新発見!マングローブが二酸化炭素吸収だけでなくメタン排出源にも——ブルーカーボンの恩恵に及ぶ影響とは?
マングローブ生態系の基礎知識
マングローブは、熱帯や亜熱帯の沿岸域に生育する特殊な樹木群で、独特な生態系を形成しています。その根や幹が海水に浸かった状態で成長し、魚介類や鳥類、昆虫など多様な生物のすみかとなることから、「命のゆりかご」とも呼ばれます。また、沿岸部の保全や水質浄化、暴風・高潮からの防御にも大きな役割を果たしています。
ブルーカーボンにおけるマングローブの従来の役割
近年、ブルーカーボンという言葉が注目されています。これはマングローブや海草藻場、干潟など海洋沿岸生態系が大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収・貯蔵することを指します。特にマングローブは、熱帯林よりも高効率にCO2を吸収し、土壌や樹木組織内に長期間固定できるため、気候変動対策として各国が保全や再生事業に乗り出しています。
- インドネシアやモザンビークなどでは、大規模なマングローブ保全・植林プロジェクトが進行中
- 植林や再生によるCO2吸収・排出回避量に基づく「カーボンクレジット」事業が拡大
- ブルーカーボン生態系の維持が国・自治体・企業レベルで進む
最新研究のインパクト——見落とされていた「メタン排出」
ここ数年、マングローブのブルーカーボン機能は正味で非常にプラスなものと考えられてきました。しかし2025年11月、新たな研究がこれに一石を投じました。研究者たちが世界各地のマングローブ林を調査した結果、「マングローブ樹幹」そのものからメタン(CH4)が大量に大気中に放出されていることが明らかになったのです。
従来、メタン源とされてきたのは主にマングローブの泥炭質土壌や湿地底でした。しかし本研究は、幹や枝といったマングローブの「樹木自体」が、CO2吸収の恩恵を打ち消すほど大量のメタンを排出している事実を突き止めました。
- 幹の表面や傷口から、根で発生したメタンが大気中へ拡散
- 一部地域では、CO2の炭素隔離効果の相当分がメタン排出で相殺される可能性も指摘
- 気象や植生タイプ、塩分濃度などによって排出パターンは大きく異なる
メタンとは? その気候変動への影響
メタンは温室効果ガスの一種で、大気中寿命はCO2より短いですが、単位重量あたりの地球温暖化効果はCO2の約28倍〜34倍とされています。従来、森林や湿地などの生態系でのメタン排出の実態は十分解明されていませんでした。
今回の発見は、これまで「正味の炭素吸収源(≒温暖化対策として極めて有効)」とされてきたマングローブが、二酸化炭素の吸収だけでなく重要なメタンの排出源でもあることを世界に示しました。今後の温室効果ガスインベントリやカーボンクレジットの評価、ブルーカーボン政策に大きな影響を与えるものです。
日本と世界で進むブルーカーボン事業への影響
日本や世界各国で進められているブルーカーボン関連事業では、マングローブのCO2吸収・貯蔵量の評価がカーボンクレジット化のベースとなってきました。住友林業グループ、商船三井、住友商事など大手企業も積極的にマングローブ再生に投資し、そのCO2隔離効果を世界市場で取引する動きが広がっています。
国としても、IPCCガイドラインを取り入れた温室効果ガスのインベントリ制度に、マングローブ等の吸収分を追加し始めているほか、沿岸生態系の保全・復元が温暖化対策・生物多様性対策の両面から重視されています。
- 再生事業の結果は、カーボンクレジットや2国間クレジット制度(JCM)などで国際的に報告
- CO2だけでなく、今後はメタン・一酸化二窒素(N2O)等も加味したトータルな温暖化効果の算定が求められる
今後の課題と展望
今回の研究成果により、これからのブルーカーボン政策や生態系評価のあり方は大きく変化する見通しです。今後の展望・課題として、以下の点があげられます。
- 多地点・多森林タイプでのメタン排出量の詳細測定・長期観測
- メタン排出を抑制する植生管理や、再生方法の開発
- 地域ごとにブルーカーボンの正味吸収力(CO2吸収量−メタン等温室効果ガス排出量)の評価が不可欠
- 国際基準やカーボンクレジット算定方法の改訂・統一
- 生物多様性・生態系サービスとのバランスも考慮した持続的利用
まとめ——「ブルーカーボン」は進化する概念に
マングローブは地球の炭素循環を支える重要な生態系であり、多面的な恩恵を与える存在です。一方で、今回明らかになった「ブルーカーボンの恩恵は一様ではない」という現実は、私たちの環境政策や国際交渉、企業活動に新たな視点や課題をもたらします。今後は、単にCO2吸収量だけでなく、「温室効果ガス全体」としての環境価値を科学的に測り、地域ごとに最適なマングローブ保全・再生策を議論していくことが必要です。
最新の科学知見を基に、よりフェアで持続可能なブルーカーボン戦略づくりに、国際社会・研究者・事業者・地域住民が協力して取り組む時代が始まっています。
参考元
- Mangrove sediment carbon burial offset by methane emissions from mangrove tree stems
- Researchers identify mangrove tree stems as previously underestimated methane source offsetting blue carbon benefits
- Study reveals mangrove tree stems as a significant and previously overlooked source of methane emissions, impacting blue carbon benefits.




