)と連携して、レアアースを含む重要鉱物のサプライチェーン強靱化に協力することで合意し、共同採掘なども視野に入れていると報じられています。
また、国内では自動車メーカーと大学が協力し、使用済み製品からレアアースを回収するリサイクル技術の開発も進められています。こうした「国産開発」「国際分散」「リサイクル」の三本柱によって、中国一国への依存を下げる戦略が取られています。
一方で、日本にとって中国は、依然として最大級の貿易相手国の一つであり、経済的に深く結びついています。レアアースをめぐる対立がエスカレートすれば、他の分野にも悪影響が波及する可能性があります。
そのため、日本としては「対立か協調か」という二者択一ではなく、リスクを分散しながらも、中国とも一定の対話と協力を保つという、難しいバランスが求められています。南鳥島のレアアース泥は、そのバランスの取り方を象徴するテーマの一つになりつつあります。
今後の焦点 ― 技術実証とルールづくり
今後数年の焦点は、次のようなポイントになると考えられます。
- 2026年前後に予定される試掘・実証採掘で、どこまで技術的・経済的なめどが立つか
- 深海環境への影響を評価しながら、どのような環境保全ルールを設けるか
- 日本のEEZ内だけでなく、公海に広がる資源開発について、国際社会の中でどのようなルールづくりに関与していくか
- 中国がレアアース輸出管理や国内開発をどう進めるかといった政策動向との駆け引き
南鳥島でのレアアース泥の発見は、日本にとって「資源小国」という従来のイメージを変えうる、大きな可能性を秘めた出来事です。しかし同時に、中国をはじめとする各国との微妙なパワーバランスや、環境・技術・コストといった難題とも向き合わなければなりません。
「南鳥島は中国の領土だと言いかねない」といった表現が注目を集める裏側には、資源をめぐる競争と協調のはざまで揺れる日中関係、そして不安定な世界情勢の中で、自国の将来をどう守るかという、日本社会全体の不安と期待が映し出されています。
今後、実際の試掘や国際交渉がどのように進むのか。南鳥島のレアアース泥は、海の底から、私たちの暮らしと外交、安全保障を静かに問いかけていると言えそうです。




